109話。温泉での魔法修業
かっぽーん!
湧き出すお湯を貯めた竹の筒が、岩に当たって風情のある音を立てた。
ここは温泉の女神クズハが、メーティスのオーダーに応えて新しく作った『魔法修業用の露天風呂』だ。
岩で湯船を作り、周りを柵で覆った簡易なモノだ。
「はぁっ、極楽、極楽じゃのう〜」
僕と一緒に温泉に浸かった叡智の女神メーティスが、タオルを頭に乗せてうっとりしている。
メーティスの眼前には、魔法で浮かせた漫画本があり、自動でページがめくられていた。
自分の好きなことに正直な娘だな。
「わ、私ていどの者がメーティス様のお手伝いができるなんて、光栄です!」
氷の魔法使いリーンが、湯船の中でカチコチに緊張していた。
リーンはメーティスから、僕たちの修行の手伝いを頼まれていた。
「そうかしこまらずとも良いのじゃ。まずは身体をほぐすのじゃ。おぬしには、そのうち働いてもらうからの」
「はっ、はぃいいいい!」
リーンも魔法使いだけあってメーティスを崇拝しているらしく、上ずった返事をした。
集まったのは他に、僕と一緒に修業を受けるイリーナ。警護役のメリルと、救護役のルディアだ。いずれも劣らぬ美少女たちは全員水着姿で、目の保養になる。
僕も腰巻きのタオルひとつという姿だった。
「質問なのだけど、ゴーレムの攻撃力を落とすデバフ魔法って、あるかな? あればぜひとも使いたいのだけど」
せっかくの機会なので、僕は彼女たちに魔法について質問した。
なにしろ、ここにいるのはルディア以外は全員、魔法の達人だ。
「残念ですが、無生物にはデバフ系の呪いが効かないので、それは無理です。少なくともダークエルフには、そういった魔法はありません」
「そうか……」
イリーナに首を振られて、僕は肩を落とす。
「ああっ、メリルの作りだす戦闘用ゴーレムのパワーを落として、農作業をやらせようという話ね」
ルディアがポンと手を打った。
「そうだよ。実現できれば、相当、農業の生産性が上がると思ったんだけど。メーティス、無理かな?」
ぜひとも習得したい魔法だった。戦闘にも農作業にも使えて、一石二鳥だ。
「良くぞ聞いてくれたのじゃ。地上の魔法技術水準では不可能じゃろうが、わらわにとっては造作もないことじゃな」
メーティスは自信満々で頷く。
「そんなことが、可能なのですか? ぜひご教授いただきたいです」
イリーナが目を瞬いた。
「うむ。物体の時間の流れを遅くする【スロウ】の魔法を使うのじゃ。物理攻撃力とは要するに『質量×速度の二乗』じゃからな。ゴーレムの速度を時間操作で遅くしてやれば、ゴーレムのパワーは落ちるという寸法じゃ。収穫のような繊細さを要求される作業もできるようになるじゃろう」
「それだと作業は遅くなるだろうけど……メリルが必要に応じて【スロウ】をかけたり、解除したりすれば大丈夫か?」
僕は腕組みして考える。
「私にインストールされた魔法の一部は、オプション機であるゴーレムたちも使えるようにできるので、問題ありません」
「それなら安心だな! それにしても時間操作って、かなり高度な魔法なんじゃないか?」
魔法について疎い僕にも、それくらいのことはわかる。
「時間の遅滞なんぞ、ご主人様の【因果破壊(ワールドブレイク)】に比べれば児戯なのじゃ。よし! まずはイリーナに、この魔法を教えてしんぜよう」
「ありがとうございます!」
「わ、私にもぜひ教えてください!」
リーンが目の色を変えた。
「うむ、リーンと言ったか。出血大サービスじゃ。おもしろくなりそうなので、おぬしにも教えてやるのじゃ」
「ありがとうございます! 大感激です!」
「うむ!」
リーンに喜ばれてメーティスは、まんざらでもなさそうだった。
メーティスは【スロウ】の詠唱方法について、詳しく解説してくれた。
簡単にできるという話だったが、ずぶの素人である僕には、ちんぷんかんぷんだった。
ルディアなどは、端から理解する気がなく、湯船の中で漫画を読んでいた。
「では、実践じゃな。メリルよ、頼むのじゃ」
「はい。【クリエイト・ゴーレム】」
メリルが地面に手を付くと、周辺の土が集まってきて土塊のゴーレムが出現する。
「時の精霊よ。我が意に従え【スロウ】!」
イリーナが魔法を発動させると、ゴーレムの動きが、目に見えて緩慢になった。
「ステータス異常が発生。現在、ゴーレムは【遅延】状態になっています。私には対抗魔法がインストールされていないため、解除は不可能です」
メリルが淡々と告げる。
