第4話 浄化の魔導具

「落ち着いた?」

「うん、ごめん……」


 私たちは、王様が用意してくれた客間のソファに、向かい合って座っていた。


 私が泣き出してしまったから、今日はもう休もうということになったのだ。あっちの世界ではまだ夜になったばかりだったけど、こっちの世界ではもう夜中になっていた。


 私たちの間のテーブルの上には、さっきメイドさんが置いていってくれた水差しとカップがある。お酒がいいかって聞かれて、田野倉くんが断ってた。十七歳は、こっちの世界だともう成人してるらしいけどね。


 メイドさんは他にも、部屋に置いてある魔導具の使い方を説明してくれた。私は泣いていたからあまり聞いてなかったけど、基本的にはスイッチを入れるだけで使えるらしい。


「はい、お水」

「ありがと……」


 田野倉くんが、水差しからカップに水をそそいでくれた。ガラスじゃない、金属のカップだ。


 宝石の装飾がついていてごつごつしている。なんか、ザ・ゴブレット、って感じ。


 部屋の中もそうだけど、こんな小さな所でも元の世界との差を見せつけられて、また泣きそうになってしまった。


「これ、何の魔導具だろう? 二つあるけど」


 ずずっと鼻をすすっていると、田野倉くんが、小さなボールを手にしていた。直径二センチくらいの、金属製だ。表面には細い線で紋様がってあり、瑪瑙めのうみたいな青い石が一つはめ込まれている。


「カップに入れるんだよ」


 私は、水差しとカップが置いてあったトレーからもう一つのボールを拾い上げて、ポチャンとカップの中に入れた。


 すると、ボールの溝が青白い光を帯びて、水全体が同じ色に光った。それはすぐに消えて元の透明な液体に戻る。


「浄化の魔導具。生水なまみずは危ないから」

「メイドさん、そんなこと言ってたっけ?」


 首を傾げながら、田野倉くんもボールをカップに入れた。


 あれ、私、今なんでこれが浄化の魔導具だってわかったんだろう?


 メイドさんが教えてくれたんだよね? きっと泣いてる間も、耳は話を拾ってたんだ。


 田野倉くんは知らなかったみたいだけど、魔導具の実物を見て大はしゃぎしてたから、たぶんちゃんと聞いてなかったんだろう。


 魔導具によって浄化された水をこくりと飲むと、少し金属の味がした。


 胃に冷たい感覚が広がっていく。それが体温に馴染んでいくに従って、気分は落ち着いていった。


 諦めるしかないのかな。


 泣いてわめいたって、状況が変わるわけじゃない。


 元の世界に戻る方法を探すにしても、とにかくこの世界で生きていかなきゃいけない。


 幸い、王様は「勇者じゃないなら要らん」なんて感じじゃなかったし、きっと私たちの面倒は見てくれるだろう。一人や二人を養う費用くらい、国家予算の中から出せるはずだ。


 タダ飯食らいになるわけにはいかないから、何か私にもできることをさせてもらおう。


 たぶん異世界転移特典で他の国の言葉もわかるから、通訳とか翻訳とかがいいのかな? 数学や理科もここの水準よりわかる……はず?


 冒険者になってモンスターを倒したりするのは無理だけど、そうじゃない生き方もできそうだ。


 今後のことをぼんやりと考えていると、少し前向きになってきた。


 元の世界にいたって、受験で失敗したかもしれないし、就職できなかったかもしれないし、病気になったかもしれない。


 未来が見えないのは同じだ。こっちの世界には、こっちの世界なりの幸せがあるのかも。


 ……難易度が全然違うけど。


「そろそろ寝ようか。明日は色々あるみたいだし」

「何するんだっけ?」

「まずは伝説の剣の適性と魔法の才能の確認。僕の結果は分かり切ってるけど、小日向さんはステータスが見えないからね。その後は、服と靴を作る。僕はゲームキャラと同じデザインって決めてあるけど、小日向さんは何のイメージもないでしょ? 考えておくといいよ。時間が余ったら、この世界について教えてくれるって。僕はだいたい知ってるけど、小日向さんは何も知らないからね」


 ムッ。


 自分と私を比べるような田野倉くんの言い方が気にくわない。なんだか私が馬鹿みたい。


 田野倉くんにだけゲームの知識があるなんてズルい。


「もう寝る」

「わかった」


 悔しくて、ふて腐れたような言い方になってしまった。


 田野倉くんが、続き部屋になっている隣の寝室の鍵を手に取る。


 もちろん私の寝室は別だ。田野倉くんの寝室とは反対側のドアで繋がっている。


「おやすみ、小日向さん」

「おやすみなさい」


 こうして、私の異世界第一日目は終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る