117話。アンナ王女、アルトに助けを求める

「まさか【神様ガチャ】で、次は叡智の女神メーティスを召喚してしまったというの……!?」


 アンナ王女は近衛騎士シリウスからの報告に言葉を失っていた。


「はっ! 温泉宿にメーティス様の書物を公開した漫画コーナーなる施設が増設されました。私も読みたかったのですが、奪い合いが起きるほどの人気でして、まだ読めておりません!」


 水晶玉に映るシリウスは、申し訳なさそうに腰を折る。


「メーティス様の書物、それはわたくしもぜひ読んでみたいわ……というより、最優先で確認すべきものです! 今すぐに確認なさい!」


 アルトの起こす数々の奇跡は、想像の域を超えていた。メーティスの叡智を手に入れることができれば、シレジアだけでなく王国全体にどれだけの恩恵が得られるかわからない。


 メーティスの書物については一刻も早く確認し、その知識が外部に漏れないように手を打たねばならなかった。


「はっ! 我々の総力をあげて漫画を読んで、内容をご報告申し上げます!」


 シリウスは実直にお辞儀をして、通信を切った。

 

「ふぅ、ようやく時間ができましたし……今夜にでも、またアルト様と直接お話させていただかなくてはなりませんわね」


 そう思うと、アンナ王女の胸は高鳴った。

 ずっと悩んできた帝国との和平交渉が、ようやくまとまりかけていた。


 ここ数日、アンナ王女は監視の意味も込めて、帝国の使者であるアイザックをもてなしていた。怪しい動きも無いし、明日にでも和平条約を結ぶことができそうだ。

 これでようやく、アルトを落とすための策略を練ることに専念できる。


「わたくしをここまで本気にさせたのは、アルト様が初めてですわ」


 まずはアルトとの接触を増やすことだ。

 視察と称して、シレジアに赴くのが良いだろう。

 ドラゴン運送業もさっそく開始され、シレジアで作られた農作物や武器などが届けられていた。


 驚いたことに武器は、王都の武器職人が顔色を失う程の攻撃力を誇っていた。王国軍の武具をすべてシレジア産にすることを、近衛騎士団長が強く進言している。

 この状況下なら、王女としてシレジアを訪問することに反対する者はいないだろう。


「アルト様に喜んでいただくために、モンスターについて勉強しなくては……! 大変ですけど、これも大望成就のため」


 アンナ王女は分厚いモンスター図鑑を開く。

 時間を見つけては、アンナ王女はモンスターについて勉強していた。アルトがもっとも興味があるのは、モンスターの話題だからだ。

 

 どぉおおおおおん!


 その時、突如、爆音と共に王宮が大きく揺れた。


「なにごとですの!?」


 階下から、なにやら争うような怒号が響いてくる。


「王女殿下! 大変です、曲者ぎゃあぁああ!?」


 ノックもなしに王女の私室に入ってきた騎士が、炎に包まれて燃え尽きた。


「邪魔するぜ、王女様よぉおおっ!」


 粗野な声と共に、凶悪な人相の男がズカズカと入り込んでくる。印象がかなり変わっているが、その顔と服装はダオス皇子のモノだ。


「あ、あなたは、まさか……ダオス皇子なのですか?」


「あぁああ〜ん、違うな色ボケ王女! 俺様は魔王リヴァイアサンだ」


「えっ……?」


 一瞬、何を言われたか、アンナ王女は理解できなかった。

 そもそも魔法封じの結界を張った地下牢から、どうやって脱出してきたというのだろうか?


「細かいことは置いておいて王女様。てめぇは今から、一生俺様の奴隷決定だ。ハハハハッ!」


 魔王リヴァイアサンの手の平から炎が放たれた。


「きゃああああっ!?」


 それはアンナ王女にまとわりつき、猛烈な痛みを与える。

 だが、不思議なことに彼女のドレスには焦げ目ひとつつかず、髪も肌を焼くこともなかった。

 炎が去った後、アンナ王女は怪訝に思いながら無事な身体を見下ろした。


「これは【ペインフレイム】つってな。肉体的なダメージはねぇが、痛覚を刺激して地獄の苦しみを与える。痛いのが嫌だったら、これからは俺様の命令にすべてイエスと応えることだぜぇ? そら、この俺様をアルトより愛していると言ってみろ!」


