第8話 交差する均衡価格
住居の窓から光が零れ出す。
月の光が仄かに交わる中、アルテンの商店前に張り込み、様子を探る2人の女性。
物陰からじっと息を潜め、周囲を見渡している。
「……特に怪しい所はないですね」
「ですです。このままだと埒が明きませんねぇ。もうちょっと近づいてみましょうか」
「……大丈夫ですか? ローズさん……」
「この暗闇ですし、そう簡単には見つからないでしょう。 ……ん~?」
猫の目のように大きく見開くローズ。
店と店の狭間に存在する小路地。
その場所で、昼間に見かけた挙動不審な動きを行う人影を捉える彼女。
店の関係者だろうか。
ローズはタクススの左手を右手で掴むと、引っ張るようにしてそこまで進んで行く。
「……ローズさん、急になにを……」
「しっ!! 暫くお口チャックでお願いします」
みるみる進んで行く2人。
彼女達が近づいて来るのは、途中で人影も気が付いたようで、野太い声を投げかけて来る。
「お、おい!! お前らな……にもっ!?」
手の届く範囲まで近づくと、右手を離したローズは、それを人影の口元へ持っていく。
口を防がれた男性。
サイドを狩り上げたモヒカン頭の男は、呻き声を周囲へと響かせる。
「……静かにしてもらえますか? 従って貰えないなら……『焼き』ますよ」
「ん"ん"ん"!?」
「ふっふふ……薄皮を焼いただけですよ。大人しく従って貰えます? 取り合えず場所を移動しましょう」
魚を焼くような火力で、男性の両腕を焼くローズ。
涙を浮かべる男性は、息を荒げながら大人しく彼女達に連行されていく。
スタート地点へと戻って来た2人。
男を住居の壁に叩きつけると、懐から取り出したナイフを喉元へ突き付け、尋問を開始する。
「は~い、ではではローズさんのお仕事タ~イムです。一応軍人ですし、偶には働かないと」
「はっ!? 軍人!? 急に何なんだよ!!」
「……静かにって言いましたよね? 早死にしたいんですか?」
「ひぃ!?」
「先ず……タクスス、ちょっとポケットとか弄って貰えますか? 私は質問しているので」
「……分かりました」
「えっとですねぇ……2つ聞きたいことがあります。先ずアナタ、昼間にこの店の周辺でウロチョロしてましたよね?」
「あ、ああ」
「何故あんな事を?」
「何故って……お、俺はアニキから頼まれた品を持って来ただけだよっ!! 本当だよ!!」
「品? 品って何ですか?」
「……ローズさん、多分これじゃないですか?」
「なんですかこの白い粉……覚せい剤?」
「そ、そうだよ!! 隣町の山賊どもが高く買うからさ、苦労して入荷してんだよ!!」
「……1個だけで利益が上がるんですか?」
「そ、そこは、アニキの言葉でどうにでも出来るんだよ!!」
「……まあ、いいでしょう。もう1つはですね……あの店って、転売屋ですよね?」
「……!!」
「あの店の商品の値段が明らかに高すぎる。尚且つ周囲の店には在庫が無い。アナタ方が買占めを行った品を、そのまま高値で売りに出したのではないか……ですよね? タクスス」
「……ええ……供給量を意図的に絞れば、価格が高くても売れますからね……」
「しょ、証拠はあるのかよ!?」
「いいえ、無いですよ? ……今から証拠を聞き出すので」
喉元に突き付けたナイフを押し込み始めるローズ。
生暖かい鮮血が、地面へと滴れ始める。
「ひぃ!? た、助けて……!!」
「では、私達が期待する行動をお願いいたします」
「うぅ……そうだよ、お前らの推測通りだよ!!」
「ああ、やっぱり……流石ですね、タクススの言った通りでしたよ」
「……い、いえ、それほどでも……」
「ちなみにその在庫は何処にあるんですか? 全部が全部あの店にあるわけではないでしょ」
「街外れの倉庫にある!! 黒いから目立つはずだ!! ば、場所は……この紙に書いてある!!」
「……ほうほう、結構近いですね」
「なあ!! もういいだろ!! 俺の知っていることはもう話したからさ!!」
「そうですね。コチラも知りたいことは全部聞きました。ではタクスス、言葉をお願いします」
「……良いんですか?」
「ええ、
「は? 死体!? どういうことだお前ら……」
「……『死んで』ください」
「……!!」
彼女達から逃れようとあがき続けてきた男。
その努力は、タクススの一言によって全てが泡となってしまう。
ピクリとも動かなくなった男性。
ローズは荷物から1枚の紙の取り出すと、ペンを走らせ何かを書き込む。
「いや~ありがとうございます。上手く焼殺するのは難しいのですよねぇ……死体が残らないのです」
「……このゴミをどうするんですか」
「それはですね……ちょっとした
紙に何かを書き終えたローズは、粗大ゴミを引きずって、再度アルテンの店へと向かっていった。
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「おい、オレオラ!! 例の物は持ってきたか!?」
「ウッス!! 1個しかないですけど、無事に手に入れたっす!!」
「お~し……『増えろ』!! これで2つになった……ちょろいな~おい!!」
「そうっすね!! これで馬鹿な山賊たちからガッポガッポっす!!」
「この世は需要と供給!! 欲しがる奴が馬鹿みたいにいれば、どんだけ価格を吊り上げても問題なぁ~し!! 染みわたるねぇ……均衡価格がっ!!」
「あのアルテンさん、金を直接増やすのってやっぱダメですか!? 自分回りくどいの嫌いっす!!」
「あ~? 前も言っただろ!! 金の流通量を増やすと金の価値が減っちまう……俺はなぁー価値のある金が欲しいんだよ!! 分かったか!?」
「おっす!! 1割くらい!!」
「……まあいいさ。それよりもだ!! ウルルンの野郎まだ帰ってこねぇのか!?」
「煙草を吸いに行くと言っていたんですけどね……ん?」
「おい、何だ今の音は?」
顔を見合わせる2人。
地面に何かが投げ捨てられる音が聞こえて来た。
小路地へと続く鉄製のドアをゆっくりと開く。
薄暗い路地の景色。
そこに混じり合うように、成人男性程の大きさをした物体が、力なくうつ伏せのまま倒れ込んでいる。
「……!! ウルルン先輩……!? し、死んで……」
「おい!? 何があった!! おい!? ……何だこれは!?」
横たわる男性の背中に貼られた張り紙。
そこには、女性のような筆跡でこのように書かれていた。
『店の在庫を奪いに明日の昼下がりに伺います』
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