101話。没落した父親がパーティー会場に乱入する
「国王陛下のおな〜〜り〜〜!」
衛士が国王陛下の到着を告げた。
「ははぁっ!」
僕たちは、いっせいに平伏して国王陛下を出迎える。
「皆の者、大義である! ワシが公式の場に姿を見せるのは、しばらくぶりとなるな」
国王陛下は、いったん言葉を切った。
「実は、ワシは病床にあった。だが、オースティン卿の力によってすっかり回復し、以前に増して壮健である! 心配をかけてすまなんだ。今夜のパーティーは、オースティン卿の戦勝祝いとなる。みなで、この若き英雄を讃えようぞ!」
国王陛下が王笏を掲げると、万雷の拍手が鳴り響いた。
「アルビオンの英雄アルト様、ばんざい!」
「いえ、帝国に勝てたのも、国王陛下をお救いできたのも、すべてここにいるルディアや、大勢の仲間たちのおかげです。僕ひとりの手柄ではありません」
僕は恐縮して頭を下げる。
「王様を救ったのは私の力ね。私こそ、アルトの婚約者にふさわしいと、これでみんなわかったでしょう!」
ルディアがここぞとばかりに自分をアピールした。
アンナ王女や貴族令嬢たちは、嫉妬の眼差しを向ける。
「驚きました。まさか、国王陛下を病からお救いしていたとは!?」
「帝国につけこまれては、大変なことになっておりましたな!」
「それだけでは、ありませんわ! 昼間の騒ぎをご存知の方もいらっしゃるでしょう。アルト様は、王宮内の裏切り者をあぶり出し、人質に取られたエリオットを救ってくれたのです」
アンナ王女が声を張り上げる。
おおおおおっ! という歓声が広間に反響した。
「それについては補足の説明を。王宮内には、まだ帝国のスパイが隠れ潜んでいる可能性があります。現在、僕の仲間が調査している最中です。調査が終わるまで、皆様も重々お気をつけください」
メリルには、他にも王宮内に裏切り者がいないか探ってもらっていた。
同じ轍を踏まないように、王家の方たちには厳重な警備がついている。
この晩餐の間は、すでに白だと判明した騎士団員がしっかりガードしているので大丈夫だ。
僕もメリルから継承した【分析(アナライズ)】が使える。会場内に帝国側の人間が入り込んでいないか調べたが、該当者はいなかった。
「もし裏切り者のイグニスがあのまま放置されていれば、大変でした。わたくしたちが安心してパーティーを楽しめるのも、すべてアルト様のご活躍のおかげですわ!」
アンナ王女は、僕に向かって感謝を述べる。
「そんなに持ち上げられると、恐縮です。僕のミスでエリオット殿下を人質に取られてしまった訳ですし」
「アルト様は本当に謙虚なお方ですわね。能力だけでなく、人格まで高潔でいらっしゃるなんて。わたくしはますますあなた様のことが、好きになってしまいそうですわ」
「なっ……!」
ルディアが目の色を変えた。
大勢の貴族がいる前でのあからさまな愛の告白だ。会場に衝撃が走る。これには、僕もびっくりだ。
その時、宮廷楽士たちが、テンポの良い曲を奏で出した。
「アルト様、一緒にワルツを踊ってくださらない……」
「ルディア、踊ろう!」
アンナ王女の言葉が終わる前に、僕はルディアの手を引いて、ダンスホールに連れ出した。
「くぅ……!」
アンナ王女が口惜しそうに唇を噛む。
「うわっ! アルト、こんな感じ……?」
「そうだよ、ルディアうまいじゃないか」
衆目の中、僕たちはステップを踏む。
ルディアはぎこちないながらも、僕にリードされて踊った。
ルディアはダンスのセンスがあるようだった。僕が重心を前に動かすと、次の動きを察して後ろに下がってくれる。
「ふふふーん。エルフは音楽や踊りが大好きだから、私もお祭りを通して、自然と踊りを身につけたのよ」
「なるほどな」
僕たちのワルツに、貴族たちが拍手喝采する。
「おおっ、すばらしい。絵になるおふたりですな!」
「みんなから祝福されて、アルトとダンスを踊れて最高の一夜ね! きっと今夜のこと、私、ずっと忘れないわ」
僕もまるで夢の中にいるような心地だった。
王宮のパーティーに主賓として参加できる日が来るとは、思ってもみなかった。
「くぅううう……アルト様、次はわたくしと踊ってくださいますわよね?」
アンナ王女が、僕を次のダンスに誘う。
