5分で読める物語『アンとドロシー』
あお
第1話
セミロングの青い髪に、足元まで隠れる紺色のコート。目立つことが苦手で、ボーラーハットを目深にかぶっている。ぱっと見中性的な印象を与える少女の名前はアン。内気な性格だが、大人顔負けの頭脳を持っており、観察眼に優れている。
「ねぇアンー、あとどんくらーい?」
そんなアンの後ろを、どこか退屈そうについていく、オレンジ髪の少女の名はドロシー。
「もう少しよ」
地図を開いて道程を確認しているアンに対して、ドロシーは手ぶらだ。頭よりも先に体が動いてしまう性格のドロシーは、身動きの取りやすい恰好をしている。
「ねえ、次の国ってどんなとこー?」
「あまり楽しい国ではないわね。でも、勉強にはなるところよ」
「ふーん」
少女たちは国を周る旅人だ。これまで数十カ国を周ってきた。
そんな二人が今回向かっているのはサラン王国。北方に位置することから、気温が低く空気も乾燥している。保温性の高い織物でそこそこ名が知れているが、最近はあまり出回らなくなったという。その理由には国全体の貧困化が進んでしまったとか。そういう意味での「勉強になる」国なのだろう。
「ついたわ」
アンの合図で、好奇心スイッチがオンになったドロシーは、軽快な足取りでアンの横に並んだ。正門で入国の手続きを済ませ、二人はサラン国領土に入っていく。
サラン国の面積は約二〇㎢と小さく、人口も約五〇〇人と少ない。門の先は国の首都部になっているらしいが、通行人はまばらで閑静な住宅街が立ち並んでいた。
町をふらふら歩いていると、半ベソかいた少年が母親に連れられ歩いている。
「ままぁ、おなかすいたああああ」
「……ごめんね、ごめん」
母親の顔はいまにも泣き崩れそうで、そんな親子を見たドロシーは胸を締め付けられる思いだった。バッグからレーションを取り出したドロシーは、そのレーションを半分に割り、片方を男の子に分け与えた。男の子はパァっと顔が明るくなり、あっという間に平らげてしまった。
母親は「ごめんなさいね」と申し訳なさそうにしていたが、久しぶりに子どもの笑顔を見たのかとても嬉しそうだ。二人に手を振って別れたドロシーは、どこか満足気な顔をしていた。
「そんなことをしてもキリがないぞ」
しかしアンの方は一連のやり取りに終始興味がなさそうだった。
「でも、目の前で困っている人がいたら放っておけないじゃん」
「目の前の人間だけ助けて何になる。同じような子どもはこの国の至る所にいそうよ」
「うん……」
あたりを見るとどの人も痩せこけており、人々の活気もない。
「可哀そうだと思って手を差し伸べるからには、それ相応の責任を持ちなさい。生半可な気持ちで人を助けると、いずれ痛い目を見るわよ」
アンの瞳は真剣そのものだ。しかしドロシーはどこか納得いっていないという表情を見せる。
「アンなら…… アンならどうにか出来るんじゃないの?」
「え?」
「あの子みたいな子がいっぱいいるなら、どうにかしてあげたい。でもわたしにはその方法が分からない。でもアンならなにかいい方法思いつくんじゃない?」
「何を根拠に」
「アンはいつも私の足りないところを補ってくれる。私が出来ないこともアンには出来る。どうにかしてあげようよ! このままだとみんな可哀そうだよ」
アンはドロシーの強いまなざしを直視することが出来なかった。代わりに小さなため息でささやかな反抗を見せる。
「さっきも言ったけど、生半可な気持ちで助けようとするなら、私たち自身が痛い目を見ることだってあるの。私たちは旅人。ここの国民じゃない。部外者が踏み入れるには大きすぎる問題よ」
アンの意見は正鵠を射ていると、ドロシーも理解していた。しかし納得はしていない。やるせなさに暮れるドロシーと、そそくさと町を突き進むアン。気付けばお互い離れ離れになっていた。
「あれ、あの子どこ行ったのかしら」
周りを見渡しながら歩いていると、一人の少女がアンに声をかけた。
「あなたたちもこの国を笑いに来たのね。こんなつまらない国、他にはないでしょう?」
大人びた口調だが見たところ年齢は五、六歳の小さな女の子。薄汚れた白いワンピースを着て、目にかかるほど伸びた前髪が、少女の陰鬱さをより強調している。
(私も、あんなだったな)
突然現れた少女の強烈さは、アンの昔の記憶と結びついた。それはまだ幼いアンの記憶。
(貧しい国だった)
上の空になったアンの顔を、少女は怪訝そうに睨んでいる。
(あの頃は自分の国が大嫌いだった。遊ぶものもなければ、やることすらない。毎日が退屈で、物心着いた頃には、国から出ていく方法だけを考えていた。――そんな時ドロシーに出会った。ドロシーに連れられ旅に出てからは、本当にいろんな国、いろんな人に出会ったな)
アンは少女と目線の高さを合わせるように屈んだ。
「いいえ、この国は良い国よ」
少女は自信に満ちたアンの言葉に目を見開いた。
(いろんな国を見て分かった。どこの国にも良いところは必ずある。そして幸せの在処もそこにあった。あの頃私は待っていたんだ。誰かが自分の国を変えてくれることを。この子もきっとそう)
『どうにかしてあげようよ! このままだとみんな可哀そうだよ』
ドロシーの言葉が脳裏によぎると、いよいよアンの顔に笑みがこぼれた。
「結局あの子の願い通りじゃない。まったく困ったものね」
少女はコロコロ変わるアンの表情に戸惑いを隠せないでいた。
「いい? 勘違いするんじゃないわよ。これは私が私の願いをかなえるため。あの頃の自分にできなかったことを、今ここでやってやるんだから」
