105話。牧場経営が本格的にスタート

「これは王国軍のみなさん、遠路はるばるお疲れ様です」


「なんの! 我らの窮地をお救いいただいたアルト様のためならば、お安い御用です」


 部隊長と思わしき騎士が敬礼を返す。そして、背後を振り返って告げた。


「到着したぞ。お前たち馬車から出るといい」


「お父さん、ここが私たちを助けてくれたアルト様のご領地なの? すごい、森の奥にこんな賑やかな場所があるのね!」


 待ち切れない様子で、馬車から真っ先に出てきた女の子が歓声を上げる。

 あれは、【世界樹の雫】で助けた男の娘だ。

 ずっと狭い軍用馬車に押し込められて、退屈していたみたいだ。物珍しそうに、あたりを見回している。


「コラッ! 目の前にいらっしゃるのが、ご領主様アルト様だぞ! 失礼の無いようにせんか!」


 騎士が叱りつけると、泡を食った様子の男が飛び出してきた。


「も、申し訳ございません……っ! なにとぞ、娘の無礼をお許しを!」


 男は少女の頭を押さえつけて、一緒に地面に平伏する。

 奴隷として生きてきたためか、必要以上に卑屈な態度だった。


「いや、そんなにかしこまらなくても大丈夫です。頭を上げてください」


「はっ! し、しかし……」


 男の顔は、恐怖に引きつっていた。彼にとって権力者とは、自分の生殺与奪の権利を握った恐ろしい相手なのだろう。

 馬車から続々と降りてきた者たちも、男にならって僕の前にひれ伏す。


「我らを民としてお受け入れくださり、ありがとうございます。我らはシレジアの領主アルト様に忠誠を誓います!」


「ありがとう。まずは長旅で疲れたでしょう。軽い食事と飲み物を用意したので、休憩を取ってください。その後に、みなさんの家にご案内します」


 僕が合図すると、村人たちがパンと牛乳瓶を持ってきた。村人たちは、それを兵士と新たな領民たちに振る舞う。

 彼らは、一様にびっくりしていた。


「これは……な、なんとありがたい!」


「こんなお優しいご領主様は初めてだぞ!」


 彼らは瞳を輝かせて喜んだ。一口食べると、次々に歓声が上がる。


「うまぃいいぞぉおお!?」


「お父さん、これ、スゴくおいしいよ!」


「本当だ! 生き返る心地だ!」


「この村は、こんなうまいパンを作っているのですか!? こんなうまい物を食べたのは生まれて初めてです!」


「このミルクは、今まで私が飲んできたヤギのミルクなどとはまるで違います! 濃厚で味わい深い!」


 軍の食事は、味気ない携行食が一般的だ。釜で焼き上がったばかりの熱々のパンと、搾りたて牛乳は、疲れた心と身体に染みるだろう。


「ふふふっ、そうでしょう! なにしろ、私の力で育てた小麦から作ったパンと、アルトがテイムしたモウモウバッファローの牛乳よ! まさに夢のコラボ!」


 ルディアが自慢気に胸をそらす。

 牛型モンスター、モウモウバッファローは、イヌイヌ族が牧場経営をするためにその後も5頭ほど、追加でテイムしていた。


「おおっ! まことに美味なのじゃ! 牛乳を飲むと、脳内の酸化ストレスが軽減され、頭の働きが良くなるのじゃ! 背と胸も大きくなるかも知れぬし……わらわはこれから毎日、この牛乳を飲むのじゃ!」


 叡智の女神メーティスも牛乳にご満悦だった。


「メーティス様は、すでに成長期を過ぎております。背と胸が成長することはありません」


「がくっ……メリル、お、おぬし……言ってはならぬことを」


 メリルの冷静なツッコミに、メーティスはガックリしていた。


「あなたみたいな娘もいるのね! これから仲良くしましょう。お名前は、なんて言うの?」


 元奴隷の女の子が、メーティスに親しみを持って話しかける。


「わらわは叡智の女神メーティスなのじゃ!」


「えっ?」


 その自己紹介に、女の子だけでなく帝国の元奴隷たちは全員、目をパチクリさせた。

 彼らが長年信仰してきた女神を名乗ったのだから、当然だ。

 

「冗談かもしれないけど、本当よ。アルトは神や神獣を使い魔として召喚するスキルを持っているの。あなたたちを救ったバハムートは、その一体よ!」


 ルディアが得意そうに補足説明する。


「はっ、いや、そんなトンデモナイことが……」


「帝国軍を蹴散らしたバハムート以外にも、バハムート級の神獣を従えているということですか? それはもう一国の軍事力に匹敵するような……」


 王国軍の兵士たちまで顔を見合わせた。


「おぬしら、わらわを信仰しておるとかいうヴァルなんとかの元奴隷かの? 運が良いのじゃ。ここの領民となるなら、わらわがおぬしらに真の叡智を与えてやるのじゃ!」


 メーティスが両手を広げて大見得を切った。

 真の叡智? 興味深いけど、まずは元奴隷たちに説明することがあった。


「みなさんには、この牛乳を生産する牧場で働いてもらいたいと思います。ソフトクリームやチーズ、バターなどの乳製品作りも行っていただきます。

 もちろん、奴隷扱いではありません。体調が悪ければ休むこともできますし、牧場の経営者であるイヌイヌ族から、ちゃんとお給料も出ますので安心してください。もし、他の仕事に就きたい場合は、相談してもらえれば大丈夫です」


「ワン! ただいまご紹介にあずかりました、イヌイヌ族ですワン! 目玉商品である『エルフのお姫様の手作りソフトクリーム』を中心に、乳製品作りでガンガンお金儲けして、みなさんとウハウハになることを目指しますワン! どうぞよろしくお願いしますですワン!」


「十分なお金が無ければ、真の自由を得たとは言えないですワン! お金を得てこそ、本当の自由が手に入るのですワン!」


 犬型獣人イヌイヌ族が、僕の隣に並んで宣言した。


「家に加えて仕事までいただけるとは、感激です!」


 元奴隷たちは、感動に身を震わせた。

 人が生きていくためには、衣食住に加えて、まっとうな仕事が必要だ。僕はそのすべてを、領民に与えるつもりだった。

 イヌイヌ族の言うことは、若干、極端なような気がするけど……


「牧場の売り上げが上がれば、みなさんのお給料も増えます。みんなでこの土地を豊かにしていきましょう!」


「はい、ご領主様!」


 元奴隷たちが、一斉に頭を垂れた。

 彼らの目は一様に希望に満ちていた。


「本当に、こんな幸運に恵まれるなんて……アルト様と偉大なる女神メーティス様に、感謝を!」


「うん? わらわは特にまだ何もしておらんのじゃがのう……」


 メーティスは首を捻った。

 何はともあれ、これでアルト村の牧場も本格的にスタートできそうだ。

 新事業が次々に立ち上がって、ますますここが賑やかになりそうだな。


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