110話。Sランク魔法使いのリーンに風の魔法で勝つ

「うむ、えらい! 良くぞ言ったのじゃ。ご主人様もどんな修業にも耐えると言ったではないか? まさか、ここでやめるなどとは、言わぬはずじゃよな? なに、失敗しなければ良いだけなのじゃ。むふふふっ……」


 叡智の女神メーティスが人の悪い笑みを浮かべる。


「くっ……それは確かに」


 仕方がない。

 万が一にも腰巻きがめくれるような事態にならないように、風の魔法で死守するしかない。


「ルディアもご主人様の妻を自称するなら、ご主人様の意思を尊重すべきじゃな」


「うっ……わかったわよ。アルトがあくまでやりたいというなら……」


 ルディアは悔しそうであったが、殊勝に頷いた。


「アルト、がんばってね。私以外の女の子に下半身を見られるなんて、絶対に許さないんだからね!」


「いや、ルディアにも見せないって……」

 

「リーンが一方的に攻めることができるのは、フェアではないのじゃ。リーンはわらわの指示通り、スカートタイプの水着を着てきたわけじゃし。ご主人様の風の魔法で、リーンのスカートをめくることができたら、ご主人様の勝ちとするのじゃ!」


「ええっ!?」


 メーティスがとんでもない追加ルールを提案してきた。彼女は完全にこの状況を楽しんでいるな。


「ひゃあ!? アルト様に、スカートをめくっていただけるなんて、光栄過ぎます!」


 リーンは何故か、飛び跳ねて喜んだ。

 いや……よ、良いのか?


「まあ水着のスカートだし、問題無いかも知れないけど……魔法の修業が女子のスカートめくりというのは……」


 なんというか、イメージと違い過ぎる。

 魔法の修業というのは、もっとおごそかでストイックなものだと思っていた。

 しかもこれは、叡智の女神による世界最高峰とも言える修業だ。


「魔法の力とは想いの力なのじゃ。リーンよ、好意を持つ男の身体を見たいという純粋な気持ちで魔法を使うことで、おぬしは魔法使いとして、さらなる位階に到達するであろうぞ」


 メーティスは胸を張る。


「ま、まさか、私ごときのために、そこまでお考えくださっていたとは……はい、ありがとうございます。叡智の女神メーティス様!」


 リーンはうっとりとした顔つきになった。

 これはもう覚悟を決めてやるしかない。

 僕たちは、温泉から上がって身構える。


「よし、では始めるのじゃ!」


 開始の合図と同時に、僕の足元の床が凍りついた。


「なにぃいいっ!?」


「隙ありです。アルト様!」


 これはリーンの氷の魔法だ。僕は足を滑らせて、バランスを崩しそうになる。

 そこに連続して、リーンが風の魔法を撃ち込んできた。


「【ウインド】!」


 体捌きでかわすことはできないため、僕も突風を生み出して、相殺する。


「お見事です、マスター」


 メリルが賞賛してくれるが、それどころではない。

 僕の周囲の床すべてに氷が張っていた。滑って転倒すれば、それだけで腰巻きがめくれかねない。


「くぅううう、まさか風の魔法以外も使うなんて……! ずるいわよリーン!」


 ルディアがリーンを非難する。


「メーティス様は、他の魔法を使うことを禁じておりませんでした。私は全力で勝たせていただきます! これは修業、これは修業なんです……ハァハァ!」


 なぜか、リーンはとても興奮していた。

 大丈夫か?


