第5話 寂れ行く街・アセンリ―

 都心から離れた雑木林の内部。

 人の目につかないこの場所で、一夜を過ごしたタクススとローズ。

 新鮮な土壌の香りを一身に浴び、束の間の休息を過ごす彼女たち。


「……ん……あ、さ? ……ん?」


「へっへ……もう食べられません」


 目を覚ましたタクスス。

 吐息がかかる距離にはローズの顔がある。

 彼女は、抱き枕にしがみつくようにタクススに抱き付いている。


「……あの……ちょ……」


「ん? これはこれは朝ですか……おはようござます、タクスス」


「……おはようございます……あの!! ちょっと離れて……」


「おやおや……私としたことが!! すぅ……申し訳ございません」


「……何で離れる前に匂いを嗅いだんですか」


 蹴伸びをしながら立ち上がるローズ。

 タクススも、衣服に付いた土を落としながら、ゆっくりと立ち上がる。


「では、早速出発しましょうか、港町のブリダン目掛けて」


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 晴れやかな日差しを浴びながら、目的の地へ歩き始める2人。

 これからいくつかの街を経由し、隣国へ向かう旅客船が停泊する港町へ向かう。


「いや~徒歩移動で申し訳ございません。蒸気自動車やその他の乗り物は、人目に付きそうなので控えたいのですよね」


「……いいですよ……歩くのは苦ではありませんから。それで……いくつかの街を経由すると言いましたよね?」


「はいはい」


「……今は何処に向かっているんですか?」


「アセンリ―って知ってますか」


「……ええ、商業が盛んなあの都市ですよね」


「はい、今はそこに向かっています。色々と……準備を整えたいですからねぇ」


 舐めるようにタクススの全身を見渡すローズ。

 またセクハラでもされるのかと身構えるタクススを、微笑みながら見つめる。


「そんな理由もなく触ったりしませんよ~」


「……」


「ちょっと衣服が凄いことになっていますからね……新しい物を買いましょう。食材なども揃えながらね。ああっ!! ご心配なく、全部私が支払いますので!!」


「……はぁ……」


「ふっふふ……どんな下着を買いましょうか……」


「……何でアナタが楽しんでいるんですか」


 今後の予定に胸を躍らせるローズ。

 彼女と目的地に着くまでの道中で、様々な情報交換を行っていく。

 今のこの国の現状、対立国の様子、周辺地域の人間、得意な言葉など……

 壊滅させた都市以外に外出する機会がなかったタクススにとって、新聞や書籍でしか知り得なかった情報を生で聞けるのは、新鮮な経験であった。


「ほう……一切の適正がなかった代わりに、死の言葉は使えるようになったと」


「……ええ、何で使えるようになったかは良く分からないですけど」


「まあ~私も燃やす言葉以外は、そんなに適正がある方じゃありませんからねぇ。こればっかりはどうしようもないです」


「……不便じゃないですか?」


「いえいえ~そんなにって感じですよ。火は日常生活で欠かせませんし……燃えて死ぬ様を見るのは……ふっふふ……!! おっと失礼!!」


(変な人だなぁ……煩くないならどうでも良いけどさ)


「おやおや、楽しい会話は時間が過ぎるのが早いですねぇ。見えてきましたよ、アセンリ―の都市が!!」


 横を見ながら歩いていた彼女は、突然進行方向の方角に顔を向ける。

 木々の間から顔を覗かせる光景。

 住居のような建築物と道路を行きかう人々。

 馬車に乗りながら、これから売りに出される商品を運ぶ人々。

 太陽が一番高く上り詰めた時間帯に、2人はアセンリ―都市へと到着した。

 汗を拭い、現在地を把握しようと辺りを見渡すローズ。

 そこで彼女はある異変に気が付く。


「何でしょう。以前来た時よりも若干寂れているような?」


「……不景気の影響でしょうか」


「流石にここは無縁だと思っていたのですが……店が潰れていないと良いのですがねぇ」


 少しの不安が心を過る中、人混みを切り開きつつお目当ての場所へ向かう彼女たち。

 その一方、街の路地裏では、金髪をオールバックにセットした小太りの男性が、何処かへと連絡を取っていた。


「……俺だ。例の物は買い占めたか? ……よし、いつもの場所で合流するぞ。転売品は傷つけるなよ?」


 脂汗を額から流す彼は、無線機を耳から外すと、人混みの中に紛れ込んでいった。

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