「な、なんですって……この下郎!」


 アンナ王女は激怒して魔王リヴァイアサンを睨みつけた。


「ヒャアアアア! いいねぇ! 俺様に絶対になびかねぇ女が、涙を流して屈服する瞬間が好きなんだ。俺様の嫉妬心が最高に満たされるぜぇ!」


 魔王リヴァイアサンが、馬鹿笑いを上げる。

 底知れぬ劣情を向けられて、アンナ王女は背筋が凍る思いがした。


「それじゃ。王女様の調教開始といこうか? いい声で泣いてくれよ、色ボケ王女!」


 魔王リヴァイアサンが再び、【ペインフレイム】を放とうとする。


「アンナ王女をお救いしろ!」


 その時、抜剣した近衛騎士団が突入してきた。

 たが、魔王リヴァイアサンが指を鳴らすと、全員が噴き上がった猛火に飲まれる。一瞬にして屈強な騎士たちが全滅した。


「バカが! 地獄の業火より熱い、俺様の【嫉妬の炎】(グラッジファイヤー)に、てめぇらごときが、あがらえるかよ!」


「おぉおおおおお──っ!」


 唯一、その攻撃に耐えきった近衛騎士団長が、火に巻かれながら突撃を仕掛ける。彼はシレジアから届けられたミスリル製の鎧を着ていた。


「はっ……? まさかヴェルンドが造った鎧か!?」


 魔王は近衛騎士団長の頭を掴むと、そのまま三階の窓の外に投げ捨てた。そして、頭を掻きむしる。


「チクショオオオオ! うやましぃいぜ! アルトの野郎、天界の名匠ヴェルンドに売るほど武具を造ってもらっているのか!? 嫉妬を禁じ得ないぜぇ!」


「ま、まさか……近衛騎士団長が、こうもあっさりと!?」


 アンナ王女は怯えて後ずさった。

 さらに、外から耳をつんざく砲撃音が聞こえてきた。ビリビリと窓ガラスが震える。


「始まったみてぇだな。帝国の飛空艇団の総攻撃がよ」


「なっ!? 和平交渉の最中に総攻撃ですって……!」


 あまりに非道な不意打ちだった。


『申し訳ありませんなアンナ王女。和平の条件については、貴女(あなた)がダオス皇子と結婚し、アルビオン王国が帝国の一部となることとさせていただきます。同意いただけますかな?』


 驚いたことに帝国宰相カールが入室してきた。その後ろには、帝国の使者であるアイザックが控えている。

 どうやらアンナ王女に声をかけたのは、アイザックが持つ水晶玉から投影されたカールの立体映像のようだ。


「カール宰相殿……!?」


『さすれば総攻撃については、即座に中止いたしましょう。ああっ、ご安心を。国王陛下に相談する必要はございません。貴女以外の王族は、全員処刑させていただきます故に』


 カールは礼儀正しく腰を折る。


「な、なるほど……そういうことですか。帝国はわたくしたちを謀っただけでなく、魔王と手を結んでいたのですね」


 アンナ王女は唇を噛んだ。

 ダオスは魔王リヴァイアサンの依り代となったのだろう。そして、カールは魔王の力を使って王国を攻撃してきた。

 まさか魔王をコントロールし、戦争に利用することが可能だとは思いもしなかった。


『アンナ王女は聡明であられますな。なら、抵抗は無意味であることもご理解いただけましょう』


「……ふふふ、これはおかしいですわ。カール宰相殿、まさかこれで勝ったとお思いですの?」


 アンナ王女は勝ち気に言い放った。


『なに……?』


「わたくしは以前、ダオス皇子に申し上げましたわ。我が国を敵に回すということは、アルト様を敵に回すということだと。あなた方こそ、その覚悟はできていらっしゃるのかしら?」


 すでにアルトには誰かが連絡をしてくれているハズだ。

 ドラゴン軍団を従えて、アルトはすぐにやってきてくれるに違いない。


「なんだと、小娘? この俺様が、アイツに劣るとでも言うのか!? ちくしょっおおおお、嫉妬でおかしくなるぜぇ!」


 魔王リヴァイアサンが【ペインフレイム】を手にまとわせる。


「よせリヴァイアサン。その娘を痛めつけるならアルトの目の前でしろ。壊してしまっては、人質の価値が半減する」


「あん? サタン。この俺様に指し図する気か? 今、俺様は嫉妬に燃えているんだぜぇ! この色ボケ王女に、思い知らせてやらなければ気がすまねぇえええ!」


『アルトに勝たねば、お前の嫉妬心は満足せぬのではないか? なら、どうするのが得策か良く考えるのだな』


 カール宰相の指摘に魔王リヴァイアサンは、振り上げた手を止めた。そして、苦々しく告げる。


「ちっ! ……まぁその方が、楽しめるってもんだからな」


 アンナ王女はほっとするが、同時に理解した。

 魔王リヴァイアサンは、アルトを恐れている。まともに戦っては勝てないと考えているのだ。


 それに、今、かなり重大なことをリヴァイアサンは漏らした。カール宰相の正体は……まさかとは思うが、魔王サタンであるらしい。

 リヴァイアサンは頭の回転はあまり良くないようだ。なら、アルトを支援するためにも、可能な限り情報を引き出さなくてはならない。


「そうですわよね。あなたごときでは、わたくしを人質に取らなくては、アルト様に勝つことなど不可能ですわよね?」


 嘲笑を浮かべて、アンナ王女は魔王リヴァイアサンを挑発した。


「な、なんだと、てめぇええ……!?」


「よせ、その娘の思惑に乗るな。これはアンナ王女。リヴァイアサンを挑発することで、状況を有利にしようとでも?」


 さすがにカール宰相には、見抜かれたようだ。

 情報を引き出せなくても、相手の冷静さを失わせれば戦いは有利になる。

 王都が帝国に攻撃されている中、王女としてできる限りの手を打ちたかった。


「事実を申し上げただけですわ。そのことを、あなた方はすぐに思い知ることになるでしょう。後悔するのですね」


 アンナ王女は優雅に一礼した。

 本当は膝が震えていた。しかし、きっとアルトが助けに来てくれるという信頼が、彼女の心を支えていた。

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