第27話 招かれざる災い
入浴を済ませた3人は、寝室で時間を潰していた。
ソファに背中を預け、衣服に付いた毛玉を取るタクスス。
ベッドに大の字になり体を休ませるシャガ。
室内で煙草を吸い続けるローズ……
口から吐いた煙が、室内に薄い雲を作り出すほど際限なく吸い続ける彼女に、タクスス達は苦言を呈し始める。
「……あの……ローズさん」
「はいはい? 何でしょう」
「……ちょっと……煙草吸い過ぎじゃないですか……?」
「そうだよ!! ってか何で室内で吸ってんだよ、外で吸えよ!!」
「雨が横殴りになってきたのですよ。外ではおちおち吸えたものではありません」
「うぅヤニ臭い……せっかく風呂に入ったのに……俺、病気になっちゃうよ!?」
「ふっ……この程度、何の悪影響も引き起こしませんよ。安心してください。全細胞に行き届いたニコチンは、癌にも効きますよ。きっと」
禁煙する気のないローズ。
シャガを煙に巻きながら、煙草を短くしていく。
「この洋館に人って居ましたっけ?」
脈絡もなく会話を切り出した煙を吸う彼女。
返答に困る2人は、記憶を頼りに言葉を絞り出す。
「……人……ですか?」
「ルマヴェスのおじさん以外に居なかったよね?」
「……そうね……多分……」
「そうですかそうですか。さっき外で煙草を吸ってる時に、人の呻き声が聞こえてきたのですよ。聞き間違いでしょうかねぇ」
「それ幽霊じゃないの?」
「まさか」
「……探して見ます? その発生源……」
ふと提案をしてみたタクスス。
軽い気持ちで言ってみたのだか、乗り気になってしまったローズとシャガは、上着を羽織ると探索の準備に取り掛かる。
今更無しとは言えない、言い出しっぺのタクススも、白いワンピースの上に、乾いた墨のようなローブを羽織る。
支度を終えた彼女達は、ローズの記憶を頼りに謎の呻き声を探しに行く。
一つ一つ虱潰しに探索する3人。
誰の目にも明らかに不自然に映る場所が現れるのは、出発してから30分後。
流し見では見落としてしまう、2階へと続く階段の影にある扉。
地下へと続いているのだろうか。
目の前の扉だけが、鉄で出来た頑丈な作りをしている。
まるで逃がしたくない何かを閉じ込めるために。
「……ローズさん、これ……」
「怪しいですねぇ、凄く」
「猛獣でもいるのかな」
不気味な魅力に手招きされるまま、扉を開け地下へと続く階段を進んでいく3人。
壁にかかるロウソクの光が、じっとりとした空気を演出している。
地下へ進むにつれ、呻き声が大きくなってきた。
ローズが聞いた謎の声。
その正体が幽霊なら、まだマシだったであろう。
「……人間……なの?アレ……」
かつてタクススが連れていかれた、地下牢獄のような場所。
衛生観念を殴り捨てたようなこの場所に、鎖に繋がれ助けを求めているような数人の奴隷が横たわっていた。
歯を全て抜かれ、上手く話せずにいる奴隷達は、酷く衰弱しており、飢餓の影響か腹だけがポッコリと膨らんでいる。
ある奴隷は幻覚でも見ているかのように錯乱し、またある奴隷は、右足を根本からナタのような物で切り落とされている。
「何だよこれ……」
「奴隷の収容所でしょうかねぇ。これはこれは中々の物で……」
「……そう……ですね……うぅっ……」
「タクスス、大丈夫ですか? 顔色が……」
かつて毒殺された場所と酷似しているこの場所。
未だ忘れることか出来ないあの出来事は、タクススに消えぬトラウマを呼び起こす。
胃の中の物が逆流するような感覚に襲われる彼女。
口に手を当て、必死に抑え込んでいる。
「……すみません。この場所……はっ……むか、えぇ……」
「シャガ、戻りますよ」
「う、うん!!」
異変をいち早く察知したローズ。
タクススに肩を貸すと、すぐさま引き返そうとする。
「……まっ……で……」
足を止めざるを得ない声。
瀕死の奴隷達が力を振り絞って、同じ言葉を訴えかけてくる。
「ご…ろじ……て……ご…ろじ……て……」
「これ……」
「シャガ、足を止めずに行きますよ」
「でも……!!」
「……『死んで』下さい」
虚ろな目で奴隷の方向を振り向くタクスス。
弱々しい声で彼、彼女達の人生に終わりを告げさせる。
「あ…り……がど……」
「アイ……ツ……をころ……」
苦痛から解放されていく奴隷達。
切れ切れになりながらも、タクスス達に言葉を託す。
ピクリとも動かなくなった独房に、静寂が流れ始める。
「タクスス、あまり無理をしない方が……」
「……気にしなくて大丈夫です……」
「分かりました。直ぐに地上へ運びますので、もう少し我慢を」
狭い通路に息を反響させ、出口を目指す3人。
走っている最中、時々体をビクッと震わせるタクスス。
鮮明に体が、過去の出来事を覚えているのだろう。
地下から離れても離れても、一向に治る気配がない。
(横にさせたいですね……エントランスに着きましたし、早く寝室へ……!?)
「……僕の秘密を知っちゃったね」
階段を駆け上がった彼女達。
体を休ませたいローズの目論見は、早くも挫かれた。
飼い犬を引き連れ、待ち構えていたルマヴェスによって……
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