「ご主人様はスキルを使ってはいかんのじゃ。それでは修業にならんからの」


 メーティスが注意を飛ばしてくる。

 これは圧倒的に不利だが……活路はある。

 僕は氷の床を逆に利用し、滑ってリーンに突進した。

 僕には剣士としての心得もある。不意を突かれなければ、氷上でバランスを保つことくらいできた。


「へっ……?」


 ふたつの魔法を同時に使っていたリーンは、対応が遅れた。まさか、一気に距離を詰められるとは思っていなかったのだろう。

 リーンの放った【ウインド】は、何もないところに命中する。

 僕はリーンの横を通り過ぎた瞬間に、【ウインド】を連続して浴びせた。リーンのスカートが風を孕んで、ヒラっとめくれる。


「きゃああ!? あ、アルト様にスカートをめくっていただけるなんて。私は今日、この日を一生の記念日にします!」


 リーンはスカートを反射的に押さえるが、なぜか嬉しそうだった。

 僕は女の子のスカートめくりなどしたことがなかったので、赤面ものだ。


「うむ。見事なのじゃ! 勝者、ご主人様なのじゃ」


「さすがはアルト! リーンに勝っちゃうなんて、魔法の才能もあるわね!」


「ふぅ~、いや。かなりヤバかったけどね……実際、不意を突いただけだし」


 恐ろしい修業だった。


「実戦の中で使いこなせてこそ、魔法を習得できたと言えます。実戦形式なのは、すばらしい訓練ですね」


 イリーナが感心していた。


「……これで最大MPがアップできたのかな?」


 おおっ! ステータスを確認してみると、最大MPが5ほど上昇していた。マジックベリー酒を飲んだ時の上昇値が2くらいなので、かなり効果的と言える。

 極限の緊張感の中で魔法を使うことにより、MPは増大していくようだ。

 

「リーンは得意な氷の魔法ではなく【スロウ】を使うべきじゃったな。そうすれば、確実に勝てていたじゃろう」


「た、確かにそうですね……反省します」


 リーンはシュンとなった。


「ふむ。では、温泉でMPを回復した後に第2ラウンド開始じゃな」


「えっ。まだ、続けるのか」


 僕は絶句した。

 時間遅延魔法【スロウ】を使われたら、さすがに勝つ自信はない。


「ふふふっ、当然なのじゃ。ご主人様は一回でも負けたら、恥ずかしいことになるから、必死じゃな。なに安心するのじゃ。ご主人様も【スロウ】を使えば良いだけなのじゃ。絶対に負けられない極限の狭間で、【スロウ】をモノにするのじゃ!」


「はぁっ!?」


 こ、これはさすがに無茶苦茶すぎる。

 僕は魔法のド素人だぞ。

 メーティスは少年漫画の読み過ぎじゃないか?


「リーンに確実に勝てるようになったら、メリルに相手をさせるからの。くくくっ、ご主人様は魔法使いとしての位階を一日で、一気に駆け上がることになるのじゃ!」 


 メーティスは満面の笑顔で宣言した。



2時間後。


「楽しかったですね、アルト様。すごくドキドキしました。また一緒に魔法の修業をしましょう!」


「……これは修業のために、修業が必要だな」


 リーンは修業を楽しんだようだが、一回のミスも許されない僕はもうヘトヘトだった。


「アルト、がんばったわ。えらいわ! えらいわよ!」


 ルディアが僕を抱きしめて励ましてくれる。

 修業の結果、僕は【ウインド】だけでなく、【スロウ】も習得してしまった。そうしなければ、勝てなかった。追い詰められた結果だ。

 最大MPも1日で50も上がった。これはかなりの成果だ。


「うむ。やはりご主人様には、魔法の才もあるようじゃな。次はいよいよメリルと対決といきたいところじゃが……さすがに集中力が限界かの?」


「メリルとの対決は、また後日ということで……」


「……残念ですマスター。マスターの腰巻きを剥ぐための効果的な戦術をシュミレートしていました。今、対決すれば、私の勝率は99.9%以上です」


 メリルが残念そうにうつむいた。

 リーンは羞恥心もあって手加減していたような感じだったが……空気の読めないメリルにそんなことは期待できない。


「アルト様に修業中におっしゃっていただいた言葉……『やった! リーンのスカートがめくれた!』が、最高にうれしかったです」


「そ、それは失言だったな。頼むから忘れて欲しい……というか、間違ってもお兄さんには言わないでね」


「はい、私とアルト様の秘密です。えへへっ、またお願いします!」


 メリルと対決する前に、もっと風の魔法と【スロウ】を使う練習をしないと絶対負けるだろう。

 これは明日から特訓だな。

 というか、なぜリーンはこんなにうれしそうなんだ? 理解できない。

 今日はもう温泉に浸かって、漫画でも読んで、ゆっくり寝よう。

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