第3話 救世主の言い伝え

 巻き込まれ転移、なんて言葉もあるくらい、フィクションの中では時々見かける設定だ。でもまさか自分が現実にそうなるだなんて。


「それで、元の世界に戻る方法とかは……」

小日向こひなたさんは戻りたいの? せっかくゲームの世界に転移したのに?」

「当たり前でしょ!?」


 田野倉たのくらくんは勇者みたいだし、元々そういう願望があったから嬉しいかもしれないけど、私は全然嬉しくない。


 だって私は現代日本に住んでたんだよ?


 中世ヨーロッパ風ゲームの世界だなんて、絶対ネットもスマホもないじゃん。テレビだってないし、電気……はあったんだっけ? とにかく文明は全然発達してない。


 魔王がいるってことはたぶんモンスターもいるんだよね? 虫くらいならなんとかなるけど、生き物を殺すなんて無理だよ。魚をさばくのだって、家庭科でサンマの三枚下ろししたのが最初で最後なのに。


 それに世界史の先生が言ってた。ルイ十四世の頃のフランスはなくてそこら中にウ……アレが落ちていて、ハイヒールはアレを踏まないためだとか、スカートが大きく膨らんでるのはその辺でアレするためだとか、香水はアレのにおいを誤魔化すためだとか、体を不潔に保つことで病魔から守られると信じられていたとか。


 無理。そんな世界絶対無理。生きていけない。


 私は期待を込めて、王様をじっと見た。


 だけど、無情にも王様は首を振った。


「巻き込まれたというのは気の毒ですが……元の世界に戻る方法はわかりません。勇者様を呼んだのは我々ではないのです」

「どういうことですか?」

「魔王が復活する時にはこの部屋に勇者――より正確には救世主――が現れる、という言い伝えがあります」


 魔王は復活する設定なんだ? 毎回勇者が封印してきた魔王を、ゲームの主人公がついに滅ぼすことに成功する的なストーリーなのかな。


 ――じゃなくって。


「なら、この床の魔法陣は誰が起動したんですか?」

「この部屋は丸ごと魔導具なのです」

「魔導具?」

「魔導具っていうのは、イディキスの世界で使われている電気製品みたいなものだよ」


 私の疑問に答えたのは田野倉くんだった。


「魔石の魔力を動力にして動くんだ。イディキスでは魔法の才能がある人がとても少なくてね――まあ僕は勇者だから聖魔法が使えるわけだけど、普通の人々は日常的に魔導具を使って暮らしている。武器やよろいの魔導具もあるよ。魔導具は古代文明の遺物で、宝箱やモンスターからのドロップでしか手に入らない。使うと損耗率が増えていって、確率で壊れるようになってる。損耗率の回復は修理屋に行くしかないんだけど、王都にしかいないし、すごく高い。魔石はモンスターからドロップするんだけど――」

「ええと、つまり、魔導具であるこの部屋が、勝手に私たちを召喚したってことですか?」


 放っておいたら田野倉くんはいつまでもしゃべり続けそうだったので、話を強引に戻した。


「そうです。魔王復活のきざしが見えてから、我々は勇者様が現れると信じてこの部屋を監視していました。魔導具の仕組みは不明なので、申し訳ないですが、勇者様たちを元の世界に戻す方法もわかりません」

「魔王を倒したら戻れるとか?」

「エンディングには出てこなかったよ」

「そんな……」


 私は両手で顔を覆った。


 元の世界に戻る方法がないっていうのも、異世界転移あるあるだ。だけど、実際に自分の身に起きてしまったら、簡単には受け入れられない。


 友達にも、家族にも、もう会えない。


 そう思うと、頭をガンッと殴られたような衝撃に襲われた。


 そうだよ。もう会えないんだ。お母さん、お父さん、お兄ちゃん。あや、みっちゃん……。


 何のお別れも言えなかった。娘が突然いなくなっちゃったら、お父さんとお母さんはどうするだろう。


 ぽろりと涙がこぼれた。


 すぐに嗚咽おえつも漏れる。


 なんで。


 なんで私がこんな所にこなきゃいけないの?


 勇者でも何でもないのに。


 ただ巻き込まれただけ。


 嫌だ。帰りたい。家に帰して。


「小日向さん!? 大丈夫だよ、この世界にもすぐに慣れるよ。僕もいるし。前の世界よりずっと楽しいよ」


 何の根拠もなくそう言ってのける田野倉くんの気持ちが、私には全然わからなかった。

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