勇者フミマロ

えむら若奈

旅立ちの朝

 それは、フミマロが18歳になる誕生日のことでした。


「起きなさい、起きなさい。私の可愛いフミマロ……」


 フミマロは、窓から注ぐ柔らかい日差しを浴びて目覚めました。小鳥が歌うようにさえずっている、とても気持ちのいい朝です。


「おはようございます、母様」

「おはよう、フミマロ。今日はとても大切な日。あなたが初めてお城へ行く日ですね」


 そう。今日は、フミマロが勇者として旅立つ日なのです。王様からその許しを得るため、城へ向かうことになっています。


「これまで母は、あなたを勇敢な男の子として育ててきたつもりです。井戸の中へ落としたり、爆弾岩を抱えたままウサギ跳びで隣の村と100往復させたり、何もない砂漠で小さいメダルを探させたり……。心を鬼にして、さまざまな試練を課してきました。その甲斐もあり、あなたはこんなにたくましく育ってくれて……」


 フミマロの母は、目から溢れんばかりに涙をためています。

 その姿を横目に、フミマロはステテコパンツから旅人の服へと着替え、髪の毛をセットし、タンスからわずかなヘソクリ(150ゴールド)を取り出して冒険の旅へ出る支度を整えていきました。


「ああ、とても立派よ、フミマロ。さあ、お城へ行きましょう」


 身なりを整えたフミマロは、母に促され家の外へと出ました。

 城は町の北にあり、フミマロの家からは20歩ほどで到着します。母は城へと続く橋の手前で立ち止まりました。


「ここを真っすぐ行けばお城です。王様にきちんと挨拶をするのですよ」

「はい、母様」

「あなたが魔王を倒し、無事に帰ってくるのを……母はいつまでも待っています」

「はい、母様。父様の遺志を受け継ぎ、必ずや勇者としての使命を果たしてまいります」


 母の温かいまなざしを背に受け、フミマロは勇ましく城へ入っていきました。そしてザルなセキュリティの城内を通り、王様が待つ玉座の間へと真っすぐ向かいます。


「よくぞ来た!トンヌラの息子フミマロよ!」


 玉座には、立派な白髭をたくわえた王様がふんぞり返って座っていました。


「そなたの父トンヌラは、とても勇敢な戦士であった。そのトンヌラが激しい戦いの末に亡くなり、はや十年……。ついに、父の遺志を受け継ぎ旅立つ時が来たのじゃな」

「はい、王様」

「そなたの願い、しかと聞き届けたぞ!魔王の存在を知る者は少ないが、魔の手は確実に我らの世界に忍び寄っておる。必ずや魔王を倒し、世界に平和を取り戻すのじゃ!」

「はい、王様」

「町の酒場には、多くの冒険者が集まっておる。そこで仲間を探すがよかろう。これは餞別じゃ」


 王様の目配せを受け、控えていた大臣がフミマロの前に大袋を置きました。

 しかしフミマロはその中身を確認すると、表情をくもらせます。


「……王様、まさかこの装備で魔王を倒せるとお思いですか?これはひのきで出来た、ただの棒でございましょう。そしてこちらはただの布で出来た服。これでは、町の人々と変わりませぬ。いま私が身につけている旅人の服の方が、防御力は上でございます」


 王様の“餞別”は、RPGの最初の町で買える装備よりも貧弱なものでした。


「む、むぅ……。しかし、装備品は自らの力で貯めたゴールドで買うのがRPGの王道であるぞ!」

「ゴールドを貯めるには、外で魔物と戦うか、城や町の人々の家にある樽とツボをことごとく割ったりタンスの中を探ったりしなければなりません」

「た、他人の家に押し入るとな!?」

「勇者とは、そういうものでございます。この世界の全ての樽・ツボ・タンスは私のものです」

「ぐぬぅ……。し、仕方がない。少し待っておれ」


 王様は玉座を離れ、階段をのぼってどこかへ行ってしまいました。

 しばらくして戻ってきた王様の手には、何やら重たそうな袋が握られています。


「わしのヘソクリの一部(3000ゴールド)じゃ。これを上手に使えば、樽やツボを割って回らずともよかろう」

「ありがたき幸せ。カジノを見つけた際には、この資金を元手に」

「資金運用は慎重にするのじゃぞ!!」

「はい、王様」


 どこか不安げな表情の王様に見送られ、フミマロは城を後にしました。

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