113話。地獄の猛獣ヘルズウサギをテイムする

「きゅきゅーん!(よし、ルールを解説するのだ! ここから天井を掘り進み、先に上の階層に到達した方が勝ちなのだ。勝負は1対1で行い、先に2勝したチームの勝利とするのだ!)」


 ヘルズウサギの頭であるモカが、意地悪そうな笑みを浮かべた。


「……なるほどね。地面ではなく天井を掘り進むとなると、壁にしがみつかなければならない。人間にとって圧倒的に不利な条件だ」


「きゅきゅん!(そうなのだ。降参するなら、今のうちなのだ!)」


「えっ!? なに、そんな条件なの? カワイイのに悪知恵が働くのね!」


 ルディアが舌を巻く。

 といっても、こちらのチームふたりは人間ではないので、そこらへんの常識は通用しないかも知れないけれど……


「わかった。じゃあ、一番手はメリルだ。頼んだよ」


「お任せくださいマスター。ルールは理解しました」


 メリルは無表情のままコクリと頷いた。


「きゅきゅーん!(人間の小娘ごとき、軽く捻ってやる! ヘルズウサギ随一の穴掘り名人である、オイラが相手をするぞ!)」


 対戦相手のヘルズウサギが名乗りを上げた。メリルと視線で火花を散らす。


「きゅ、きゅうーん……きゅん!(それでは位置について、よーい……ドン!)」


 モカの開始の合図と同時に、両者は天井に向かって跳躍した。


「ダブル・レーザーブレード起動。重力制御システム、オン」


 メリルは両手からレーザーブレードを出現させた。なんと、岩盤をレーザーブレードの熱で溶かしながら飛ぶ。


「メリルは空を飛ぶこともできるのか、さすがって……えぇえええ!?」


「【スロウ】起動。【ウインド】連続起動」


 なんとメリルは、対戦相手に対して【スロウ】と【ウインド】の魔法を使った。


「きゅう!?(ひぃぎぁあああ!?)」


 対戦相手のヘルズウサギは、【スロウ】によって動きを鈍らされる。さらに縦穴に発生した爆風に煽られて、地面に落下した。

 これは……ヤバい。


「きゅきゅーん!(反則だぁ!)」


 ヘルズウサギたちが、抗議の声を上げる。


「反則ではありません。ルールには『相手を妨害してはいけない』という項目はありませんでした」


 メリルの声が上層から反響してきた。

 どうやら、メリルもヘルズウサギの言葉がわかるらしい。


「私の勝ちです」


「……申し訳ないです、ウチのメリルが。この娘は空気が読めなくて。今の勝負は、こちらの反則負けです」


 僕はモカに謝った。

 この試合はただ勝てば良いのではなく、ヘルズウサギたちをテイムしなくてはならない。

 反則で勝っても、彼らを心服させることはできないだろう。


「きゅきゅう!(殊勝な申し出なのだ。わかったのだ。こちらの一勝とするのだ! 当たり前だが、今後、対戦相手への妨害行為は一切禁止とするのだ!)」


「わかりました。どうもありがとう」


 危なかった。もし対応を誤ったら、試合そのものが続行できなくなったかも知れない。


「マスター、もしかして、私はまた何か間違えてしまったのでしょうか?」


 穴から降りてきたメリルが、しゅんとなっている。


「……勝つための手段を模索するのは正しいのだけど、フェアに徹しなければダメだ。次からは僕に相談してね」


「はい……フェアですね。勉強になります」


 メリルはハイスペックだけど、まだ未熟だ。もっと経験を積ませてあげなくてはな。


「どんまいよ、メリル。アルトの役に立とうと必死にがんばってくれたんでしょう?」


「はい……」


 ルディアもメリルを励ます。

 よし、気持ちを切り替えていかなければな。


「それじゃ、次はヴェルンドだ」


「お任せ下さい」


 ヴェルンドが、ハンマー【創世の炎鎚】を振りかざして前に出る。


「ヘルズウサギたち、ウチのメリルが失礼した。お詫びに、ハンデをつけたいと思う。私のスタートは、開始から5秒後で良いぞ」


「きゅきゅう!?(正気か!? 穴掘りをするために生まれてきた我々ヘルズウサギに対してハンデなど!?)」


「きゅーきゅ!(おもしろい! もう撤回はできないのだ!)」


 モカがここぞとばかりに叫んだ。


「ヴェルンド。さすがに相手を侮りすぎじゃないか」


 僕は少々、不安になった。なにしろ、もうあとが無い。


「マスター、お言葉ですが圧倒的な実力差を見せつけて勝ってこそ、ヘルズウサギたちを心服させられるのでは?」


