116話。魔王リヴァイアサンから嫉妬される
『宰相! なぜ、もっと俺を早く助けにこなかった!? おかげで、地下牢で豚のエサを食わされることになったのだぞ!?』
帝国宰相カールは、通信魔法の媒介となる水晶玉越しにダオス皇子に怒鳴られた。
カールは思わず失笑を漏らしそうになる。
「これは殿下、申し訳ございません。我が方に寝返らせた宮廷錬金術師まで捕らわれてしまったのは、いささか想定外でしたのでな」
『クソッ! これもすべて、あの憎きアルト・オースティンのせいだ! ぐぬぬぬっ! 許さぬぞ。たかが辺境領主の分際で、この俺をコケにしおって!』
牢から出たダオス皇子は地団駄を踏む。
カールはアイザックにダオス皇子の救出を命じ、王宮の地下牢に潜入させた。
アイザックは元王宮テイマーであるドリアンを抱き込み、王宮への隠し通路を聞き出した。そして、見事、ダオス皇子の元にたどり着いたのだ。
牢の周囲には、アイザックが魔法で眠らせた牢番たちが転がっている。
『殿下、お静かに願います……!』
アイザックの息を飲む声が聞こえてきた。
敵地の真っ只中で大声を上げるなど、やはりダオス皇子は愚鈍だ。目先の欲望に忠実すぎて、感情の抑制ができていない。
カールにとっては、唾棄するような無能だが、その欲の強さだけは評価していた。
『おい、宰相! 俺はアルビオン王国を滅ぼしてアンナ王女を我が物とし、あのアルトを屈服させねば気が済まぬ! 総攻撃の準備はできているのだろうな?』
ギラギラと逆恨みの炎をたぎらせて、ダオスが吠える。
戦争を行うのは、相手が内憂を抱えている時こそ好機だ。今、アルビオン王国は国王も快復し、新たな英雄も誕生して意気盛んだ。
そんな時に攻め込むなど、愚の骨頂だった。
だが……
「無論です。新兵器の飛空艇団を待機させております。殿下が総大将として先頭にお立ちなれば、勝利は間違いないでしょう」
『宰相閣下、それは……!』
この回答はアイザックにとって想定外だったらしく、仰天していた。
アイザックはダオスの右腕的な立場であるが、それは表向きで本当はカールの忠実な部下だ。カールがダオスを操るために、ダオスの元に送り込んでいたのが、アイザックだった。
そのアイザックにも、カールは計画のすべてを話してはいなかった。
『おおっ! さすがは辣腕で知られる宰相だ! そなたは兄上ではなく、この俺についてくれるというのだな!?』
「次期皇帝は、ダオス皇子殿下をおいて他にはおられないと、私は常々考えております。王国に勝利して凱旋すれば、万民がそれを思い知ることになるでしょう。アイザック、殿下に例の物をお渡ししろ」
『はっ……これで、ございますか』
アイザックは戸惑いながらも、カールから預かっていた小瓶をダオスに手渡す。
小瓶の詳細について、カールは一切アイザックに説明していなかった。
『うん? ……これは何なのだ? 魔法の力などは、特に感じぬが……』
「それは私が配下たちに世界中を探索させて、ようやく見つけ出した魔王リヴァイアサンを封印した神器です」
『『……魔王リヴァイアサン?』』
ダオスとアイザックは面食らった声を出した。
「本来、魔王を復活させるには依り代となる者と、活力を与えるために半神の生贄が必要なのですが。エルフ王家のような神の血を引く一族を見つけだすのは困難である故に、私は大勢の奴隷を生贄にすることで、その代用とできないかと考えたのです」
カールが指を鳴らす。
その瞬間、カールの背後の広間にいた1000人近い奴隷たちが、限界以上まで生命エネルギーを吸い取られて命を落とした。
その生命エネルギーは、通信魔法の回線越しに魔王を封じた小瓶に送られる。
「これは、それがうまくいくかの実験です。本来なら不可能でしょうが。私のスキルと合わされば……」
『おごごごごごごっ!?』
小瓶より立ち昇った煙のようなモノが、ダオスの身体を覆っていく。すると、ダオスはとたんに苦しみだした。
『宰相閣下、こ、これは一体……!?』
「アイザック。私はダオス皇子こそ、魔王リヴァイアサンの依り代にふさわしい悪徳『嫉妬』の持ち主ではないかと目星をつけていたのだ。
兄に対して、この男は暗い嫉妬を常に燃やしていたのでな。しかも今回の挫折で、アルトに対しても強烈な嫉妬心をたぎらせた。これは私にとって、非常に都合が良かったのだよ」
『……な、何をおっしゃっておられるのですか!?』
