第28話 従いし猛獣

 既に帰宅していた老人が、洋館入口の扉に佇んでいる。

 雨傘を杖代わりにし、今まで大人しくしていた飼い犬達を、周囲に従えているルマヴェス。

 歯をむき出しに威嚇する猛獣達とは対照的に、あくまで表面上は穏やかに振舞う彼。

 タクスス達3人を見つめると、大きなため息を吐く。


「やれやれ……勝手に家の中を漁ってたんだね。良くないよ? そういう事」


「おやおや、それは大変失礼いたしました。以後気をつけさせていただきます」


「以後ね……僕の秘密を知ってしまった人はね、偶にいるんだけどさ……どうなったと思う?」


「……それが、地下の方々ですか……? うぅ……」


「そうだね……タクスス君だったかな? 君の推測は正しいよ、ね」


「……大方?」


「そう。半分は口封じのために閉じ込めたけどね……半分は食用だね、食用」


「は? 食用って……アンタ人間を食う気かよ!! 気持ちわるっ!!」


「ん~子供には分からないと思うけどね、案外美味しいんだよ? 焼いて焼いて油を落としてさ……病みつきになっちゃうんだよね」


 話しながらうっとりした顔つきに変わっていくルマヴェス。

 注意力が散漫になっている間に、タクスス達3人は、すり足でじりじりとこの場から離れようとする。

 

「……そうだ、君たちに良いことを教えてあげよう。この屋敷内にはね、沢山の動物が飼育されているんだけどね。僕の一声で、いつでも駆けつけてくれるんだ」


「……そうですか」


「でね……提案なんだけどさ。大人しく降伏してくれれば、命までは取らないよ」


「その代わり、地下の人間達と同じ目に合わせるんだろ!?」


「そうだね。子供にしては察しが良いね君」


「ではでは、仮にその提案を断るのであれば、私達はどうなるのでしょうか?」


「そうだね……その場合は仕方がないけど……


「良く分かりました。では返事をお伝えしますね。……『灼けろ』」


 即答で老人の提案を断ったローズ。

 彼女の言葉が、ルマヴェス目掛けて放たれた。

 だが……


「……おや?」


「おっとっと……危ない危ない……そうか、ポニーテールの君は火に関する言葉が使えるんだね。危うく丸焦げになる所だったよ」


 自分の姿が隠れるように、手に持っていた傘を体の前で開くルマヴェス。

 ローズの言葉は老人に作用せず、年季の入った傘が対象となり、灼けて塵となってしまった。


「言葉は目視した物にしか作用しないからね。傘があって助かったよ」


「そうですかそうですか。ではもう一度灼いてあげましょう……か!?」


 目の前に気を取られていたローズ。

 無音のまま勢いよく飛び出して来た陰に、左腕を噛みつかれる。


「うぇ!? 何処から来たんだよこの犬!!」


「……ローズさん!!」


「心配ご無用タクスス。『灼けろ』糞犬」


 目と鼻の先で牙を肌に突き立てる番犬。

 怯むことなく焼き払ったローズであったが、傷を負った彼女の左腕からは、血が床に滴れている。


「……ちっ」


「だから言ったじゃないか。僕の一声で動物たちが駆けつけて来るってさ……ほら、部屋の中から僕のお友達が出てきちゃった。もう一度聞くけどさ、僕の提案を断るんだね?」


「……そうですね。そう受け取って貰って構いません」


「そうか……タクスス君、君には恩があるんだけどね。残念だよ……皆、僕に『従って』おくれ!!」


 洋館に響き渡るルマヴェスの号令。

 それに返事をするかのように、部屋から忍び寄る畜生たちが、タクスス達に向かって威嚇し始める。

 彼の言葉の影響だろうか。

 気性の穏やかそうな動物達まで、操られているかのように豹変していた。


「四方八方から続々と来ますねぇ」


「……げぇ!? 今さ、蛇がいたんだけど!!」


「そのくらい我慢しなさいシャガ。かみ殺されるよりはマシでしょ」


「うぇー……マジかよ」


「……早くルマヴェスさんを殺さないと不味いですね」


「タクスス、もう大丈夫なのですか?」


「ええ……だいぶ良くなりました」


 顔色が戻って来たタクススは、今にも襲い掛かって来そうな猛獣達を従える老人の方向を向く。

 彼の周囲を飼鳥達が浮遊しており、肉のカーテンがルマヴェスの姿を包み隠している。


「……ルマヴェスさんを殺したいんですけどね……言葉が作用するのは周囲の鳥達でしょうね……」


「ですねぇ。強引に削りきりましょうか」


「どうでしょう……そんな時間があるのでしょうか……」


 視線だけを動かすタクスス。

 正面から数匹の飼い犬が、タクススの腹部目掛けて牙を光らせ襲い掛かって来た。


「『死ね』……こんな状況ですとね……」


「シャガ、コイツら全員を止めて時間を稼ぎなさい」


「無理に決まってんだろ!? ウロチョロしてんのに全部は無理だよ!!」


 危害を加えようとする犬から順に殺していくタクスス達。

 目の前の大群を押し返そうとするが、あまりにも数が多い。

 無尽蔵に補充される敵に、じわりじわりと消耗していく彼女達。

 起死回生の一手を生み出すため、脳の細胞に鞭を入れる。


「……シャガ君、止まれの言葉以外に使える言葉はない? クシノヤさんが使っていた煌けとか」


「ゴメン、タクススお姉さん。その言葉は無理なんだ……出力が一回り小さい輝けなら使えるけど……」


「……この場にいる動物全員の目を眩ませることって出来る?」


「引き付ければね」


「そう……ローズさん、ちょっと耳を貸してくれますか?」


「何でしょう?」


 小声で耳打ちするタクスス。

 周囲に神経を尖らせながら、彼女の言葉に耳を傾けている。


「……」


「いかがでしょうか、ローズさん」


「いかがも何も……タクススの身が危険ですねぇ」


「私は死にませんから心配しなくて大丈夫です……」


「……分かりました。やってみましょうか」


 この場を打開する案でも思いついたのだろうか。

 あまり気が乗らない提案を受けたローズは、腰のケースに収めていたナイフを2本取り出すと、シャガへと向かって1本投げつける。


「うぉ!? 何だよ、危ないなぁ!!」


「護身用に1本貸します。私があの老人を殺すまでの数秒間、それで身を守りなさい」


「殺すって……どうやるのさ」


「……今から3人で特攻を仕掛けます」

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