第25話 招かれた館

 笑う老人に引きつった笑顔を返すタクスス達3人。

 ルマヴェスと名乗る彼の顔を、まともに見ることが出来ずにいる。


「助かったよ、本当に……そのバッグに入っている書類があるんだけどね、今夜の取引で必要なものだったの。無くなっていたら一大事だったよ」


「……そ、そうなんですね……」


(どうしよう……正直に言った方がいいのかな……)


「何かお礼をしたいね……そうだ、一緒に食事でもどうだい?」


「……えっと……もうお昼は食べちゃいました」


「そうかい? それじゃ……お金かな……? いや、今は持ち合わせが無いし……う~む」


「……あ、あの……お礼は特に要らないので……お気になさらず……」


「そうかい? なんか気が引けるなぁ……ん?」


「……あ……雨」


 頭を悩ませ続けたルマヴェス。

 彼の熱を持った脳みそを冷ますひやりとした雨粒が、人々の横顔を濡らしていく。


「困ったね、また降り出して来ちゃったよ……そうだ……君たち、今日は何処かに泊まるの?」


「……そうですね……この辺の宿に……」


「もし良かったら今晩、家に泊って行かない? 僕の家は結構広いからさ」


「……え……でも……」


「タクスス、ここはお言葉に甘えてみてはどうでしょう。私のお財布に優しい展開なので」


「……は、はあ……」


「俺も賛成~この辺の宿代って結構高いよきっと」


「決まりだね。それじゃ皆、僕に着いて来て」


 愛犬を連れ自宅へと戻ろうとするルマヴェス。

 ピザ屋に置いてきた荷物と上着を取りに戻ると、老人の後を追っていく3人。

 日が傾き始めてくるにつれ、雨は激しさを増していった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 雨声を聴き続けること10分。

 衣服が透けるほどの天然のシャワーを浴びた4人は、ルマヴェスの自宅へと到着した。

 普通の民家とは程遠い、上質な素材で作られた2階建ての一軒家。

 何十人もの来客を一同に呼んだとしても、持て余しそうなサイズ感の洋館が、タクスス達を出迎えていた。

 

「すっげぇ……」


「だろ? 僕の自慢の家だからね……さっ!! 中へ入ろうか」


 雨の中に長居は無用だと言わんばかりに、洋館の扉に手を掛けるルマヴェス。

 帰宅した主人を、たくさんの毛玉がお出迎えする。


「お~!! よしよしよし!! ただいま~お利口さんにしていたかな?」


 茶色に白、黒やグレー、豆粒サイズから成人男性を優に超えるサイズまで。

 バラエティに富んだ飼い犬の群れが、ルマヴェスの帰宅を祝福する。


「おやおや……凄い数ですねぇ。何十匹いるんですか?」


「そうだね……ちょっと数えきれないな。僕ね、捨てられた動物の保護をやってるからさ……気が付いたらこんな状況だったんだよね」


「なんか……動物園みたいですね……」


「はっはっは!! 言われてみればそうだね!! 動物好きの僕にとっては夢の場所だね」


 近寄って来る犬たちに、頬を擦りつけ過剰なスキンシップを行っているルマヴェス。

 屋敷内にお邪魔したタクスス達にも、甘えさせて欲しそうに犬たちが近寄って来る。

 ……ローズを除いて。


「……なぜ私の元には来ないのですか」


「ん? ……君、もしかして煙草吸ってる?」


「はいはい」


「あー……動物ってね、臭いに敏感だからさ……ニコチンの臭いがダメなんだよね」


「本当ですか」


「やーい、犬に嫌われてやんの……いってぇ!?」


「ふっふふ……何を勝ち誇っているのでしょうかねぇ、ぶち殺しますよ?」


 喧嘩を売ってきたシャガの後頭部を、右の拳で殴りつけるローズ。

 動物に嫌われたのがよっぽどショックだったのか、いつにも増して勢いにキレがあった。


「さてと……ここで遊んでたら風を引くね、3人とも着いておいで。風呂場と洗濯場を案内しよう」


 群れを優しく押しのけ、屋敷内へと進んで行く4人。

 お目当ての風呂場と洗濯場を始めとして、キッチンやトイレ、今夜宿泊で利用していい寝室など、一通りの部屋を案内された。


「さてと……こんなものかね」


「……あの」


「ん……何だい?」


「紹介していただいた部屋以外にも、結構部屋があるのですが……物置か何かなんですか?」


「あー……そういうことね……今回一通り紹介した部屋以外はね、動物たちの居住空間になってるの。例えば……これとかね」


 そう言ってルマヴェスは、近くの扉を開ける。

 途端に廊下へと獣の臭いが広がってきた。


「ここにはね……ワシや渡り鳥が住んでるよ。怪我の療養中だけどね」


「……怪我?」


「そう。偶にね、散歩をしているとね、いたずらなのかな? 怪我をして地面に倒れている動物たちがいるの。市民のいたずらだろうね、可哀そうに」


「……そうですか……」


「他の室内も同じ感じだよ。そういうわけだから、思った以上にこの家は、人間の居住空間が少ないんだよね、ゴメンね」


「……い、いえ……とんでもないです」


 閉じられていくドアに背を向けながら、悲しそうに語るルマヴェス。

 辛気臭くなるのを嫌ったのか、気を取り直した彼は、タクスス達の方を向き直す。

 

「それじゃ、皆はゆっくり休んでてね。僕は着替えたら街に用事があるから、家を空けるよ」


 身支度を済ませるため、自分の寝室へと姿を消していくルマヴェス。

 この場に居ても仕方がないので、タクスス達も今晩泊る部屋へと足を運ばせる。

 野宿続きだった彼女達は、久々に文化的な生活を送るのであった。

 

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