第18話 到来する軍隊

 館の中に雷鳴が響く。

 右肩が焼かれたように熱い。

 細胞が悲鳴を上げているようだ。


「……うぅ……いたっ……」


 肩を抑え出血を試みるタクスス。

 とめどなく溢れる液体が衣服へと浸食し、彼女の体力を奪っていく。

 衰弱していく少女へ追い討ちを掛けるように、銃撃を続ける外部の人間。

 身を伏せ近づいたローズは、タクススを抱きかかえると、脱兎の如く逃走を図る。

 

「ちょっと我慢を……『焼け』」


「……うぅ……!!」


「これで出血は大丈夫でしょう……ふう」


「……すみません、ご迷惑をおかけして……」


「いえいえ、迷惑だなんてとんでもない」


(アナタを合法的に抱けるのですからねぇ)


 真顔で下心満載に興奮するローズ。

 狙撃による弾幕をいとも簡単に回避していく。

 密着したまま運ばれるタクススは、後方で動く人影を目に捉える。

 傷を負わせた相手に、お礼をするためだ。


「……あっ……いた……『死ね』」


「弾幕が……殺ったのですか?」


「……多分……ただ、1人しかいないとは思わないのですが……」


「同感です。恐らく村にいた、後先短い害獣達でしょうねぇ。どうやってここを嗅ぎつけたのか」


「……クシノヤさん達と合流しましょう」


 脇目も振らず走り抜けていくローズ。

 一陣の風は降り積もった埃を巻き上げていく。

 息を乱しつつもエントランスへと到達した2人。

 そこでは既に銃撃戦が始まっていた。

 屋敷の入口からは、苛烈に鉄塊が飛び交って来ている。

 物陰に隠れ、やり過ごしているクシノヤ達。

 隙を見てタクスス達も合流する。


「遅いぞお前ら!!」


「おやおや、結構飛ばして来たのですがねぇ」


「それで……どうだった?」


「収穫なしですよ」


「あれ……? タクススお姉さん、怪我してる?」


「……ちょっと……撃たれてね。弾丸はまだ肩の中かな……これ」


「ふん、災難だったな。今はとっととずらかるぞ」


「……返り討ちにしないんですか?」


「ああ?」


「明らかな殺意を持った行動。正当防衛で殺ってもいいのですよ? 私は許可を出します」


「そんなものいらん。俺が積極的に危害を加えるのは、あくまでだけだ」


「……ここに来る前に、1人ほど殺しませんでしたっけ?」


「努力目標だからな、そういうこともある」


「随分低い目標ですねぇ」


「ひっひひ……知らんぞ~お前ら」


「ん?」


「ワシらを敵に回して無事に帰った人間はおらん!! 軍隊に告げ口してやる……を擦り付けてくれるわ!!」


 会話に割って入ってくる老人。

 軍人のローズが目の前に居るにも関わらず、堂々と言ってのける。

 口を滑らせた彼のあまりの主張に、ローズは失笑するしかない。

 

