第2話 野神慎也

辰巳情報サービスの第一部長の野神慎也は阿部まりえからの返事のメールを注視していた。

「ありがとうございます、なんだか人から褒められたのは久しぶりで嬉しかったです。お言葉に甘えて、何か思いついたら、メールさせていただきます」

野神慎也はとりあえず、なんとかなったなと思った。これであまり勝手なことはしないだろう。すでに世界に出てしまったので、とにかく、出来るだけ世間の関心を向けさせないようにしなければならない。情報操作で最も難しいことだ。広めることや、浸透させることはさほど難しくない、広告宣伝の域だ、しかし出てしまったものを回収することはできない、あとは世間の目が集まらないようにするしかないのだ。


野神慎也が阿部まりえの存在を知ったのは、一ヶ月前だ。はじめにsnsで投稿された10時間後のことだった。

はじめに見つけたのは警視庁のサイバーパトロールだった。そこから警備部、警察庁の警備局、防衛省、内調とまわって、総務省経由で野神慎也のところに回ってきた。辰巳情報サービスは表向きアンケート調査をする情報サービスの会社ということになっているが実は、総務省管轄のシンクタンクで、おもに情報操作が最大の仕事だった。政府系のシンクタンクはあまた存在するが、どこかしらの省庁に管轄下で、統制が取れない、それぞれの調査を勝手にやっているうちはいいが、国家レベルの情報操作が必要となった時は誰かが旗を振らなければならない、それが辰巳情報サービスだった。もっとも国家レベルの情報操作など、戦争でも起こらなければありえないことだったが、それが今回起きたのだ。


はじめ警視庁のサイバーパトロールは危険思想の拡散と考えた。内容は二の次で、ユニットを回りながら、様々な部署に内容が散らばり、野神慎也のところにきた時には政府の大半が知ることっとなった、あまり想定していない事案だったので、

野神慎也は深く反省した。

ただ一つ良かったことは、お陰で全体会議で人が集めやすかった事だ。全体会議では、様々な意味で阿部まりえは危険だ、と言うことで一致はしたが、ではどうするといことになった。今さら阿部まりえを拘束と言う名の保護をしても、一旦世界に流れた、阿部まりえのプランは消し去ることは出来ない。

であるならば、出来るだけ注目されない情報操作をして行かなければならない。

無論阿部まりえについっては、四代前の先祖から最近の交友関係に至るまで徹底的な調査がなされたが、思想的な物は一切出てこなかった。

逆に出てこないことに問題が生じた、相手は一般の女子高生だ。明らかに公安がマークしているような人間なら問題はない。叩けば埃が出るような人間ならいくらでも拘束する術がある。でも善意な一般女子高生である。

もうすでに世間に出てしまっているものはあきらめるしかない。あまり騒ぎになっていなことがせめてもの救いだった。あとはこれ以上広めないようにするしかない。

で、これ以上余計なことを拡散しないように。野神慎也自身がメール相手となり大した内容ではないと阿部まりえ自身に対する情報操作が必要だ。と同時に身辺警護が必要という結論に立った。身辺警護については、細心の注意が必要だった。


数日後に野神慎也はホテルのスイートに呼び出された。そこには首相をはじめ主だった閣僚が顔を揃えていた。官邸ではなくここでということは、最高機密と認識されたということだ。まあ内容がわかれば当然だと野神慎也は思った。

そこで野神慎也は、三時間にわたり阿部まりえがいかに危険か、そしてその内容がすでに世界に出てしまい、どう対処するかについて話した。末席の閣僚の一人から、阿部まりえの理論がなぜそこまで危険なのかとい質問が出た。

野神慎也は至って真面目で、ともすれば、杓子定規、融通がき効かないと言われるような人間だったが、その野神慎也でさえズッコケそうになった、何を今さら、と思ったが、相手は閣僚である。野神慎也は阿部まりえの内容がいかに画期的で、それまで誰も思いつかなかった。発想をひっくり返した内容で、世界秩序に与える、多大な影響を切々と訴えかけた、誰が見ても世界はよくなる。それもこんなにもシンプルに。世界の紛争も。貧困も差別も、飢えさえなくなることを。

そこで、ならば、なぜその考え方が危険なんだと同閣僚よりさらなる質問が飛んだ。二度ずっこけそうになりなりながら野神慎也はつづける、このプランを実行しようとすると、全世界の協力が必要だが、誰が見ても正義なので国家としては反対しにくい、そしてこのプランが稼働すれば、警察も軍隊も国家すらいらなくなる。

皆さん全員失業ですよという言葉を野神慎也は飲み込んで、全閣僚を見回した。

閣僚達は黙り込んだ。

そこからは話が早かった。問答無用で、予算がついた、それも無制限だった。

阿部まりえの理論は「まりえプラン」と呼ばれ、その対処を任されたものを、「まりえプロジェクト」と呼ばれた。無制限の予算がついたのはこのまりえプロジェクトについてだった。

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