第9話 見えざる手に掴まれて

「……」


 街外れに位置する倉庫。

 周囲には木々が生い茂り、傍に隣接する歩道以外に、これと言った建設物は見当たらない。

 時計の針は、13時を今にも示そうとしている。

 そう、例の時間である。


「……本当に来やがった。アイツらは……? そうか……あの女どもの仕業だったのか……!!」


 拳を握りしめるアルテン。

 爪が肉に食い込み、今にも出血しそうになっている。


「おい!! 糞女ども!! お前らがあのメッセージを書いたんだな!? 答えろ!!」


「おやおや早いですねぇ!! 5分前行動とは感心です」


「……昼間から煩い人……」


 陽気に手を振り挨拶をするローズと、忌々しい目で睨みつけるタクスス。

 対照的な感情を抱く2人が一歩一歩アルテンの元へ近づいて来る。


「人の話を聞いてんのか!? おいっ!!」


「聞いてますよ~そんなに大声出さなくてもね。ではでは、早速強奪しましょうかねぇ。彼みたいに死にたくなければ逃げた方が良いですよ」


「やっぱアイツらがウルルンの野郎を……!! 在庫を奪うだぁ!? やってみろよ!!」


 威勢よく吠えると、背後の鉄格子の扉から倉庫内へ駆け込むアルテン。

 扉の鍵は開けっ放しのままである。


「……彼、誘いこんでいますね。ふっふふ……芸の無い作戦ですよ。タクスス、これからやることは分かっていますね?」


「……ええ……危なくなったら、こっちの判断で殺して良いんですよね?」


「はいはい。まあ……今回はなので、なるべく殺したくはないですが」


 何かの打ち合わせを行う2人。

 扉に手をかけると、ローズ1人が塵と埃が舞う倉庫内へと進入する。

 

 すぐさま周囲を見渡す彼女。

 お目当てにしている薬品の在庫が何処にも見当たらない。


「……おや? 何もない」


「そりゃそうだろ!! あれから何時間あったと思ってんだ!? くっくっく……!! 必要なものは移動させた!! 大したものはもうねぇぜ!? 何を盗む気だお前ら!?」


 馬鹿笑いを倉庫内に響かせるアルテン。

 野太い声が周囲に反響している。

 既に勝ちを確信している彼とは対照的に、冷静に周囲の分析を始めるローズ。


(煤の臭い……在庫を燃やしたのでしょうか。コチラとしては好都合ですが……)


 外で待機するタクススに、目線で合図を送るローズ。

 彼女の手持ち時計で時間を確認すると、時計の針は丁度13時を告げている。

 お待ちかねの時間が到来したことで、ローズは自然と笑みがこぼれる。


「あ? 何が面白いんだ?」


「いえいえ、そろそろだな~って思いましてね」


「……まあいいさ。それよりもだ……俺の部下を1人殺したんだ。生きて帰れると思ってないよな? この倉庫からも出さねぇぞ!?」


 そう言い放つと、倉庫の壁を思いっきり蹴り飛ばすアルテン。

 数秒後、ローズの頭上に工事用の鉄パイプが数本落下してくる。


「何ですか? 罠にしてはしょぼいですねぇ」


「……『増えろ』!!」


 落下してくるパイプに向かって言葉を投げつけるアルテン。

 彼の言葉が実現するように、落下してくるパイプで天井が見えなくなるほど増加していく。

 今にも下敷きになりそうな状態にも関わらず、悠長に構えている彼女。

 のんびりとした口調でローズは口を開く。


「あー……アナタその言葉が使いこなせるのですか……商売向きの言葉ですね。それでこんなトラップをねぇ……まあ、『灼け』ば問題ないですが」


 ローズが言葉を発した途端、フラッシュコットンのように燃えてなくなる鉄パイプの束。

 代わりに頭上から、鉄粉がチラホラと地上へと降り注いでいる。


「あぁ!? 一瞬で燃やしただと!?」


「灼いたと言って欲しいですね。タクスス!!」


「……分かりました……みなさ~ん、無料配布を行っている場所はコチラですよ~」


「あ……? 無料配布だと……? ……おい、何で客がこの倉庫目掛けて来てんだよ!?」


 久々に大声を出したタクススは、何かを呼び寄せた。

 血走った形相でコチラへ向かって来る集団。

 そう、アルテンが毎日目にしている住民である。

 得物を追う野獣の如く、各々が雄叫びを上げている。


「凄い凄い。人ってあんな声を出せるのですねぇ」


「おい……!! 今度は何をやった!?」


「店の前に張り紙を置いただけです。この倉庫の場所……それと商品を幾らでもタダで持って行っていいという内容のね」


「はぁ……? 店には俺の部下が1人いるんだぞっ!? そんな勝手なこと……」


「これはこれは、さっき言いましたねぇ? って」


「……!! お前、まさかオレオラも!? この……外道がっ!! ……うぉ!?」


「おいアルテン!! お前にしては気前がいいじゃねぇか!!」


「無料なのよね!? 好きなだけ持って行っていいのよね!?」


「おい!! 商品は何処だ!? 何処にもねーぞ!?」


「アナタ……まさか騙したの!?」


「ちょ、止まれ……止まってくれ!!」


(何なんだよこれ……!! 折角商売が軌道に乗り始めて来たのに……!! この女達のせいで信用もガタ落ちじゃんかよ!! クソがふざけんなぁぁぁ!!)


 必死の制止も空しく、人の波に飲まれていくアルテン。

 もぬけの殻となっている室内を見た客たちは、事情が違うと言わんばかりに、より一層怒りを強めていく。

 市場を支配していた彼は、欲望の荒波へと消えていった。

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