「……軍の人間はそんなに馬鹿じゃないがな」


「あ?」


「言いたいことは済んだか? なら……仲間の元へとっとと帰りな!!」


 首根っこを掴み、物陰から勢いよく老人を投げ捨てるクシノヤ。

 宙を舞う老人を見た村の住人たちは、銃撃を止め、地面へ落とさないようにキャッチしようとする。


「『砕けろ』!!」


 注目が老人へと向いている間に、クシノヤは天井へ向かって言葉のナイフを突き刺す。

 するとどうだろ。

 立派な造りで雨風を凌ぐ屋根はいとも簡単に粉々に砕け散り、老人とタクスス達を分断するように瓦礫の山を作っていく。


「行くぞシャガ!!」


「う、うん。じゃあね、タクススお姉さん!!」


「……え、ええ……」


 手短に別れの挨拶を述べると、後ろを振り返ることなく退散していく2人。

 そんな彼らの後ろ姿を見ながら、ローズは口を開く。


「私達も退散しましょうか。荷物も置きっぱなしですし、回収しに行きましょうかね」


「……あの、ローズさん」


「なんでしょう」


「荷物を取りに行ったら、クシノヤさん達に会いに行きません?」


「却下したいのですが」


「……すみません。でも……彼らがどんな人物か……分からないことが多いって言うか……」


「好奇心ですか。寄り道して、あの老人が呼んだ軍人と鉢合わせするのは避けたいのですがねぇ」


「……お願いいします」


「仕方がないですねぇ。今度いちゃいちゃさせてくれると言われれば、従うしかありませんよ」


 勝手にセクハラの予約をされたタクスス。

 釈然としないが、取り合えず要望は通せたことに安堵する。


(……貴族に危害を加える……ね)


 どこか目の敵にしていたようなクシノヤ。

 貴族として生きてきたタクススにとって、彼が発したその言葉は、疑問を抱くのに十分な物であった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「何だよコレ!! テッセンちゃん、どういう事!? 本当に合ってるの? ここで!!」


「ええ、間違いないです……間違いないんですが……」


 何度も資料を見ながら、目の前の光景に呆然としている彼ら。

 タクスス達がこの場から立ち去った数時間後。

 時計の針は午後2時に差し掛かろうとしている。

 入れ違いとなって現れたテッセン達。

 彼らは、瓦礫に埋もれる老人達と、見るも無残に倒壊している屋敷に、目が釘付けになっていた。


「誰か、助けてくれ!! 誰か!!」


「……って言ってますけど、プロテア大佐」


「取り合えず、あの老人達をどうにかしようかね」


 このままでは何も進展しないと悟ったのか、ひとまず老人たちの救出作業に入る。

 瓦礫を退け安全な場所へと引きずり出す軍人達。

 肉が削げ落ちた体からは、瓦礫の影響だろ。

 至る所から血を流している。


「ひっひひ……丁度いい」


「ん? どうしました? おじいさん」


「き、聞いてくれ軍人さん!! 山賊が……山賊が暴れてたんじゃ!!」


「山賊が?」


「ああ!! ワシらは必死に止めようとしたんじゃよ!! マリア家の留守を頼まれてのう!! なのにアイツらは……アイツらは……!!」


 彼は昔、俳優でも目指していたのだろう。

 そう思えてしまうような熱演で、タクスス達に捕まっていた老人は、テッセンへ訴えかける。

 若き軍人の彼は、素直過ぎたのだろう。

 嘘っぱちの証言に心を動かされてしまう。


「山賊の野郎……こんな人達に何てことを!! 絶対にゆるせ……痛っ!?」


「テッセンちゃん、取り合えず落ち着こうね~」


「プロテア大佐!! 何ですか急に!!」


「……1個質問していい?」


「な、何じゃ?」


「俺達さ、そのマリア家の住人に用事があるんだけどね~……いつぐらいに帰って来るか知らない? 見た感じここには居ないだろう?」


「さ、さあ……そこまでは聞いてなかったな……」


「……」


 僅かに目を細めるプロテア。

 30を超える今でも前線で活躍する彼の脳へ、ある違和感が語りかける。


(この爺さん……何か隠してるな)


「ゴメンねお爺さん、時間取らせちゃって……あ、そうだテッセンちゃん、ちょっといい?」


「はい?」


 笑顔で老人から離れると、テッセンを連れて人気が居ない場所へ移動するプロテア。

 周囲に人がいないことを確認すると、いつもの調子で話始める。


「テッセンちゃんさ、さっきの話で何か違和感なかった?」


「特に……?」


「マジで!? ん~……ま、説教は今度するとして……犬連れて来てたよね?」


「確か数匹……」


「そいつら使って、この周辺にマリア家の人間が居ないか探してみようか」


「え? 何で」


「長年軍隊で活躍してきた俺の勘がそう言ってんだよね~」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る