第24話 美食の街・ローナバリス
一時の雨下がりはサヨナラを告げた。
あれから恐れ知らずの山犬を火葬した彼女達は、湿った上着を肩にかけ、目的の場所へと歩を進めていく。
分厚い雲の隙間から顔を出した太陽は、気温をみるみる上昇させる。
体感温度で推測すると、およそ14時ぐらいだろうか。
照り付ける日差しを肌に浴び、水気を帯びた大地を踏みしめること数時間。
美食の街・ローナバリスへと到着した彼女達を、燻製によって香りづけられた、色彩豊かな食材が出迎える。
「うぉ……!! やっぱすげーなここ」
「アウレラとは何もかもが大違いですねぇ」
「……煩いなぁ、向こうは向こうで良いとこがあるんだよ」
「はいはい」
「……えっと……取り合えず、何処かで食事でもしません? 時間も時間ですし……」
「じゃあ俺、肉が食べたい」
「私は魚介類を希望します」
「……」
「……」
(うわぁ……好みが真逆だ……この2人)
静かに笑みを浮かべたまま、無言で見つめ合う2人。
人混みの中で異様な空気を作り出す彼女達は、嫌でも目立ってしまう。
(……うぅ、煩くなってきた……何処でもいいからこの場を離れよう……)
早くこの場から立ち去ることだけを考えていたタクスス。
近くを通ろうとしている、飼い犬と散歩中の老人と、思わず激突してしまう。
「……きゃっ!?」
「おっと?」
「……す、すみません……!! 周りをよく見てませんでした……」
「はっはっはっ!! お気になさらず、お嬢さん。怪我が無くて何よりだよ」
「……本当に申し訳ございません……」
「いいよ、いいよ。ただね……今度からは気をつけるんだよ? 僕だから良かったものを……最近この辺も治安が悪くなってきたしね。充分注意するんだよ」
「ワンッ!!」
「おお!! そうかそうか、ベンもそう言ってくれるか!! よ〜しよし、良い子だよ」
「……」
「それじゃお嬢さん、良い時間を」
愛犬を撫でながら物腰柔らかに振る舞う老人は、リードを握る逆の手をタクススへと振ると、この場を後にする。
……同じ笑顔でもここまで違うのか。
胸ぐらを掴み合う2人を横目にしながら、老人の背中を眺めるタクススであった。
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2人を諭したタクススは、近くのピザ屋へと入店していた。
通りに面する野外席に腰掛け、荷物を地面に下ろす彼女達。
上着を椅子に掛けると、メニュー表に一通り目を通しながら、何にしようか決めかねている。
「……どれにしよう」
「そうですねぇ……私はシーフードパスタですかね」
「俺はチョリソーがいい」
「……えぇっと……」
「遠慮しなくて良いのですよ、タクスス。高いのでもなんなりと注文してください」
「マジで? ステーキもいいの?」
「ふっふふ……はっ倒しますよ」
「じょ、冗談だよ……そう怒んないでよ」
「……私は普通のピザでお願いします」
無難な品をオーダーしたタクスス。
料理が運ばれてくるまでの待ち時間、彼女達は今後の進路について談笑し始める。
「……今は距離的に、三分の一くらいですかね」
「そうですねぇ。ここからはあと5、6個の都市を経由する必要がありますねぇ」
「そんなにあるのかよ……車とか使おうぜ? 疲れるよ」
「はぁー……最近の若者は、楽な方向にばかり流れて行きますねぇ。……目立つように移動したくないのですよ、軍隊と鉢合わせしたくないので。都合が悪いのはシャガも同じでは?」
「うっ……確かに……」
「……順番は、アスロン、モンテラ、タモアラ、マリガン、バナン……最後に港町のブリダンの順番ですか? ローズさん」
「はいはい、その通りです。この街を出発すると、暫くはビバ✰ド田舎って場所しかないですね」
「……酷い命名……」
「と言われましてもねぇ……自然豊かなパッとしない場所としか言えないのですよ。次のアスロンは、水資源が豊富なこと以外、有名な物がないのでねぇ」
「アスロン……山賊の皆と川遊びをしに行った記憶しかないよ俺」
「山賊のイメージが崩れること言わないでもらえます? ……おっ」
取り留めの無い会話に花を咲かせていると、注文の品がテーブルへと運ばれてきた。
白い湯気が天に昇り、周囲に幸福を届けている。
冷めないうちに口へと運ぶ3人。
疲弊した体中の細胞が、声を上げて喜んでいる。
よほど空腹だったのだろうか。
ものの数分で完食してしまった彼女達。
水を飲みつつ、食事の余韻に浸っていると、何処からか男性の悲痛な叫び声が聞こえて来る。
「おい待てっ!! ドロボー!! ベン、行くんだ!!」
「ワンワンッ!!」
聞き覚えのある声。
先ほど出会った、あの老人だ。
見覚えのあるバッグを脇に抱える、20代程の男性に向かって、怒鳴り散らす老人。
飼い犬が追随するが、人混みを上手く利用して逃走する盗人。
彼との距離は中々縮まらない。
この事態にいち早く気が付いてしまった3人。
知らないふりをするのも気が引けるので、取り合えず盗人を捕まえるため、加勢しようと席を立つ。
手始めに元盗人の彼は口を開く。
「『止まれ』」
盗人を目に捉えたシャガは、ご馳走様の挨拶代わりに言葉を使う。
数秒止められた彼は、追いついた飼い犬に何度も噛まれることになる。
「いってててて!? 離せ糞犬!!」
「……アナタは大人しく降伏したほうが良いのでは?」
音もなく盗人の元へ駆けつけたローズ。
澱み無い手さばきで、盗人の鳩尾に打撃を加えつつ、盗品を彼の手元から弾き飛ばす。
「さてさて……取り返した……っと。ん?」
「おい返せこの野郎!!」
「……来ないで下さい」
弾かれた品を体全体で受け止めるタクスス。
血走った目で、なりふり構わず取り返しに来る男性の顔面に向かって、咄嗟に平手打ちをかましていく。
腰の入ったそれは、盗人の背中に土をつけるのに十分なものであった。
周囲に居た通行人によって、次々に体を抑え込まれる彼。
老人がタクスス達の元へたどり着いた時には、姿が見えないほどの人間が覆い被さっていた。
「はっ……はっ……はっ……君たちは……そうかそうか、あの時の」
「……あ、お爺さん……はい」
「ああ、すまない……いや~これは何かの縁かな? こんな直ぐに再開することになるとはね。僕、驚いちゃったよ」
「……災難でしたね……えっと……」
「ああ、名前を言っていなかったね……僕、この街に住んでいる、アイミン・ルマヴェスって言うんだよ」
3人の脳裏に思い起こされる名前。
彼女達は直ぐに気が付く。
タクススが殺してしまった、あの犬。
その首輪に書かれていた名前だと。
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