「なるほど、王女殿下は……ふむふむ、そういうことですか」
「これは、ますますオースティン卿とは懇意にした方が、身の振り方としては正解ですな」
貴族たちは、アンナ王女の態度を見て、なにやらヒソヒソ噂話をしていた。恋話は、暇を持て余す貴族たちの大好物だ。
「オースティン伯爵様! 王女殿下の次は、ぜひ公爵令嬢である私と!」
「いえ、アルト様と私は幼馴染み! 王女殿下の次のお相手は、私ですわよ!」
「うわっ……」
まだ最初のワルツの途中なのに、次々と貴族令嬢たちがダンスを申し込んで来る。
昔、ちょっとだけ付き合いがあった女の子までが、僕の幼馴染みだと名乗りを上げた。
全員の相手をしていたら、とても身がもたないな。ここはダンスに夢中で、聞こえないフリをしておこう……
「おやめ下さい。あなた様は、招待されておりません!」
その時、なにやら廊下から言い争う声が聞こえてきた。
「何ごとか、騒々しい」
国王陛下が顔をしかめる。
「ええい、離せ! ワシを誰だと思っているのだ! アルトの父親、元王宮テイマー、ドリアン・オースティンであるぞ!」
会場の扉が開いて、衛士に身体を捕まれながらも強引に男が入ってきた。
まさか、この声は……
ただならぬ事態に楽士の演奏が止まる。
「おおっ! アルト、お前はワシの誇りだ! 宝だ! 地位も家も財産も奪われたが、ワシにはまだお前が残っておったな!」
涙を流す浮浪者然とした男は、僕の父さんだった。
恰幅が良かったのに今ではかなりやつれ、ヒゲも伸び放題になっていた。
「父上……!?」
「アルト、お前は辺境を発展させ、大武勲を立てた! 今や国家の英雄だ! なら、ワシを養うくらい簡単であろう。ワシはお前の元で、巨乳メイドとウハウハ暮らす夢の引退生活を送るのだぁ!」
父さんは感情的になっており、自分が何を口走っているのか、理解していない様子だった。
国王陛下をはじめとした貴族たちは、汚物を見るような目で、父さんを見ていた。
「ドリアンよ。国家反逆罪で、オースティン家は爵位を剥奪された。もはやお主は、貴族ではない。何の資格があって、王宮に足を踏み入れたのだ?」
国王陛下がいかめしい声をかける。
「陛下!? ですが、息子のアルトは手柄を立てて伯爵位を頂戴しました。ならアルトの父親であるワシも、貴族を名乗る資格があるのでは!?」
「何を申しておるのか、息子を家から追放しておきながら……」
国王陛下は呆れ返った。
「アルトよ、頼む! 屋敷も競売で取られて、ワシは今、ゴミをあさって生活している毎日だ! お前のシレジアに連れて行ってくれ! そして、とびきりかわいい美少女巨乳エルフちゃん10人をワシの専属メイドにしてくれ! エルフの王女とお前は大の仲良しなんだろう!?」
「はぁっ……!?」
これにはさすがに僕も絶句した。
そんなことをティオが許すハズもない。
「アルト、どうするの? 正直、アルトのお父さんじゃなかったら、ぶっ飛ばしているところだけど……」
ルディアが父さんを睨んだ。
「父上、一テイマーとして、モンスターたちの世話をしてくれるなら歓迎しますが……専属メイドについてはお断りします。そのような余裕はありません。また、もし領民たちに何か不埒なことをした場合、即座に罪を問わせていただきます」
父さんを特別扱いしては、シレジアの秩序が保てなくなる恐れがある。これが妥協点だった。
「なんだと!? 育ててやった恩を忘れおって! ワシはこの国を守ってきた王宮テイマーだぞ! このワシに、お前の配下の有象無象どもと同じ立場で働けというのか!?」
「その通りです。お嫌ということでしたら、申し訳ありませんが、話はここまでです」
「な、なんという親不孝者だ!? ワシは引退したら、巨乳メイドハーレムを作ると決めていたのだ! 毎日、おっぱい、おっぱいして暮らすのだ! 息子なら父の夢に協力せんかぁああああ!?」
父さんは大声で怒鳴り散らした。
「あちゃ〜、終わっているわね、この人……」
「……人は窮地に陥ると本性が出ると言いますが。これが元王宮テイマーたるお方なのですの? なんとおぞましい」
ルディアが天を仰ぎ、アンナ王女が軽蔑しきった顔をした。
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