そう言うや否や、アンは勢いよく駆けだした。目指すは国王のいる王宮。どれが王宮かは知らないアンだったが、町の中央にある一際高い建造物がそうだろうと踏み、町の中央へと走っていった。
中央に建てられたそれはまさしく王宮であり、アンが着いた頃にドロシーは何やら手続きを済ませているようだった。
「あ、おそーい!」
「なんで、ドロシーが、ここに」
久々に長い距離を走ったため、アンの息は切れ切れだ。
「アンに言われてから、わたしなりに考えたの。それでこの国の王様になにが起きてるのかを聞いて、それをアンに伝えれば、アンも放っておけない!ってなるかなぁと思って。そしたらその前にアンが来ちゃった!」
喜んでるのか驚いてるのか分からない表情で、ドロシーはアンを出迎えた。
「これは私のリベンジよ。あの頃出来なかった私自身を見返してやるの」
アンの燃え上がる闘志に、ドロシーも目を輝かせるのだった。
「いいねリベンジ! しようしよう! 王様にはもう会えるみたいだから、いこ!」
見ると国王の使いが二人を手招いていた。ドロシーが済ませていた手続きとは、国王との面会だった。ドロシーは先月訪れたハルメス王国で、国王から友人の証を叙勲されている。アンと二人で、森の中迷子になっていた国王の娘を助けた勲章で、アンにも送られるはずだったのだが、アンは目立つからいいと自ら辞退したため、ハルメス国王の友人という肩書はドロシーしか持ち合わせていない。
このような内実もあって、王室でアンはドロシーの助手として振舞った。二人はそれぞれ国王に挨拶すると、すぐさま国の貧困問題について尋ねた。
国王によれば原因は大きく二つ。一つは人口の急増とそれに伴う労働力の低下だ。現在人口五〇〇人のサラン国だが、その半数はこの数年で生まれた子どもたちだという。子どもを持った両親は子育てに手を焼き、勤労時間が減ってしまった。もう一つは他国との交易関係がないことだ。これまでは人口も微々たるものだったので、自給自足の生活をしており、他国と交易を交わす必要がなかった。しかし人口の増加により、自給自足では賄えなくなってしまい他国との交易が必須の状態になっている。
アンはこれを聞いてすぐその解決案を提示した。体裁を整えるため、あえてドロシーが立案したと前置きをしてから。
(「アン⁉ わたし何も思いついてないよ?」)
(「いいから黙ってそれっぽい顔してて!」)
二人にしか聞こえない小声の問答を済ませ、アンは国王たちに向き直る。
「まずは現状の食料の確保を優先して。効率的な自給自足を始めるの」
「そうはいっても人手が……」
「人手なら子供たちを使いなさい。初めは上手くいかないかもしれない。けれど子供の成長は大人よりも早いわ。それに将来の有望な人材でもある」
国を変えられる力があるんだと、子供たちが知れるように。あの頃こうしてほしかったという願望の現れである。
「子供たちにメインの農業を任せ、男は狩猟や漁を。女には家でも出来る織物や保存食を作らせなさい。それらを特産品として売り出し交易の材料にしましょう」
「「「おおっ! さすがドロシー様!」」」
国王含め王室の役人たちはドロシー、もといアンの提言に感銘を受け、すぐさま実行に移していく。国王はその場でドロシーを国の顧問官に任命し、一次的に国の活性化事業を委託しようとした。しかしドロシーはいよいよボロが出かねないと思い、アンをドロシーの代理兼顧問官として立てることを条件に、活性化事業の委託を受諾したのだった。
農作業はドロシーが率先して子供たちの指南役を買って出た。故郷での経験もあり、持ち前の性格が子供たちの憧憬を買った。何より会議室に籠っていては、自信の頭の悪さが露見しそうだった。
交易はアンがこれまで訪れた国の内、交易に応じてくれそうな国を見繕い、アンの手紙も添えて、交易の提案書を各国に送った。
「アン様、ヒゼル国からもう少し輸出量を増やしてほしいとのことです」
「そしたら、獲れた食料の五分の一を輸出に回しましょう。少し厳しい生活が続きますが、織物や保存食の生産が安定すれば、それらとの調整が出来るでしょう」
「アン様――」
アンは休む暇なく、交易の指示や国内事業の進捗を管理し、少しずつ事態の改善を図っていった。
「これで交易の契約は完了ね。明日にも食料は持ってきてもらえるかしら?」
「ええ。うちは冒険者が多いので、保存食はとても重宝するんです。すぐにでも交易をはじめさせてください」
「ありがとう。以降のやり取りについてはこちらの役人が受け持つわ。よろしくね」
アンに紹介された役人はペコペコと頭を下げている。
サラン王国の活性化事業は、始まって一か月が経とうとしていた。農作物や織物などの生産性も安定し、交易も無事契約を結ぶことが出来た。
二人の任期は一か月である。元々旅を生業にしているため、それ以上の長居は旅の感覚を狂わせそうで憚られた。
多くの人に見送られ、アンとドロシーは次の国へと旅立った。門の外まで出たところで、アンが出会った、白ワンピースの少女に呼び止められる。
「ありがとう、私の国を良いと言ってくれて」
アンは屈んで少女と目を合わせる。
「自信を持って良い国だと言うには、もう少し時間がかかるけどね」
そう言って優しく微笑むと、少女が寂しそうに尋ねる。
「帰ってきてくれる?」
「それは分からない。けれど、噂を聞いたらまた遊びに来るかもね」
アンは少女の頭をわしゃっと撫でた。
「それまで頑張りなさい」
「うん!」
少女に見送られ、アンとドロシーは次の国へと歩き始めた。
5分で読める物語『アンとドロシー』 あお @aoaomidori
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