102話。父親と決別する

「なんとも見るに耐えぬ。招待状も無い癖に乱入しおって。アルト殿の父でなければ、無礼討ちにしておるところだ。近衛騎士団長、構わぬからコヤツをつまみ出せ!」


「はっ!」


 国王陛下の命令に、大柄な近衛騎士団長がさっそうと動く。


「嫌だぁああああ! ワシに野垂れ死ねしろというのか!? アルト、ワシを助けろぉおおっ!」


 父さんは近衛騎士団長に担ぎ上げられて、子供のように手足をバタバタさせた。

 無様なその姿は、貴族たちの失笑を買う。


「ワシはもう3日もマトモに食事をしておらんのだ! 道を歩けば、王都で魔竜を暴れさせたナマケルの父親として、子供にも石を投げつけられる始末なんだぞぉおお!?」


「見苦しい! それでも誇り高き元王宮テイマーか!?」


 近衛騎士団長に怒鳴られるが、父さんは泣きわめき続けた。


「あれがアルト殿のお父上とは……トンビが鷹を生むとは、まさにこのこと。いや、トカゲが竜を生んだと言った方が、ふさわしいですかな」


「あのようなお方が王宮テイマーの地位にあったとはゾッとしますわ」


「ドリアン殿が跡継ぎに指名したナマケル殿は、国家反逆罪で投獄の身。品性下劣なだけでなく、人を見る目も無いとは救いがないですな」


 貴族たちは顔を背けながらも、おもしろそうに噂話に興じる。

 かつて大勢の人から尊敬を集めたとは思えない父さんの醜態は、哀れを催すものだった。


「……わかりました。国王陛下、今回の僕の恩賞100万ゴールドは、父上に与えていただけませんか?」


「なんとっ!?」


 国王陛下が、僕の提案に目を丸くした。


「おおっ! アルトよ! お前はやはり最高の息子だ! 追放などして悪かった! 反省しておるから、ワシの老後のめんどうを見てくれぇえええっ!」


「えっ!? アルト、本気なの? せっかくのガチャに課金するたのお金を……!?」


 ルディアが不満げに足を踏み鳴らす。


「アルトのお父さんにこう言っては失礼だけど、コイツは絶対に感謝なんかしないわよ!」


「ルディア、ありがとう。大丈夫だ。父上、これは手切れ金だと思って下さい。これ以上の援助はいたしません。今後、父上がシレジアの地を踏むことも固くお断りします」


 僕は毅然と言い放った。

 残念だけど僕の夢を叶えるためには、父さんのわがままに付き合うのはマイナスでしかない。

 僕たちはもう別々の人生を歩むべきだ。


「な、なんだと!? たった100万ゴールドぽっちでは、巨乳メイドハーレムの夢を叶えるためには、とても足りんではないか!?」


「援助したお金をどう使うかは、父上にお任せします。どうかお達者で」


 田舎で慎ましやかに暮らせば、数年は生活するのに困らないハズの額だ。

 父さんほどのテイマーなら、いくらでも身の立て方はあるだろう。

 これで父さんに対する義理は果たしたと思う。


「まさか、自分を追放したドリアン殿に、これほどの慈悲をしめされるとは……わたくし、アルト様の器の大きさに感服いたしましたわ。わたくしには、とてもマネできないことです」


 アンナ王女が感じ入ったように頷く。


「そうですわね。こういう手合いは、下手に援助などすると、どこまでもつけあがりますもの。手切れ金を渡すのは、良いご判断だと思いますわ。お父様、王の名においてご裁決を」


