127話。空中戦艦の王都への墜落を阻止する

「ぬぉっ!? ご主人様、喚び出してもらうのは良いのじゃが……わらわは荒事が苦手なのじゃ! 落下中の空中戦艦などに現れても何もできんぞぉ!?」


 壁の計器類にしがみついて、メーティスが絶叫した。


「メーティス、この艦の墜落を阻止したい! この艦に【スロウ】をかけてもらえないか!?」


「なに? 【スロウ】じゃとな? こんな巨大な物体に……?」


 メーティスは難色を示した。

 やはり難しいか。飛空艇には【スロウ】が効いたが、その10倍近い大きさとなると話は変わってくるだろう。


「多少なりとも、落下速度が落ちれば良い!」


 だけど悩んでいる暇はない。あらゆる手を打たねば。


「バハムート! 巨神兵! この艦を他のドラゴンたちと一緒に押し上げてくれ! 王都郊外に不時着させる!」


『なんと……!? 命令であるなら従うが、もう落ちる寸前であるぞ!?』


 バハムートはかなり驚いていた。


「大丈夫だ! 使える者全員で【スロウ】をかける。落下速度が多少は落ちるハズだ。イリーナも頼む!」


 一言で作戦を説明する。

 通信魔法を通して、ドラゴン軍団を指揮するイリーナにも伝えた。


『ガガガガガッ! 任務了解です! フルアーマー巨神兵は伊達ではありません!』


「了解です【スロウ】連続起動」


 巨神兵がすぐさま艦底に貼り付いて戦艦を押し上げ、王都郊外へ推進する。

 バハムートと進化した他のドラゴンたちも、それに続いた。

 メリルも【スロウ】を立て続けに発動する。


「いや、ちょっとご主人様、いくらなんでも今から郊外に下ろすのは、無理があるのじゃ! 絶対に落ちるのじゃ! わらわは【禁書図書館(アカシックレコード)】に退避して引きこもるのじゃ!」


「メーティス! うまくいったら、この艦はキミにあげるから、やるだけやってみてくれないか!? 知恵を貸してくれ!」


「なんと……!? そ、そうか、成功すればこの戦艦ゴライアスが手に入るのじゃな。それに知恵を貸してくれと言われたら、叡智の女神として奮起せざるをえんの……」


 メーティスは考え込んだ。


「……そうじゃ。この艦は重力制御システムを搭載しておるが、これがイカれた時のために、翼もつけてあるのじゃ。前方から強風を送ってやれば揚力が発生し、多少は飛べるハズじゃ」


「わかった! 風をぶつければ良いんだな!?」


「うむ……ドラゴンたちが推進力を生み出せば、風を前からぶつけても減速することはないのじゃ。航空力学的に地表近くなら揚力が強くなるグラウンド・エフェクトが発生する……う、うーん、風の強さにもよるが、多分、ギリギリいけるはずじゃ」


 何かメーティスは専門的なことを、ブツブツ呟く。


「アルト様! ここは危険です! 急ぎ脱出してください」


 その時、イリーナが破壊されたブリッジに飛び込んできた。彼女は飛行魔法も使えるらしい。


「ちょうど良いところに来てくれた! イリーナ、今からこの艦の前方から強風をぶつける。それで、この艦は空に浮くハズだ!」


「はっ? えっ。そんなことが……?」


 イリーナは戸惑っていた。


「僕と一緒に艦の前に! そこから【どこからでも温泉宿】で、村に待機しているエルフや冒険者……とにかく風の魔法が使える者たちと空間を繋いで、強風を送り込む!」


「わ、わかりました!」


 すぐさま思いついたアイデアを精神同調でクズハに伝える。


『わかりましたのマスター! ティオさんやリーンさんにもお願いしますの!』


「よし行くぞ、ルディア!」


「うん!」


 僕はルディアを抱えて、空に飛び出した。メリルもメーティスを抱えて、後に続く。


「ルディア、戦艦の落下地点にクッションの役割を果たすような植物を大量に生やしてくれ。それで落下の衝撃を軽減させる!」


「わかったわアルト! 私たちでみんなを守りましょう!」


「ああっ!」


 王都の民たちだけでなく、この艦の乗員もすべて助ける。

 僕たち全員の力を結集させれば、きっとできるハズだ。


「マスター、落下まであと15秒です」


「だぁああああ! もう時間が無いのじゃ! わらわもやるだけやるとするのじゃ! 魔力を全部、使い切ってやろうぞ!」

 

