第7話 不正な供給

 謎の男性から声を掛けられて以降、タクススたちは人混みから離れた路地裏に居た。

 日を遮り影が周囲を包み込む場所で、ローズが購入した衣服に着替えているタクスス。

 姿を現す色白の肌は、火傷の痕が鮮明に残っている。

 背中を見せながら着替える彼女を、ローズはまじまじと見つめていた。


「おぉ~良い体してますねぇ~私、軍人なもので肉付きがよろしくないんですよねぇ~」


「……あの……あまり見ないでくれます……?」


「いいじゃないですか~減る物ではありませんし……えいっ」


「……ひゃ!? きゅ、急に触らないで下さい……!! ……はい、着替えましたよ」


 正面を向くように体を動かすタクスス。

 白いワンピースに袖を通した彼女。

 黒いブーツとローブを羽織り、白と黒のコントラストが彼女の肉身を彩っている。


「可愛いぃ!!」


「……ひっ!?」


「すみません、ちょっと興奮してしまいました。凄く似合っ……抱きしめても良いですか?」


「……とうとう欲望が駄々洩れになってきましたね、アナタ……」


「冗談ですよ。ではでは、残りの品の買い出しにでも……」


「おい、聞いたか!? アルテンの店に薬品があるってよ!!」


「ああ、急げ急げ!!」


「……ローズさん、アレ何ですか」


「はて? 薬品をどうとかと……買い物がてら、ちょっと見に行ってみましょうか」


 大通りを全速力で走り抜けていった男達。

 ツチノコでも発見したように、舞い上がった声が聞こえて来る。

 彼らの後を付いて行くタクスス達。

 出店の列が作られている通りの一角で、大勢の人でごった返している。

 その店の入り口付近で、見覚えのある姿をした男性が客引きを行っていた。


「いらっしゃいお客さん!! バイヤ・アルテン一押しの商品が並ぶ薬品店へようこそ!! 品ぞろえは保証するよ~!!」


「アレって……」


「さっきの金髪デブですね。これはこれは、繁盛しているようで」


 人混みの後方で繁盛している様子を眺める2人。

 商品を購入しに来た人々の熱は、冷めることを知らない。

 それどころか……


「おい!! それは俺が先だぞ!!」


「私が先よ!! このハゲ頭!!」


「これはこれは……ちょっとした戦場ですなぇ」


「……人の声が……煩すぎる……」


「ですです。他の店に行きましょうか……ん?」


「どうしたんですか、ローズさん」


「……ん~? いえ何でもありません」


(挙動不審な動きをする人物がいたような……?)


 集団を見つめて考え込むローズ。

 違和感が何なのか分からない以上、考えても仕方がないと気を取り直し、別の店へと移動する。

 歩いて数分の場所。

 看板が少し汚れているが、薬局らしき商店へと到着した2人は、今後の長旅に向けて必要な物資を揃えようとする。

 商品棚に目を向ける彼女達。

 心なしか、スペースが多いような気がする。


「おやおや、品揃えが悪いですねぇ」


「……そうですね……」


「ふむふむ。店員さん、この薬は売っていないのですか?」


「は~い……あ!! 申し訳ございません。そちらにいたしましては、在庫が切れているのです」


「そうですか……分かりました。ご丁寧にありがとうございます」


 店員に一礼すると、この場を後にする2人。

 気を取り直して別の薬局へと向かう。

 流石に次の店にはあるだろうと高をくくっていたが、その見積もりは甘い物だったと気が付くことになる。

 2店目も在庫が切れていた。

 それだけにとどまらず、3店目、4店目……

 街の至る所を探したが、お目当ての商品だけ在庫が一切なかった。

 顔を見合わせる2人は、この現象を不思議に思う。


「何ですか、この買占め状態は」


「……不自然ですよね。偶然でしょうか、ローズさん」


「私、偶然とか信じないのですよ。偶然は必然って言葉とイコールで認識していますので」


「……誰かが意図的にこの状況を作り上げたと見ていいのでしょうか」


「ですです。そうなると怪しいのはですよねぇ」

 

 今まで通った道を引き返し、人で溢れていたバイヤ・アルテンの店へと足を運ぶ。

 先ほどまでの騒々しかった店前は、嘘のように静かになっていた。

 店じまいを行っている金髪の男性、アルテン。

 タクスス達が近づくと、忌々しそうに言葉を投げつけてきた。


「何だい、アンタらか……もう今日は終わりだよ。帰った帰った」


「おやおや、もうですか~? 随分早いのですねぇ」


「そりゃオメェ、もう商品が完売したからな。売れるもんが無いなら店を閉めるのは当然だろ?」


「在庫も無いのですか?」


「……そうだな。俺が声を掛けた時には十分にあったのによ……出直すことだな」


 雑にあしらわれた2人は、もぬけの殻となった店内を遠目に見渡すと、アルテンに背を向け店から離れていく。


「タクスス、店の中を見てどう思いました?」


「……商品の値段が、他の店に比べて高かったです。2倍くらいでしょうか」


「あの店だけ高かった……ますます怪しくなってきましたね。これからどうしましょうか?」


「……ここまで来たら、彼の事をもう少し探ってみたくなりました。 ……煩い人ですけど」


 宵の空気が辺りに充満してきた市街地。

 黒と白の死神は、商売人のアルテンに標的を定めると、姿を闇に溶かしていった―――

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