121話。ナマケル【ドラゴン・テイマー】の力に目覚めて、アルトを助ける

「ひゃぃやああああっ! ちくしょう、ひどい目にあったぜ」


 ナマケルは崩れ落ちた牢獄から、命からがら抜け出してきた。

 警鐘がやかましく鳴り響いたと思ったら、突然、大爆発が起きたのだ。


 看守たちの叫び声からすると、ヴァルトマー帝国の飛空艇が、空爆をしかけてきたらしい。

 外に出ると、美しかった王都は火に包まれていた。

 

「なりだこりゃあ!? やべぇ。とっとと、ずらからねぇと……」


 王国軍の兵士が、敵のゴーレムと戦闘を繰り広げている。見れば完全に王国軍の劣勢だった。

 脱獄は重罪だが、こんなところにいたら、巻き添えを喰ってお陀仏しかねない。


「アルト様のドラゴン軍団が助けにきてくれだぞぉ!」


 その時、王都のあちこちから歓声が沸き上がった。

 空を見上げると、魔竜と飛竜の混成部隊が、飛空艇に取り付こうとしている。

 

「なっ!? ハハハハッ……まさか、兄貴の奴、アレだけの数のドラゴンをテイムしちまったてのかよ!」


 飛空艇はドラゴンたちに砲撃や魔法を浴びせるが、魔法障壁で弾かれるか回避されて意味をなさない。


「すげぇ。帝国の新兵器を手玉に取ってるぜ」


 悔しいが、やはりアルトはスゴイ男だった。

 あの兄を追放して、自分がオースティンの当主になろうとしていたとは笑えてくる。

 なんにせよ、これで生き残れる可能性が高くなった。

 ナマケルはアルトが勝利してくれることを願いつつ、安全な場所まで避難しようとした。


「はぎゃあああ!?」


 その時、敵の砲弾が近くで炸裂し、崩れた家屋にナマケルは下敷きになった。

 

「くそぉおおお、痛ぇえっ!?」


 抜け出そうと足掻くが、瓦礫に足が挟まって動けない。全身にひどい痛みが走っていた。


「ああっ! あなたは、もしやアルト様では!?」


 近くを通りかかった子供連れの女性が駆け寄ってきた。

 おっ、ラッキーとナマケルは、ほくそ笑む。ナマケルはアルトとそっくりなのだ。


「いや、違うぞ! ソイツは反逆者のナマケルだ!」


 ナマケルの脱獄に気づいて追いかけてきた看守が叫んだ。


「瓦礫に押し潰されたのは好都合だ! こいつはこのまま放置して、他の逃げた囚人どもを追うぞ!」


「お、おい、待て! オレっちを助けろ!」


 ナマケルは遠ざかっていく看守たちを呼ぶが、彼らは振り向きもしなかった。

 こんなところに置き去りにされたら、火に巻かれて死んでしまう。ナマケルは血の気が引く思いだった。


「大丈夫です。今、お助けします!」


「お母さん、私も手伝うよ!」


 母と小さな娘のふたりが、ナマケルを瓦礫から引っ張りだそうとした。

 意外なその行動に、ナマケルはあ然とする。


「なっ!? お前ら、なんでオレっちを助けるんだ……?」


「私たちはあなた様の兄君であるアルト様に命を救われました。暴走したホワイトウルフをテイムして、娘を守ってくれたばかりか。私の怪我まで治してくれたのですよ」


「お兄ちゃんは、あのアルト様の弟なんだよね! だったら、ご恩返ししないと!」


「……お、お前ら。くっ、兄貴」


 どうやら、アルトの善行が巡り巡ってナマケルの命を救うことに繋がったようだ。

 まさか、ここでもアルトに助けられるとは思ってもみなかった。


 その時、何やら巨大な影が太陽を遮った。見上げると、飛空艇の10倍近い大きさの巨大戦艦が天を覆っている。


「な、なんだ、ありゃ……!?」


 ズッドオオオォォン――ッ!


