第23話 ガラスの粒が空を舞う

 光が木々の隙間から差し込んでくる。

 あれからタクススとシャガの元へローズが合流。

 その後、木々が生い茂る広場のような空間へと移動し、一夜を過ごした。

 てっきりローズは、2人が戻って来るのを待ち続けていると思ったのだが……

 どうも、山賊達が早々に別の場所へ旅立ったので、1人ぼっちになってしまったらしく、寂しくなったので来ちゃったと言うことだ。

 ……あの人が寂しくなることなんてあるのだろうか。

 そう思っていたタクススだったが、シャガの同行を簡単に認めて貰えたので、疑問はすっかり払拭されてしまった。

 透き通った空気を全身で浴びつつ、次の街を目指し山岳地帯を歩いて行く3人。

 時間つぶしも兼ねてこれから行く街について雑談する。


「……次の街って……ローナバリスで合っていますかね……?」


「ええ、美食の街なんて呼ばれるくらい、食事には煩い場所ですよ。他の街の人間もよく訪れる場所とか」


「……へぇー……」


「俺もお父さんに連れられて、偶に行ったことがあるよ。まあ、あの街を訪れる貴族に、薬を売るのが目的だったけど……」


「……そんなに来るんですか? その街に」


「はいはい、あそこはこの国で一番栄えていますし、国中の珍しい食材が集まりますので……貴族に薬を売るならうってつけの場所でしょうねぇ」


「……そうですか」


「栄えている分、他の犯罪も多いでしょうねぇ。窃盗や誘拐……歩く時には気を付けないといけませんよ……ん?」


「雨……? ですか?」


「うわ……マジかよ」


 天を見上げる3人。

 山の気候は変わりやすいのだろうか。

 先ほどまで晴天だった空には、黒ずんだ分厚い雲が漂っている。

 そこから生み出される大粒の雫は、恵みの雨となって辺りに降り注いでいく。

 タクスス達3人は、雨除けのため、近くの洞穴へと避難していく。

 冷やりとした空気に出迎えられた3人は、濡れた衣服を脱いでいく。


「シャガよ、奇麗なお姉さん達に囲まれているからって、変な気は起こさないように」


「……アンタ相手にそんなことしたら舌切って自殺してやるよ。色気も糞もない癖にさ」


「……ほうほう、色気が無いと? ほうほうほうほう」


 凹凸が少ない体について触れられたことがよっぽど嫌だったのだろうか。

 コンプレックスを刺激されたローズは、シャガの頭を片手で掴むと、指に力を入れて握りつぶそうとする。

 

「いっててて!? 何すんだよ!!」


「いやいや、礼儀を知らない糞ガキにちょっと躾をしようとね」


「……あの、2人とも……?」


「何だよ!! 本当の事を言っただけだろ!? 貧乳の癖に……いてててて!!」


「小さいことが悪いと思っているその考えから叩きなおしてあげましょうかねぇ」


「……あの……ちょっとトイレに行って来て良いですか……?」


 売り言葉に買い言葉で、タクススの声が聞こえていない2人。

 仕方がないので、このまま雨が降り続く野外へ出ると、便意が催している彼女は、どこかいい場所がないか木々の影を渡りつつ移動していく。


「……最悪……冷えて来たらかトイレが近くなっちゃった……」


 あまり離れるのも危ないと考えた彼女は、近くの岩が積み重なって出来た、くぼみのような場所を選ぶ。

 さっさと終わらせようとする彼女。

 その時、ふとここ数日間抱いていた不安が頭を過った。


「……今日も生理が来ないのかな」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 洞穴へと戻ったタクスス。

 流石に2人とも落ち着いただろうと、彼女は甘い見通しをしていた。

 結果はどうか。


「へっ!! ざまぁねえぜ!! 絶壁ババアが!!」


「……ふふふ、良いでしょう。そこまでやるのなら、今すぐ灼いてあげますよ」


 言葉の力を今にも使いだしそうな言い争いまで進展していた。

 ……何故だ。


「……あの……!! 2人共、落ち着いて!!」


「おやおや、お帰りなさいませ。そして止めないで下さい。あの糞ガキにはきつめのお仕置きをする必要がありそうなので」


「子供相手に大人げない軍人だな!! あんまり友達いなかったんじゃないの? オバさん」


「……」


 深いため息が自然と口から出るタクスス。

 昨日から思っていたことだが、この2人って相性が良くないのでは……?

 殺し合いになっても困る彼女は、無理やりにでも割って入って止めようとする。

 その時だ。

 洞穴の外で、獣の唸り声が聞こえてくる。

 コチラを威嚇し、今にも噛みついてきそうな威勢のいい声の持ち主。

 捨てられた山犬だろうか?

 薄汚れたそれは、好戦的な目をコチラに向け、鋭い牙をむき出しにしている。

 思いもしない来訪者に、流石の2人も言い争いを止め、望まれていない客へと体を正対させる。


「山犬ですか、珍しいですねぇ」


「うへぇ、なんかやる気満々なんだけど、アレ」


「……『死ね』」


 特に悩むこともなく、山犬の命を奪うタクスス。

 4本足のそれは、力なくぬかるんだ地面へと倒れていく。


「おやおや、容赦がない」


「……変に噛みつかれて狂犬病になっても困りますからね……ん?」


「どうしたの、タクススお姉さん?」


「……首輪……? かなアレ……」


 亡骸となった物体に近づいていく3人。

 山犬の首元に、名前が書かれた首輪が巻かれている。


「何それ。飼い主の名前?」


「……そうかも……えっと……飼い主の名前は……アイミン・ルマヴェス?」

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