第6話 歪な需要

「これなんてどうですか~? フリフリのドレスなんて如何にもお嬢様っぽいですよ~」


「……あ、あの……」


「ブーツもあるのですか……悩みますねー……いっそのこと、スーツでも着て、スタイリッシュに決めるのも悪くなさそうですな」


「……」


(この人……やっぱり自分が楽しみたいだけなんじゃ……)


 とある衣服屋へ来店したタクススとローズ。

 ボロボロの衣服に代わる物を買いに来た彼女達は、人目に付かないように商品を選んでいるのだが……

 雪のような軍服と、墨のようなズタボロのドレスを着た2人の姿は、周りに嫌と言うほど目立ってしまう。


「あの人……軍隊の人? 何でこの店にいるの?」


「横の人は何……? 奴隷? 汚いわね……」


(うぅ……目立ってる……周りの声が煩い……)


「……ローズさん……ねえ、もう行きましょうよ」


「……決めました!! ちょっと会計してくるのでお待ちください」


 周りの目を気にせず選定していたローズ。

 軽い足取りでレジへ向かった彼女は、紙袋を携えて戻って来た。


「さあ、行きましょうか」


「……そうですね……あっ……」


「時間も時間ですし、何処かで食事を取りましょうか」

 

 店を後にする2人。

 お腹が鳴ったタクススの様子を見かねて、食事を取る場所を探す。

 道路の至る所で出店などが開かれており、直ぐにでも食事にありつけそうである。


「何にします?」


「……私は……特になんでも……」


「何でも……では昆虫食でも食べます?」


「……サンドイッチでお願いします」


 リクエスト通りの品が売られている出店を探す2人。

 幸い、目視で確認できる場所にこじんまりと店を構えている。

 足取り軽やかに進んで行く彼女達。

 店の目の前まで到達したとき、タクススの左肩にちょっとした衝撃が襲い掛かる。


「……いってぇな」


「……す、すみません……」


「たっく……」


 感じの悪そうな中年の男性は、タクススを睨みつけると、フラフラとした足取りで姿を小さくしていく。

 小汚いボロボロの衣服を身に纏っている彼。

 そんな彼に聞こえないように、ローズは毒づく。


「感じが悪いですねぇ。妻に逃げられたんでしょうか?」


「……さぁ……?」


「まあ、気を取り直しましょうか。……すみません、オジサン。サンドイッチ2つで」


「はいよ!! ……お嬢ちゃんたち、さっきはツイてなかったな」


「おや? 見ていたのですか?」


「まあな。最近この辺も景気が悪くてな……仕事を無くす人間が多いんだよ、あんな感じで」


「ほうほう」


「お陰で治安も悪くなってきちまったよ。お嬢ちゃんたちも夜歩くのは注意しときな。……ほい、サンドイッチ2つ」


「どうもどうも」


 店員に爽やかな挨拶をすると、出来立てのサンドイッチにかぶりつきながら、口を動かす。


「嫌な世の中になったもんですねぇ」


「……私の居たゴルウェーも、景気の煽りを受けていましたね」


「どんな感じでした?」


「……さっき見たいな人が多かった……気がします」


 数日前まで存在していた故郷の姿を思い出すタクスス。

 年々街も人の心も寂れて濁っていく。

 嫌な記憶を思い出したのだろう。

 サンドイッチを食す手が止まる。


「あー……すみません、折角の食事中に」


「……いえ、いいですよ。 ……あの」


「はい?」


「……まだどうやって戦争を起こすかは決めていないんですよね?」


「はいはい、白紙です」


「……不景気な今の状況をより悪化させれば、民衆の不満が爆発して争いの火種を作るかもしれません。多分……かつての戦争も、国家の衰退によって引き起こされた物が多いですから」


「ほうほう……詳しいのですね?」


「……本を読む機会が多かったですから」


「なるほど。それは良いことを聞きました。私、その手の知識はからっきしなものでね~」


 食事をしながら今後について話し合う2人。

 直に見たタクススの故郷の変貌。

 余った時間で読み込んだ本の知識。

 そして先ほど起こった出来事。

 これらから導き出した彼女の回答は、ローズの計画を確実に前へ進める内容であった。

 彼女の今までの日々が、多少報われるような時間であった。

 

「お嬢さんたち!!」


「……ん? 誰ですか、今、会話が結構いいとこなんですけど」


「そう言わずにさ。良い物があるんだけど、ちょっと見ていかない!?」


 陽気な口調で突然会話に割って入ってきた小太りの男性。

 オールバックにした金髪から覗かせる額は、油がへばりついたように光っており食欲が失せる。

 露骨なまでに不機嫌な顔をするローズ。

 怪訝そうな表情のまま、話しかけてきた男性に噛みついていく。


「ナンパなら他所でやって欲しいんですけどね? お兄さん」


「ちょ!! そんな怒らないで下さいよ~今朝入荷した商品を買って欲しいんですよ!! ちょっとうちの店に寄って行かない!?」


「却下で」


「そんな!? 隣のお嬢さんも何か言ってよ!?」


「……煩いんで嫌です」


「ちょ!?」


「行きましょうか」


「……ええ」


 会話する気の無い2人はそそくさとこの場を後にする。

 そんな彼女達の背中を睨みつける小太りの男性。

 先ほどまでの腰の低そうな姿から、態度を一変させる。


「あの糞女ども……!! ガン無視しやがって……ちっ!!」


 舌打ちする彼。

 その音は、乾いた午後の広場に鈍く鳴り響くのであった。

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