第10話 勇者の出立
「ええと、私はまず何をすればいいの……?」
人で
持っているのは、中身のわからないトランク一つと、ポケットの中のお金だけ。
ここがどこなのかも、どこに行けばいいのかも、何もわからない。
何でこんなことになったかと言うと――。
* * * * *
朝、身支度を手伝ってくれたメイドさんを見送り、もうすぐダイヤ姫が迎えにくるだろうな、という頃。
「話したいことがあるんだ」
田野倉くんが私の方を向いて真剣な顔をした。
一瞬「告白かな?」なんて思ったけど、馬鹿な考えは秒で捨てる。
「そろそろ出発しようと思う」
田野倉くんの言葉に、私は息を飲んだ。
「魔王討伐に行くってこと?」
「そう。もう剣も魔法も使えるし、あとは実戦を通してレベルアップしてかないとって思うんだ。まだ早いって言われてるけど、もうこんな生活には飽き飽きだ」
衣食住が保証されていて、何不自由なく暮らしているこの状況に飽きただなんて、何とも
でも田野倉くんは勇者として召喚されたわけで、勇者だからこそこの生活を送っていたわけで、勇者であるからにはいつかは旅立たなくてはならない。
だから私にはうなずくことしかできなかった。
「わかった。気をつけてね」
私は私で早く何か役立つことを見つけなきゃ。
そう決意を新たにしたんだけど、田野倉くんは不思議そうな顔をした。
「小日向さんもだよ?」
「え?」
「え?」
「……」
「……」
二人で目をぱちぱちとさせる。
「私は行かないよ?」
「どうして?」
「どうしてって……。私は勇者じゃないし」
「そうだけど……。え、本当に一緒に行かないの?」
「行かないよ?」
田野倉くんは本気で驚いているようだった。そんな田野倉くんに、私の方がびっくりだ。
「普通、一緒に召喚されたら、パーティを組むものじゃない?」
「普通、何の能力もないただの人間は、勇者のパーティには入らなくない?」
「それは、そうかもしれないけど……」
田野倉くんは私に何の能力もない事を全く否定してくれなかったけど、悲しいかなそれが現実だ。
勇者のパーティには、大魔法使いや伝説の賢者、歴戦の格闘家なんかが
どうしてそこでただの元女子高生を入れようだなんてって思ったの?
「いや、でも、だって、ここに小日向さんを置いていくわけには……」
「むしろ連れて行かれても困る。私戦闘訓練もしてないし」
「僕が守る」
「いや、私が一方的に守ってもらうだけなら、行かない方がいいよね?」
「そうだけど……それはそうなんだけど……」
田野倉くんは頭を抱えてうめいた。
「……僕一人で行けってこと?」
「ダイヤ姫と行くんでしょ?」
勇者は聖女と王宮を出発し、途中で仲間を増やしながら魔王城に向かうのだ。
「ダイヤもだけど、僕はてっきり小日向さんも来るんだとばかり思ってたから……」
「行かないよ。勇者なのは田野倉くんであって、私はただのオマケだもん」
「小日向さんはここに一人で残ってどうするの?」
「何か仕事をさせてもらうよ。そのために勉強してるんだし」
「それであんなに頑張ってたのか……」
田野倉くんは
「……仕方ないね。わかったよ。僕だけ行ってくる」
「うん。気をつけてね」
また恨めしそうな目を向けられた。
「朝食の場でウラル王に話すよ」
「わかった」
互いの同意が形成されたことろで、ダイヤ姫がやってきた。
「おはようございます、勇者様!」
「おはよう、ダイヤ」
「おはようございます、ダイヤ姫」
私の存在が無視されるのは毎度のことだけど、一応私の方は
「そうだ、ダイヤに先に言っておくよ。出発することにしたんだ」
「ついにですのね! わたくし、準備はできておりますわ! でしたら今日出発いたしましょう! いいえ、善は急げですわ! 今すぐに行きましょう!」
「今すぐ!? それはさすがに早すぎ――」
「勇者様が魔王討伐に出発されるわ! すぐに準備なさい!」
田野倉くんが慌てて止めようとしたけど、ダイヤ姫は手をパンパンッと高く打ち鳴らしてメイドさんたちを呼びつけると、指示を出してしまった。
「ダイヤ、まだウルド王にも話してないし――」
「お父様のことはお気になさらないで。従っていたらいつまでたっても出発できませんもの!」
急すぎる決定に焦る田野倉くんをよそに、ダイヤ姫はあっという間に準備を整えてしまい、田野倉くんは本当にすぐに出発することになった。
どうやら、なかなか許可を出さないウラル王に
事態を知った王様が止めようとしたけど、すでに王都の国民にも出発することが知れ渡ったあとだった。出発パレードの見物をしようと、王宮の門から道の両脇にずらりと見物人が集まってしまっているのだから、今更中止にすることはできなかった。
そして、突然の展開でろくに言葉を交わすこともできないまま、私は田野倉くんを見送った。
気をつけてとは言えたから良しとする。
田野倉くんの心配は全くしていなかった。なにせチート持ちの勇者様なのだ。ゲームのシナリオも、モンスターや魔族の情報も知っている。なんだかんだで魔王を倒して戻ってくるだろう。
色とりどりの紙吹雪舞う王宮前から部屋に退散した私は、朝食を食べ損ねたことを思い出した。
おなかすいた……。
そう思ったとき、ノックの音がした。
返事をすると、数人の騎士とメイドさんが入ってきた。いつもお世話をしてくれるメイドさんではなくて、知らない顔だった。
「ささ、こちらへ」
部屋に入るなりメイドさんたちは私を囲み、有無を言わさぬ笑顔で寝室に連れていった。
「こちらにお着替え下さい」
「え?」
あれよあれよという間にドレスを脱がされ、代わりにワンピースを渡される。よくわからないまま私はそれを着た。
居間に戻ると、今度は騎士が近づいてきて、両腕をがしっと取られた。
「え? 何?」
これ、逮捕される的なやつ? 私何かした?
「一緒に来て頂きます」
嫌な予感しかない。
だけど抵抗なんてできるわけもなくて、私は連行されるようにして、馬車に押し込まれた。
そうして、放り出されたのが、王都の平民街だった。
私をここまで連れてきた騎士は、私を馬車から降ろした後、こう言った。
「ダイヤ様が『これ以上あなたを王宮に置いておく理由がないわ。戻って来ないでね』とのことです」
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