 空中戦艦からの砲撃で、近くの建物がまとめて吹っ飛ばされた。巨大な火柱が立つ。


「げぇええええっ!?」


「お、お母さん!?」


 母親が爆風で地面に転がった。

 翼を撃ち抜かれた魔竜が近くに墜落してくる。信じがたいことにアルトのドラゴン軍団が、一瞬にして倒されてしまった。

 しかも、周囲は猛烈な火災に包まれる。


「やべぇ! このままじゃ、焼け死んじまう!」


「うわぁあああん! お母さんが!?」


 娘が泣き喚く。


(クソッ、もう少しで足が抜けそうだったのに)


 ナマケルは己の不運を恨んだ。


「……だ、大丈夫です。今、お助けします」 

 だが、母親はよろめきながらも立ち上がった。

 彼女は意外なほど強い力で、ナマケルを引っ張り出す。

 

「やったぁ! おい、お前よくやった! 褒美にオレっちの家臣にしてやろうって、冗談だろ……?」


 母親はそのまま膝から崩れた。その背中には、飛んできた破片が刺さっている。

 どうやら今のは、最後の力を振り絞ったらしい。

 

「……どうか、娘を安全な場……まで……」


 彼女はそれだけ告げると、意識を失った。


「はぁ……!? てめぇの娘の面倒は、てめぇで見やがれ!」


 ナマケルは母親の身体を抱き抱えて、歩き出す。せめて、どこか火の届かない安全な場所まで運んでから、逃げることにした。


「ありがとうお兄ちゃん! お母さんを助けてくれるの!?」


「はん、勘違いすんなクソガキ! オレっちがそんな善人に見えるか!?」


 別に最後まで、責任を持って助けるつもりなどない。これは単なる気紛れで、危なくなれば、ふたりとも見捨てて逃げるつもりでいた。


「うん、見える!」


「なぁ……!? お前、バカだろう? 親子そろって大バカだ!」


 ナマケルは呆れて言い返したが、そこで言葉に詰まった。炎の勢いが予想以上に早い。

 このままでは、この親子どころか自分の身すら危なかった。


「クソォ、バカが、バカが! オレっちは、兄貴みてぇな上等な人間じゃねぇんだぞ! それがよぉ……!」


 この親子を見捨てれば、ナマケルだけは助かるかも知れなかった。

 だが、ナマケルはギリギリのところで、踏みとどまった。


 この親子はアルトに命を救われた。アルトにできて自分にできないなど、しゃくに障る話だ。

 なにより、無邪気にナマケルを信頼する娘の期待を裏切るのは、気が引けた。

 この小娘はナマケルのことをアルトと同等の人間だと思っているのだ。


「ちっ! てめぇらのバカが、オレっちにまで移ったみてぇだぜ……」


「ありがとう、お兄ちゃん! お母さん、がんばって、お兄ちゃんが助けてくれるよ!」


 ナマケルは舌打ちする。ナマケル自身も怪我をして、足が重かった。身体のアチコチが痛い。


「勝手なことを言いやがって……! クソッ、オレっちにもっと力があれば……」


 ナマケルは今まで怠けてきたことを悔やんだ。

 刑務作業で身体を鍛えるようになったが、何もかも遅すぎた。


「えっ? お兄ちゃんは、アルト様の弟で、すごいスキルを持っているんだよね?」


 この小娘は何も知らないようだ。

 名前だけはいかにも強力だが、【ドラゴン・テイマー】は今まで一度もまともに使えなかった。

 使えないスキルなど、外れスキルもいいところだ。


「すごいスキルか。はっ……!」

 

 このままでは、3人とも死ぬ最悪の結末となるだろう。

 なら最後に一か八か……もう一度、試してみるのも悪くない。

 なにより、このお人好しなバカふたりが死ぬところを見たくなかった。


「【ドラゴン・テイマー】! オラッ、魔竜、おねんねしているな! オレっちを助けろ! この女とガキを安全な場所まで、運ぶんだよ!」


 ここ数日、テイムしたスライムを使って、ずっと下水道掃除をやらされてきた。汚くて屈辱的な刑務作業だったが、おかげてテイマースキルがレベルアップしていた。


 今までは無理だったが、今の自分ならもしかしたら……?