 僕たちは艦の前に回り込んだ。ここだ。


「【どこからでも温泉宿】! 【ウインド】!」


 スキルと魔法を連続で発動させる。

 イリーナ、メリル、メーティスも風の魔法を発動してくれた。ハリケーン並みの強風が吹き荒れる。


「エルフのみなさん、アルト様に今こそご恩返しする時です! イリーナお姉様と一緒に王都を守りましょう!」


「おぉおおおっ! 姫様やってやりましょう!」


 開いた転移ゲートからエルフの王女ティオと、彼女の呼びかけに賛同する声が響いた。

 同時に100人近くの魔法の風が、転移ゲートから噴射される。


「やったわアルト! 戦艦が浮いているわよ!」


 ルディアが歓声を上げる。

 王都の地表スレスレを飛んでいた空中戦艦が、再び天へと上昇しだした。


「心臓に悪いのじゃあああ!」


 メーティスが悲鳴を上げる。

 艦はフラフラと不格好ながらも飛んで、王都の街並みを越えた。


「いいぞ、バハムート、巨神兵! 郊外に降ろして離脱だ!」


『承知!』


 バハムートたちに撤退を命じる。

 艦内に残っていたアルフィンとヴェルンドは、召喚を解いてカード化して手元に戻した。


「ここね! 植物たちよ、栄えあれ!」


 郊外には草原が広がっていたが、ルディアが豊饒の力で森を出現させる。


「アルト、木のクッションができたわよ!」


「よし、これで……!」


 ドドオオオオォォン――ッ!


 そこに戦艦は不時着した。

 木々を押しつぶし、大地を抉り、すさまじい粉塵が舞った。


 衝撃が強ければ、艦内の爆薬が爆発して大惨事になる危険がある。僕は固唾を呑んで、結果を見守った。


「マスター、任務完了です。衝撃、予想より軽微。おそらく戦艦の乗員に、死者はいないと予想されます」

 

 メリルが冷静に分析する。

 爆発は起きなかった。


「成功ですね!!!」


 【どこからでも温泉宿】の転移ゲートから割れんばかりの歓声が届いた。


「見事、見事であるぞ、オースティン卿! やはりアンナと結婚して王位を……!」


「陛下! 転移ゲートの外は空中です、危のうございます!」


 国王陛下の興奮した声と、それを押し留めるリリーナの声が、かすかに聞こえた。


「……な、なんとか、なったみたいだな」

 

 寿命が縮む思いだった。


「やったわねアルト! アルトのおかげでみんな助かったわよ!」


 ルディアが僕にきつく抱きついてきた。そのまま、僕に思い切り頬擦りしてくる。

 おわっ、そう言えば抱き合うような姿勢で飛んでいたな。


 みんなの注目を浴びて、今さらながら恥ずかしいので、慌てて地上に降りる。

 気が抜けて、精神的疲労がどっと押し寄せてきた。


「アルト様、やりましたね!」


 すると上から衝撃が。転移ゲートを通ったティオが、僕にダイブしてきていた。


「お怪我はありませんか!? 今、回復魔法を!」


「……って、おわっ!?」


 足がふらついて、僕はふたりの女の子を巻き添えに転倒してしてしまった。


「きゃあっ!? 大丈夫、アルト!? ちょっとティオ、何するの危ないわよ!」


「申し訳ありませんルディア様! 今回、私はあまりお役に立てなかったので、せめてアルト様の回復をと……」


「ダメよ。妻である私が、口移しで回復薬を飲ませるのよ!」


「いや、ルディアの【世界樹の雫】のおかげで、僕のダメージは回復して……」


 僕のセリフの途中で、メリルが割り込んできた。


「いえ、マスターの治療、及び健康管理は、警護役である私の任務です」


 僕を下敷きにしながら、彼女たちは口論しだす。

 

「はははっ……と、取り敢えず温泉にみんなで入ろうか?」


 疲れたし、難しいことはその後で考えよう。

 平和が戻ってきたことを実感して、僕は、そのまま大の字に寝そべった。

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