アイザックは意味がわからず、恐怖に囚われているようだった。
『ふぁああ、眠ぃいい……だるい起こし方をしやがって。お前、サタンか?』
ダオスの口調が変わっていた。見れば、その顔つきは何か凶悪なモノに変貌し、髪も伸びている。身体も贅肉が取れて、引き締まった肉体と化していた。
「どうやら、うまくいっようだな」
もし失敗すれば、カールはダオスに死んでもらうつもりでいた。
そうすれば皇子を獄中死させたとして、王国を非難できる。一時的に和平を結ぶにしてもその方が有利だ。後に戦争を起こすための火種にも使える。
どちらに転んでもカールは困らなかった。
「……ひさしいな魔王リヴァイアサン。さっそくだが、お前にやってもらいたいことがある」
『ああん? てめぇの都合なんざ知らねぇな。俺様は今、猛烈に嫉妬をたぎらせているんだぜ? この俺様の依り代をコケにしてくれたクソ生意気な女がいるようだな。まずは、ソイツをぐちゃぐちゃし、ソイツが愛する男もぐちゃぐちゃにする。そうしないと……ああっ! 腹の虫がおさまらねぇ。嫉妬で気がおかしくなっちまうんだよ!?』
『ひっ……!』
膨れ上がる圧倒的な魔力に、アイザックが怯えた声を出した。
「それでいい。最初からお前のような狂犬を飼いならそうなどとは思っておらん。思う存分、嫉妬心を満足させるがいい。そのための支援もしてやろう」
カールは鼻で笑う。
魔王リヴァイアサンは常に他人に嫉妬して、その相手を破滅させずにはいられない狂った怪物だ。
これが元々は、創造神に仕える最高位の天使だったというのだから、笑えてくる。創造神が作ったモノは、ガチャも含めて失敗作だらけだ。
『支援だぁ……? 依り代の知識からすると、飛空艇団って奴か。まあ、勝手にするといいぜぇ。俺様も好きにヤラせてもらう。まずは、アンナ王女とやらにごあいさつだな。楽しいパーティになりそうだぜぇ』
魔王は依り代となる者の身体を乗っ取って降臨する。依り代の知識を得ることができるが、同時に願望なども引きずることになる。
カールの狙い通り、アンナ王女に対してリヴァイアサンはその狂った嫉妬を向けたようだ。
そのリヴァイアサンの歩みが、唐突に止まる。
『ちっ……なるほど【神様ガチャ】。それに、アルト・オースティン。コイツはまさか、ルシファーが転生した姿か?』
「その通りだ」
『ああっ、なるほどな。転生しても相変わらず女にモテて、神々に慕われているってか? クソッ、裏切り者の分際で嫉妬を禁じ得ないぜぇ!』
魔王リヴァイアサンは、顔を嫉妬に歪めた。
「……だが、ヤツはどうやら本来の力を封じられてしまっているようだ。今なら、創造神の思惑ごと叩き潰すことができる」
『へぇ? まあ、てめぇの目的はどうあれ、俺様は奴が気に食わねぇ。【因果破壊(ワールドブレイク)】が使えなくなっているってんなら好都合だ! 俺様は、やりたいようにヤラせてもらうぜ』
「ひとつ頼みがある。アンナ王女は殺さずに、お前の結婚相手にして欲しいのだが、どうだ? 王国を併呑するのに、その方が都合が良いのでな。お前の嫉妬心もそれで満たされるハズだ」
帝国宰相カールことサタンは、王国を征服して多くの奴隷を手に入れたいと考えていた。そのための一手だ。
アンナ王女と結婚した後なら、リヴァイアサンが彼女をどうしようと特に問題はない。アルトに対する人質に使うにしても、アンナ王女を殺してしまっては意味がなかった。
「結婚相手だぁ? はっ、俺様の奴隷にするってんならOKだぜ! 一生、豚のエサを食わせてやる」
魔王リヴァイアサンは、肩を怒らせて階段を登っていった。
『ダオス皇子……!? カール宰相閣下、こ、これはどういうことでしょうか? なにとぞ、ご説明ください!』
「アイザック、ご苦労だった。お前には別の任務を与える。これからアルビオンの王都で起こることのすべてを記録しておくのだ。それと、ここでのやり取りを口外することを禁じる。もし破れば、命は無いと思え」
『はっ、宰相閣下……わかりました』
アイザックは何か質問をしようとしたが、やめた。
カールの駒に徹していた方が、長生きできると察したのだろう。
「さて、今の貴様がどれほどの力を持っているか、見せてもらうぞ。我が古き友……今はアルト・オースティンだったな」
カールは椅子に深くもたれかかって、ひとりごちた。
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