 その最後の可能性にナマケルは賭けた。


 テイマースキルは対象のモンスターを強化する能力でもある。傷ついた魔竜でも、使い物になるかも知れない。


『【ドラゴン・テイマー】の発動条件を満たしました!


①テイマースキルLv3以上

②他人を救うためにスキルを発動させる


 指定したドラゴンをテイムし、上位種に進化させます。その際に、体力と魔力が全回復するボーナスがつきます』


 世界の声、システムボイスが響いた。

 なんと今まで、一度もまともに発動できなかった【ドラゴン・テイマー】のスキルが発動したのだ。


「ぐぉおおおおん!」


 起き上がった魔竜が、ナマケルたちに輝くブレスを浴びせる。


「はぁ……!?」


 身を竦めたナマケルだったが、これは攻撃ではなかった。生命力を回復させる【命のブレス】だ。

 身体の痛みが、みるみる引いていく。


『魔竜は、【聖魔竜】に進化しました。

 エラー。すでにこの個体をテイムしている人間がいるため、テイムには失敗しました』


「ハハハハハッ、ま、まじかよ! 土壇場で、【ドラゴン・テイマー】のスキルが覚醒しやがった!?」


 【ドラゴン・テイマー】を使うためには、基礎となるテイマースキルをある程度、レベルアップさせる必要があるのではないか? と考えていたが、半分当たっていた。


「こ、これがナマケル様のお力ですか? さすがは、アルト様の弟君です!」


「お母さん!」


 意識を取り戻した母親が、驚嘆の声を上げる。彼女の顔には生気が溢れていた。どうやら、怪我は治ったようだ。


「ハハハハハッ! ああっ、そうだぜ! これがオレっちのスキル【ドラゴン・テイマー】だ!」


 ナマケルは周囲に落ちたドラゴンたちを指定し、次々に【ドラゴン・テイマー】のスキルを発動させた。

 魔竜は【聖魔竜】に進化し、飛竜は【天竜】へと進化する。いずれもSランクを超える究極モンスターだ。


「お前ら、兄貴を助けろ! ヴァルトマー帝国のクソどもに……テイマーの名門オースティン家の力を見せつけてやるんだよ!」


 ドラゴンたちが、了承のいななきを返す。それは彼らも、望むところのようだ。


「くっ……まさか、あなたなのナマケル?」


 瓦礫を押しのけて顔を出したのは、イリーナだった。

 重傷を負っていたが、どうやら聖魔竜の【命のブレス】で回復したらしい。


「げぇ! イリーナ様!?」


「まさか、役立たずのあなたにドラゴンを進化させるほどの力が……? でも、これなら!」


 イリーナが口笛を吹くと、聖魔竜がやってきて彼女はその背に飛び乗った。


「私はあの空中戦艦に攻撃を仕掛けるわ。あなたはバハムートを進化させなさい。アルト様の力になるのよ、いいわね?」


「はぁ!? あのバハムートを進化だと!?」


 イリーナは返事もせずに、慌ただしく空に飛び立っていった。

 そ、そんなことが可能なのか?


「……はっ! おもしれぇじゃねえか。駄目で元々。今のオレっちに失う物なんざ、何もねぇ!」


(そうだ。それに他人を助けて感謝されるってのも、悪かねぇな……)


 誰にも聞こえないような小声で、ナマケルはひとりごちた。

 隣では、彼が救った親子が抱き合って泣いていた。

 その光景は、今までのナマケルの人生で、もっとも輝いて見えるものだった。


 ナマケルは黒い巨人たちと空中戦を繰り広げるバハムートを見上げる。以前、バハムートを無謀にもテイムしようとして、死にかけた。

 その時の恐怖がよみがえって、膝が震える。だがナマケルは勇気を振り絞って、高らかに宣言した。


「前は手ひどく断られたけどよ。もう一度言うぜ、こいつらを死なせたくねぇ……オレっちに力を貸せバハムート!」


『何!? この波動……っ! 我が主に似ているだと?』


 上空のバハムートが驚きに目を見開く。

 その身に、これまで以上の力がみなぎり……神をもしのぐ最大最強の竜王が誕生した。

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