第2話 ゲームの世界

「やっぱり!!」


 突然上がった叫び声に、私はびくっと肩を震わせた。


「聞いた!? 勇者だって!」


 私をかばうように背中を向けていた田野倉たのくらくんが、ぱっと振り向いて満面の笑みを浮かべた。


「これ転移だよ! 異世界転移! それにこの場所とこの魔法陣、絶対イディキスだよね! 知らない? RPGの『最果てのイディキス』だよ! 僕たち、ゲームの世界に召喚されたんだ!」

「えぇ……?」


 私は興奮した田野倉くんの勢いに圧倒されていた。


「ステータス・オープン! ほら見て! レベルに、体力や魔力の表示がある! レベルは一だけど聖魔法は習得済み! イディキスと同じだ!」


 見て、と言われても、私には何も見えない。田野倉くんには空中に何か見えてるみたいだけど。


「やっぱり僕は選ばれし勇者だったんだ! いつかくるこの日のために、勉強もスポーツも頑張ってきた甲斐かいがあったよ! 僕は勇者だ……!」


 目を閉じてじーんとみしめるように田野倉くんが言った。


「おい、二人いるぞ。どちらが勇者だ?」


 マントのお兄さんが、ローブのおじいさんにたずねる声が聞こえてきた。


「わかりません。古文書には、この魔法陣の間に勇者が現れる、とだけ」

「僕が勇者です、ウラル王」


 おじいさんが困惑した顔で首を振ると、田野倉くんは手の平で自分の胸を押さえて、きっぱりと宣言した。


 自分で勇者だと宣言するなんて、馬鹿げてる。


 頭の半分ではそう思いながらも、もう半分では、すでにこの状況を受け入れていた。


 異世界転移。魔法陣。ゲームの世界に召喚。勇者。ステータス・オープン――。


 お兄さんたちの言葉もわかるし、どうやらこちらの話も通じているみたい。


 つまりはそういうことなんだ。


 ラノベやそのコミカライズをそこそこ読んできたおかげで、田野倉くんの言っていることは理解できた。


 なるほど、田野倉くんが勇者だというのは納得だ。


 少なくとも、私が知っている人の中で一人勇者を選べと言われたら、田野倉くんしかいない。伊達だてに完璧超人ではなかったというわけだ。


 ゲームだ転移だとやけに浮かれてるのは、ちょっとどうかと思うけど。てかさっき、この日のために頑張ってきたって言った?


 お兄さん、もといウラル王は、田野倉くんが名前を言い当てたことに感動していた。


「おお……我が名をご存じとは。さすが勇者殿」

「さっそくだけど、魔王討伐の準備に入りたい」

「こちらの事情もわかっておられるとは。不思議な力をお持ちのようだ」


 魔王討伐……。


 そうだよね。勇者だもん。魔王もいるよね。


 ってことは、きっと魔物もいるんだろう。さっき田野倉くんが聖魔法とか言ってたから、魔法もあるに違いない。


 王様たちの服装からして、ここはいわゆる中世ヨーロッパ風RPGの世界なわけだ。


「それで、勇者殿、そちらのお嬢さんはどなたですか?」

「学びで一緒だった小日向さん。彼女は――」


 田野倉くんは、私を振り返って言葉を切った。


「小日向さん、ステータス・オープンって言ってみて。何か書いてない?」

「す……ステータス・オープン」


 その言葉を口に出すのが躊躇ためらわれて、小声になってしまった。高らかに宣言するとか、田野倉くんは恥ずかしくないのだろうか。


 ゲームのウィンドウみたいな半透明のものが出てくるんだろうな、という予想に反して、私の前には何も現れなかった。


「何も起こらない」


 私は首を振った。


「それは何かの呪文ですか?」

「似たようなものだよ」


 王様の問いに、田野倉くんが答える。


 どうやらこの世界では、ステータス・オープンは一般的ではないようだ。きっと召喚者にだけ使える特殊チート能力なんだろう。


「大きな声で言わなきゃ駄目なんだよ、きっと」


 えぇ……。


「ステータス、オープン」

「もっと大きく!」

「ステータス・オープン!」

「もっと!」

「ステータス・オープン!!」

「もっと!!」

「ステータスッ! オープンッ!!」


 出せる限りの声量で叫んでみたけど、ウィンドウは現れなかった。


 しん……。


 気まずい沈黙が流れる。


「小日向さん、たぶん君は、その……」


 言いにくそうに田野倉くんが言葉をにごす。


 私の口からため息が出た。


 これはもう、認めるしかない。


「私は、田野倉くんの召喚に巻き込まれただけなんだね」

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