「うむ。では、ドリアン。100万ゴールドを渡す故、今後一切、シレジアにもアルト殿に近づくでないぞ! もし破れば罪人として百叩きの上、国外追放を申し渡す」


 国王陛下が有無を言わさぬ口調で告げた。


「そ、そんな国王陛下!? 息子が親のめんどうを見るのは当然のハズ……! それにワシには大きな夢が! 巨乳メイドハーレムが!?」


「王の命令が聞けぬと申すか! 貴様のような愚か者に、アルト殿が足を引っ張られては困るのだ。即刻、消え失せい! 次に許可なく王宮に立ち入れば、容赦せぬぞ!」


「あぁあああああっ!?」


 国王陛下に叱りつけられた父さんは、強引に退場させられた。

 その後ろ姿に、貴族たちは冷笑を浴びせる。かつて栄華を誇った者の没落は、貴族たちにとって格好の酒の肴だ。

 やっぱり権力闘争のようなモノとは、関わりたくないなと思う。シレジアを発展させつつも、権力闘争からは身を離していくべきだろう。


「くだらぬ輩に場を乱されたな、オースティン卿。恩賞の件だが、そなたにはやはり100万ゴールドを贈りたいと思う。【神様ガチャ】に課金することは、この国を救うことにも繋がる故な」


「えっ、よろしいのですか、国王陛下?」


 合計で200万ゴールドもの大金を、陛下は負担することになってしまう。


「いやったぁあああ! 王様、太っ腹! 一時はどうなることかと思ったけど、これでまたガチャに課金できるわね!」


 ルディアが飛び上がって小躍りした。


「今回のそなたの活躍を思えば、当然のことだ。さあ、ワシと飲もうではないか。そなたのために、秘蔵の酒を用意したぞ。シレジアの話など、ぜひ聞かせてくれ」


 国王陛下が、僕にほほ笑んだ。



「おのれ! おのれ! 親不孝者めが! ちょっと追放しただけではないか!?」


 ドリアンは100万ゴールドの入った大袋を与えられて、王宮の外に叩き出された。

 アルトに対する愚痴を吐きながら、宿を目指す。無論、上位貴族たる自分が泊まるのだから、一流ホテルのロイヤルスイートだ。


「これっぽっちの金では足らんぞ! ワシの夢が、巨乳メイドハーレムがぁああ!?」


 今や英雄となったアルトに助けを求めれば、再び栄光と夢をつかめると思ったが、アテが完全に外れた。

 なぜ自分がこんな目に合うのか、まったく理解できない。ナマケルの方が優れていると勘違いしてしまっただけで、自分は被害者なのだ。


「……失礼。元王宮テイマーのドリアン・オースティン殿とお見受けします」


 その時、ドリアンに声をかけて来る男がいた。学者風の理知的な男だ。


「そうだが、誰だお前は……?」


「私はヴァルトマー帝国貴族、アイザックと申します。以後、お見知りおきを……」


「帝国貴族?」


 もしや和平交渉の使者か何か? と、ドリアンは訝しんだ。


「実は、ドリアン殿に折り入ってお願いがありまして。長らく王家に仕えてきた元王宮テイマーなら王宮への隠し通路など、ご存知ではないでしょうか? もし教えていただければ、貴族待遇で帝国にポストをご用意いたしましょう」


 アイザックの背後から、彼の配下と思わしき男たちがワラワラと現れる。いずれも腕の立ちそうな男たちだ。


「クククッ、しかし、もし嫌だとおっしゃるなら痛い目に……」


「のった!」


 アイザックが最後まで口上を述べる前に、ドリアンは承諾した。


「いや、はっ……?」


「しかし、ただのポストでは駄目だ。ワシの夢は、隠居して巨乳メイドと、おっぱいおっぱいして暮らすことだ。それを叶えてくれるなら、王宮への隠し通路など、いくらでも教えてやる!」


「ドリアン殿は王国の守護者、元王宮テイマーでは? そ、そんなにも簡単に国を売って良いのですかな……?」


 裏切りを勧めてきたアイザックが、逆に困惑していた。

 何かの罠ではないかと疑っている様子だったので、ドリアンは安心させてやることにした。


「安心せい、嘘などつかん! ワシはずっと一生懸命働いて、この国に貢献してきたのに、地位も財産も奪われたのだぞ! こんなむごい仕打ちがあるか!?」


「ご子息ナマケル殿がしでかしたことを思えば当然かと……むしろ、ナマケル殿と一緒に処刑されないだけ、国王も王女も慈悲深いのでは? モンスターを暴走させた上に、アンナ王女に『クソアマビッチのドブス姫』などと暴言を吐いたとか……」