「おおっ。さすがは魔王ベルフェゴールが見込んだ娘じゃな。一発でモノにしおったか!」
「恐悦至極です。これは……恐ろしい魔法ですね。生物、無生物問わず有効で、敵の戦闘能力を大きく落とすことができます」
「動きが遅くなれば、良いマトになるしね」
「メーティス様、私にも【スロウ】のインストールをお願いします」
「うむ! 解除魔法も同時にインストールしてやるのじゃ」
メーティスがメリルの頭に触れる。何か、魔法的な波動がその手からメリルに流れ込んでいった。
たったそれだけで、メリルは【スロウ】を解除する魔法を覚えてしまったようだ。
メリルが手をかざすと、ゴーレムの【遅延】状態が直った。
「インストールが正常に完了。【スロウ】起動……正常に使用できるようです。ありがとうございます、メーティス様」
「うむ!」
「【スロウ】!【スロウ】! ああっ、な、なんとかコツが掴めました!」
リーンも何度か試して【スロウ】を成功させていた。
みんなスゴイな。すぐにこの高度な魔法をモノにしたか。
「これでゴーレムの農作業への転用はバッチリだな。ルディア、作物を傷めないで収穫ができるか、後で試してみてくれ」
「わかったわ! へへへっ、これで昼寝しててもゴーレムが、面倒くさい仕事を全部やってくれるようになるわけね」
「そういうことだ。他の仕事も任せることできないか、いろいろ考えて試してみよう。メリル、頼んだよ」
「マスター、了解です」
メリルが引き受けてくれる。とてもありがたい。
「うむ。では、次はご主人様の修業じゃな。最初は突風を起こす基礎魔法【ウインド】を覚えてもらうのじゃ」
「うん。頼むよ」
さあ、いよいよだ。
メーティスの教えに従って、僕は生まれて初めて魔法が使えるようになった。
【ウインド】と唱えると、手から突風が飛び出す。
これが魔法を使うという感覚か。風を意のままに起こせるというのは、割とおもしろいな。
連続して使ってみる。
「あっ、火照った身体に気持ちぃいい!」
僕の風を受けたルディアが嬌声を上げた。
マズイ、操作ミスをしてしまった。僕はルディアに、魔法を浴びせるつもりはなかった。
『人に向けて魔法を撃ってはいかんのじゃ』と最初にメーティスに言われていたのにな……
「ごめん、今のは暴発だった。あれっ? もしかすると、これは湯上がりサービスに使えるかも知れないな……」
風の魔法【ウインド】で、お客さんに涼んでもらうサービスだ。
メリルのゴーレムを脱衣場に設置して、弱めの【ウインド】を使ってもらうのは、どうだろうか?
メーティスのおかげで、温泉宿をさらに改良するアイデアが次々に湧いてくるな。
「ご主人様は元魔王だけあって、さすがなのじゃ。こんなに早くコツを掴める者なんぞ、まずおらんぞ。では、次のステップなのじゃ。リーンと風の魔法の撃ち合いをしてもらうのじゃ!」
「お互いに涼み合うのですね。素敵です」
リーンが火照った顔に笑顔を浮かべる。
「違うのじゃ。本気を出して必死に魔法を行使せねば、最大MPは増えんのじゃ。わらわの修業は、そんなにぬるくはないぞ? 少年漫画も真っ青の実戦形式のスパルタなのじゃ。ご主人様、覚悟は良いかの?」
「もちろん、そのために修業を頼んだんだから、ドンと来てくれ」
僕は胸を叩いた。
「ではふたりとも湯から上がるのじゃ。リーンはご主人様の腰巻きに、風の魔法をぶつけるのじゃ。ご主人様は魔法でリーンの風をそらしたり、相殺して防ぐのじゃ。
ふふふっ、もし失敗したら女子たちの前で、大恥をかいてしまうぞ!」
「えぇええええっ!?」
メーティスの修業法は、失敗すれば黒歴史確実というか……社会的に抹殺されかねないものだった。
ルディアとリーン、イリーナも顔を真っ赤に染めて驚いていた。
「ちょっとメーティス、何、考えているのよ! そんなことを、妻である私が許す訳ないでしょ!?」
ルディアがメーティスに喰ってかかった。
「というか、これは……かなり問題では? ふつうに女子たちへの嫌がらせだと思う」
「ふふふっ、そうかの? おぬしらに質問じゃが、ご主人様の身体を見たくないかの?」
「「見たい(です)!」」
なんと、その場にいた美少女たち全員が即答した。
えっ? ほ、本気か君たち……
「……こ、これはあくまで、魔法の修業なのですよね!? でしたら、私はアルト様のために全力でやらせていただきます!」
氷の魔法使いリーンが、顔を羞恥に染めて宣言した。
これは……大ピンチだ。
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