107話。クズハ温泉に漫画コーナーを設置する
新しい領民たちの歓迎会は、つつがなく終わった。
エルフだけでなく、ゴブリンやダークエルフ、たくさんのモンスターまで宴に参加していたから、新しい領民たちはみんな驚いていたな。
この領地の特殊性については、徐々に慣れてもらうしかない。
次の日、僕はクズハ温泉の休憩コーナーで、漫画を読みながらゴロゴロしていた。
「ヤバい、おもしろい。この漫画というのは、最高におもしろいな!」
こんなおもしろい書物があるとは初めて知った。メーティスに『人類が到達した至高の叡智』とまで言われたからには、読まない訳にはいかなかったのだが……
気がつけば2時間近くも、ぶっ続けで読んでしまっていた。
「きゃははははっ! おかしい! お腹がよじれる!」
隣では横になったルディアが、ギャグ漫画を読んでゲラゲラ笑っている。
「そうじゃろう。おもしろいじゃろう! 【禁書図書館(アカシックレコード)】には、異世界の書物も自動で集まってくるのじゃ。つまり、漫画読み放題なのじゃ!」
浴衣姿のメーティスが、クッションにもたれながら漫画をパラパラめくっていた。メーティスは早くもこの村に馴染み、完全にリラックスモードだった。
「うぉおおおおっ! この友情、努力、勝利で強敵を倒していくバトル漫画は、最高に燃えるし、感動するわ!」
剣神の娘アルフィンも、漫画に夢中になっていた。
「まずい……メーティスに魔法の修業をつけてもらったり、魔王のダンジョンの隠し階層も攻略しなくちゃいけないのに。このままだと、ずっとダラダラしてしまいそうだ」
「ご主人様は真面目じゃのう。聞けば、敵国との問題も解決したのじゃろう? ならば、一日くらい英気を養ってはどうじゃ? わらわも普段はここでゴロゴロしながら、漫画を読んで過ごすのじゃ!」
「メーティス様、お飲み物です。本日の『叡智の探求』、お疲れ様です」
「おおっ、気が利くのうメリル」
メリルが牛乳瓶を持ってきて、メーティスに差し出す。
どうやらメーティスにとって『叡智の探求』とは、漫画を読んでダラダラすることらしい。
「マスターとルディア様、アルフィンもどうぞ。マスターにはマジックベリー酒をご用意しました」
「ありがとう」
最大MPが上がるマジックベリー酒を受け取って、一口飲む。よく冷えていて実においしかった。
昼間から温泉に入って、ゴロゴロしながらお酒を飲むとは極楽すぎる。
「……まあ、確かに。今は敵もいないし。休むのも悪くないか。この漫画コーナーのおかけで、クズハ温泉のお客はさらに爆増するだろうしね」
領主としての仕事は、決裁が必要なモノ以外はリリーナが代行してくれている。一日くらい休んでも問題はない。
漫画コーナーを新設するなら、事前に体験しておくのも悪くなかった。良いと思えるサービスでなければ、お客さんに自信を持って勧められないからね。
体験して思ったけど、これはまず100%当たるだろう。なにしろ、漫画なんて娯楽は今までこの世界に存在しなかった。
ここでしか体験できない娯楽は、強烈な売りになる。
「そうよ。アルトはなんだかんだで、最近、働き過ぎていたと思うわ。私と思う存分、ゴロゴロしましょう!」
ルディアが僕にしなだれかかってくる。浴衣から大きな胸がチラ見えしていて、やばかった。
「少年漫画を読むことは、精神修養に効果的だと思うわ! 剣の道を志す者は、心も鍛えなければならないのよ。後で、剣神道場のみんなにも教えてあげなくちゃ!」
アルフィンが突拍子もないことを言っている。
漫画コーナーの口コミをしてくれるなら、大歓迎なので構わないけど……剣の道に通じるのか?
