第26話 招かれた商人

「やっと一息つけるよ……ふかふかのベッドへいざ……いった!?」


「汚い体で何をしようとしてるんでしょうか? 先ずは風呂入ってからですよ」


 寝台へ飛び込もうとするシャガを、直前の所で捕まえたローズ。

 首根っこを掴み、空いた手で頭部を叩くことも忘れない。

 一種のじゃれ合いのようになってきた2人を眺めつつ、入浴の準備を進めるタクスス。

 乾いた衣服をリュックの中から取り出すと、2人に一声かけて風呂場へと向かおうとする。

 

「……それじゃ……先に入りますね」


「ええ、いってらっしゃい」


「いってらっしゃ~い」


 着替えを抱えたまま、タクススは扉を閉じる。

 彼女の姿が見えなくなり寝室に取り残された2人は、気まずくなったのか、次の言葉が出てこずにいる。

 この場を沈黙が支配していた。


「……」


「……」


「……ちょっと煙草吸ってきますね」


「……わかった」


「荷物を漁ったり、覗き見してはいけませんよ?」


「アンタじゃあるまいしさ、そんなことするわけ……いった!?」


 リュックから煙草を取り出したローズは、皮肉を言うシャガを景気よく叩くと、洋館の玄関へと歩みを進めていく。

 エントランスには、床に伏せ主人の帰りを待つ飼い犬達が、各々の時間を過ごしていた。

 相変わらずローズの元へ近づこうとしないそれらを横目に、扉を開け外へと出る彼女。

 未だ止むことの無い雨空を見渡しつつ、煙草に火を点ける。

 頭がぼんやりとするのを味わいつつ、タクススが風呂から上がるまで時間を潰そう。

 そう思っていた矢先、雨音に紛れて、微かに人のような声が聞こえてきた……ような気がした。


「……ん? 何ですかね今の……この屋敷はあの老人以外いなかったはずですが……」


 洋館を案内されていた時の事を思い出すローズ。

 使用人すらいなかったのだが……

 首を傾げる彼女の喫煙時間は、日頃のそれを優にオーバーしているのであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 傘をさし、ローナバリスの歓楽街を弾むような足取りで進むルマヴェス。

 よほどこれからの時間を心待ちにしていたのだろうか。

 老人の表情は、無垢な少年のように生き生きとしていた。

 

「……ルマヴェスさんですよね?」


「おお!! コルス君!! 久々だね、会うのを楽しみにしていたよ」


 待ち合わせの場所である、入り組んだ路地裏の奥。

 時間も合間って人気のないこの空間に、闇に同化するようなスーツを羽織り、同じ色の傘をさす男性が、ルマヴェスを見つけると営業スマイルを作りながら近寄ってきた。

 純白のウェーブがかかった髪に、奇麗に手入れのされた眼鏡の奥に潜む真っ黒な眼は、常に何かを値踏みしているように見えてしまう。

 

「そうでございますか!! 私の方も、会えるのを今か今かと楽しみにしていました!!」


「はっはっは!! まあ、アレだ。一先ず例の品を見せてくれ」


「ははっ!! 仰せのままに」


 コルスと名乗る男性に連れられて行くルマヴェス。

 歩いて数分の場所に止められていた馬車の荷台の中へと案内されると、ルマヴェスの瞳の輝きは、より強みを増していく。


「おぉ!! 素晴らしい!!」


「そうでございますでしょう? 私の取り揃える商品は世界一!! ……と言っても過言ではありませんので!!」


「ちょっと……檻の中に入ってもいいかな? 僕、もっと間近で見たいんだよね」


「どうぞどうぞ……一応歯は全部抜いておきましたが、噛みついて来るかもしれないのでお気をつけて……」


 荷台の中に異質な存在感を放つ鉄で出来た簡易的な檻。

 その中に鎖で繋がれている生き物が、力なく横たわっている。

 両腕は頑丈な鉄鎖で自由を奪われており、右足の腱は切られてまだ日が浅い。

 そう思わせるような生々しい傷がついている。

 衣服を一切纏っていない女性。

 それに近づき愛犬を撫でるように、ルマヴェスは張りのある肌に頬ずりをしていく。


「よ~しよしよし……いいね!! 鮮度も良さそうだ!! 人ってね……鶏肉と豚肉を混ぜたみたいな味がするの。女は特に柔らかくていいね!! グッド、グッドだよコルス君!!」


「お気に召していただけたら幸いです。それでは早速、商品を運びましょうかね」


「うん、それなんだけどね……運ぶのは明日の昼頃にして貰えるかな? ちょっと今さ、客人がいるんだよね。代金は大目に払うからさ」


「……左様でございますか。かしこまりました、ではそのようにさせていただきます。本日はご来店いただき誠にありがとうございました!! エドワード・コルスの移動販売店、またのお越しをお待ちしております」


 必要な書類と代金を受け取ったコルスは、深々とお辞儀をする。

 彼に向って物腰柔らかそうに笑顔で手を振るルマヴェス。

 彼の歩いた通り道には、得体の知れない黒い風が吹いていた……

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