「しかも息子のアルトは、辺境に追放したくらいで、ワシの面倒を見ないと言ってきおった! 手切れ金もたったの100万ゴールドだぞ!? ふざけるな!」


「……それだけの仕打ちをしながら、大金を援助してくれるとは、良くできたご子息かと……」


 アイザックは脱力して呆れ返る。


「お前、仮にも帝国貴族なのに、どちらの味方なのだ!?」


「……い、いや、申し訳ございません。ダオス皇子を救出するための手助けをしていただければ、私としては何も言うことはありません。帝国で巨乳メイドハーレムをご用意いたしましょう」


 アイザックは顔をしかめながらも、頷いた。


「くっ……偉大なる叡智の女神メーティス様。このような愚者の機嫌を取らねばならぬとは、私に何という試練をお与えになるのでしょうか……」


 アイザックの小さな嘆きは、興奮したドリアンには聞こえなかった。


「おおっ! 本当か!? クハハハッ! やったぞぉおおおっ! 良し、これから前祝いだ! お姉ちゃんのいる店に行くぞ! もちろん、お前の奢りでな! 朝までドンちゃん騒ぎだ!」


 ドリアンは喝采を叫んで、アイザックと肩を組む。アイザックは心底嫌そうな顔をしていた。

 ドリアンはまさかこの後、帝国でMPを奪われるだけの奴隷に落とされることになるとは予想だにしていなかった。



次の日の朝──


「アルト様、本当にありがとうございましたわ。おかげで、何もかもうまく行きそうです。先程、帝国宰相カール殿より、和平交渉に応じるという返事がありましたわ」


「アルト兄上、ぜひまたいらしてください!」


 バハムートに乗って出発しようとする僕を、王家の方々が総出で見送ってくれた。

 リリーナはスキル【どこまでも温泉宿】で、一足先に帰っている。

 ドラゴンたちは、このスキルで出現する転移ゲートが狭くて通れないので、僕が全頭連れて帰る必要があった。


「はい、アンナ王女、エリオット殿下も、またぜひお会いしましょう!」


「ルディア殿もお達者でな。昨夜は楽しかったぞ」


「ありがとう王様! ガチャは、みんなを笑顔にする力よ。課金に使うお金は、いつでもウェルカムだからね!」


 昨夜のパーティーで、ルディアは国王陛下に、【神様ガチャ】に課金する重要性を熱く語った。

 そのおかげで、国王陛下はすっかりガチャ信者になってしまったようだ。


「課金は決して裏切らない! この名言を覚えておいて。投資したお金の大きさに比例してアルトは強くなって、シレジアはどんどん発展していくのよ!」


「うむ! そなたらに創造神様のご加護を!」


 国王陛下は、力強く頷く。


「お、おい……ガチャにはリスクもあるんだから、あまり陛下に適当なことは」


 僕はルディアをたしなめる。

 国王陛下からお金をいただけるのは、正直とてもありがたいんだけど。万が一にもガチャに課金し過ぎて国家財政が破綻、なんてことになったら困る。


「アルト、大丈夫よ! ドラゴン運送業で、ガンガンお金を稼いで。よくわからないけど、この国全体も豊かになるんでしょ!?」


 ルディアが僕に抱き着いてくる。まあ、間違いではない……

 しっかり計画的にガチャに課金すれば大丈夫か。


「アルト様、落ち着いたら、シレジアに伺わせていただきますわ。神々の住まう土地、ぜひこの目で拝見したくなりました。それまでは頻繁に連絡を取り合いましょう」


「はい、王女殿下! それでは」


 僕とルディア、それにメリルを乗せたバハムートが羽ばたいて、王宮を後にした。

 王女殿下や近衛騎士たちが、手を振って見送ってくれる。


 帰ったら、いただいた100万ゴールドをさっそく【神様ガチャ】に課金しなくちゃな。次は、どんな神様に会えるのだろうか?

 僕は気持ちを高揚させながら、王都を後にした。

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