とりあえず僕も『叡智の探求』にいそしむとしよう。
「メーティス。何かオススメの漫画はあるかな?」
「ご主人様、そうじゃの。このワンピとか、オススメなのじゃ!」
「ああっ! 主人公が山賊王になるとか言っているのに、略奪とかしないで人助けしまくる漫画ね! あれ、おもしろいわね!」
ルディアが膝を叩いて、なにやら熱く語る。
「ワンピは100巻以上あるから読み応えがあるのじゃ! それに、わらわは漫画本にかける防水魔法を開発したぞ。温泉に入りながら、漫画を読むこともできるのじゃ! ああっ、一生ひきこもっていられるのぅ」
メーティスが、うっとりする。
「それは極上の体験になりそうだな。僕も試してみたい」
なにより、これはさらなる温泉宿の飛躍に繋がりそうな予感がした。
「よし、それじゃメーティスはこれからシレジアの【漫画担当大臣】だな」
「おおっ! わらわにピッタリの役職なのじゃ。【漫画担当大臣】、引き受けようぞ。主たる業務は漫画を読むことなのじゃ!」
「メーティス、それはひきこもりというのじゃないかしら……? いや、まあ、別に良いのだけど」
ルディアがため息を吐いた。
「ふん! ひきもこりの何が悪いのじゃ。偉大な功績を残した者には、ひきもこりが多いということを知らぬのか!? ひきこもって好きなことに没頭することこそ、創造性の源であるぞ。だから、わらわは一生ひきもこりを続けるのじゃ! 我が生涯に一片の悔い無し!」
その時、温泉の女神クズハが接客を終えてやって来た。
「メーティス様、漫画本を1万冊くらい貸していただくことはできませんの!? マスター、休憩コーナーを大きく改築して、漫画図書館にしたいですの! そのための予算が欲しいですの!」
「うわっ! 最高だわ!」
クズハの提案に、ルディアも賛同の声を上げる。
「僕もちょうど、同じことを考えていたところだ……メーティス、頼めるかい?」
「うぬ〜っ、残念じゃが、ご主人様の頼みでも、それはできんのじゃ」
メーティスは漫画を閉じて、意外なことを言った。
「えっ、どうして?」
「わらわの【禁書図書館(アカシックレコード)】から外に持ち出せる本の数は、この領地におけるわらわの信者の数だけなのじゃ。
昨日、加わったヴァルトマー帝国の元奴隷たち約100名は、全員わらわの信者だった故に。今、貸し出せる漫画も100冊程度じゃな」
どうやら、メーティスのスキルにも制約が有るらしい。信者を増やせば力が増大するのは、クズハやアルフィンと同じか。
「なるほど……【禁書図書館(アカシックレコード)】には、禁断の魔導書なんかも無数に収められているみたいだし。そこにお客さんを招き入れる訳にはいかないからね。地道にメーティスの信者を増やしていくしかないか」
僕は考え込む。
知識は力だ。とりわけ魔導の知識は、絶大な力をもたらす。
他領や他国の王侯貴族から見たら、【禁書図書館(アカシックレコード)】は宝の山だろう。
特にヴァルトマー帝国にとって、メーティスの保有する魔導書は、何を引き換えにしても欲しいモノに違いない。
だとしたら【禁書図書館(アカシックレコード)】に、うかつに人を入れる訳にはいかないな。
【禁書図書館(アカシックレコード)】から持ち出す本も、漫画本に限定しておけば、知識を盗まれる危険も無かった。
「そういうことじゃ。ご主人様は頭の回転が速いの。さすがは、わらわのご主人じゃ! おぬしらも、漫画の続きを読みたければ、わらわの信者を増やすのに協力するが良い。温泉で漫画読み放題じゃぞ」
そう言って、メーティスはメリルに膝枕してもらいながら、ゴロンと横になる。
「メーティス、魔法の修業も頼むよ」
僕は若干、不安になって念を押した。
「無論、忘れてはおらんぬから、安心するのじゃ。魔導の探求も、わらわのライフワークなのじゃからな!」
それなら良かった。
僕はメーティスに教えて欲しい魔法がひとつあった。
これが可能なら、領地がさらに繁栄するはずだ。
「ご主人様には、わらわが考案したMPを増やすための効果的な修業をつけてさしあげるのじゃ。クズハよ、そのために離れに専用の露天風呂をひとつ作ってもらうぞ」
「わかりましたですの! 温泉に浸かってMPを回復しながら、修業するということですのね。漫画コーナーのお礼に、いくら暴れても大丈夫な岩風呂を作りますの!」
クズハが頷いた。
魔法の修業専用の露天風呂?
叡智の女神メーティスの提案で作る訳だし、これも村の名物になるかも知れないな。
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