「……それは、確かにそうだ」


 それは一理あった。相手の土俵で圧勝してこそ意味がある。

 ここはもうヴェルンドに任せるしかない。


「わかった。がんばってくれ」


「はい! 【創世の炎鎚】ドリルハンマーモード!」


 ヴェルンドは大喜びで、ハンマーの尖端を回転するドリルに変形させる。


「きゅきゅ……きゅん!(それでは第2試合……開始!)」


「きゅきゅきゅーん!(バカめ、5秒遅れで穴掘りマスターと謳われたこの俺に勝てる訳がない!)」


 試合開始と同時に、ヴェルンドの対戦相手はロケットスタートを決めた。

 怒涛の勢いで、ヘルズウサギが天井を掘り進めて行く。

 ヴェルンドは静かに目を瞑っていたが……


「うぉおおおおお! 燃えよ我がドリル、すべてを貫けぇええええ──っ!」


 開眼と同時に、ヴェルンドは地面を蹴って跳び上がる。赤熱し唸りをあげて回転するドリルが、岩盤を穿く。


「きゅきゅう!?(そんなバカな!?)」


 ヘルズウサギたちは、そのケタ外れの速度に驚愕した。まるで岩盤など存在しないかのような勢いで、ヴェルンドの姿は見えなくなっていく。


「ヴェルンド様の上層への先の到達を確認しました。ヴェルンド様の勝利です」


 天井を見上げたメリルが勝利宣言をした。


「見たかヘルズウサギたち。これがドリルだ! すばらしいだろう!? 後でお前たちにも、ドリルのなんたるかを教えてやる。そうすれば、もっと穴掘りが上手くなるぞ!」


 ヴェルンドの勝ち誇った声が響いた。

 ヘルズウサギたちは、言葉を失ってポッカーンとしている。

 モカが頭を抱えた。


「きゅきゅう!?(ま、まさか、ボクたちより穴掘りが上手い存在がいたなんて……)」


 これで勝負は1勝1敗だ。


「モカ、最後は僕と一騎打ちだな」


「きゅきゅーん!(イイだろう。あのドリル娘以外が相手なら、誰だろうとこのボクの敵ではないのだ!)」


 モカは足で地面をダンダン叩いた。

 これは興奮している時のウサギのしぐさだ。


「アルト、最後の試合ね。その子に代わって、私が開始の合図をするわ! 私のために絶対に勝ってよね!」


 ルディアが申し出る。


「任せてくれ」

 

「きゅきゅう!(ニンジンの女神ルディア様に合図をしてもらえるなら、ありがたいのだ!)」


 モカはだいぶルディアのことが気に入ったみたいだ。餌の確保は、ダンジョン内では大変だろうからね。


「よし、それじゃ。位置についてヨーイ……ドン!」


「きゅきゅーん!(ヘルズウサギ奥義『ウサギ大跳躍!』)」


「【ドリルトルネード】!【天空の支配者】!」


 僕はヴェルンドのスキルと、バハムートのスキルを同時に使用した。

 ドリルトルネードで、天井に大穴を穿つと同時に、【天空の支配者】で飛び立つ。これは空を高速で飛翔するスキルだ。

 さらには、【ウインド】で作り出した爆風を加速に利用した。

 僕は瞬きする間に、上層にたどり着く。


「きゅきゅーん!?(そんなバカな!? )」


「きゅきゅん!(すごい穴掘りの腕前だ! まさに穴掘りの神。穴掘りゴッド!)」


 ヘルズウサギたちが、度肝を抜かれていた。

 僕のわずか後に、地面からモカが飛び出してくる。


「勝者、マスターです。おめでとうございます」


「スピードならバハムートのスキルも使えるマスターの方が、私より上でしたね」


 ヴェルンドとメリルも、勝利を祝ってくれる。


「きゅ、きゅーん!(負けた。まさか、こ、これほどとは……凄まじい穴掘りの腕前、おみそれしましたのだ!)」


 モカは放心状態だったが、やがて僕にひれ伏した。


「よし。これでモカたちは僕の仲間だね」


「きゅきゅう!(はい! 正直、侮っておりましたのだ。さすがはドリル娘やルディア様を従えていらっしゃるお方なのだ。ヘルズウサギの頭モカは、あなた様に従いますのだ!)」


「きゅきゅーん!(ははぁっ! 偉大なる穴掘りゴッド様、ボクたちはあなた様を主と仰ぎます!)」


 他のヘルズウサギたちも、顔を出してきて、僕のテイムを受け入れた。

 穴掘りゴッドという呼称は、どうかと思うけど……


「ありがとう、よろしく頼むよ!」


 こうしてSランクの魔獣ヘルズウサギの群れが、僕に従うことになったのだ。

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