100話。王宮の晩餐会で、軍神と称えられる

 その夜、晩餐の広間で、呼び出しの衛士が僕たちの来訪を告げた。


「シレジアの領主アルト・オースティン伯爵閣下、及び豊饒の女神ルディア様のおな〜〜り〜〜!」


「おおっ! 今夜の主賓がご到着されましたぞ!」


 僕たちがパーティー会場に足を踏み入れたとたん、大勢の貴族たちに取り囲まれた。


「オースティン卿! この度のヴァルトマー帝国との戦いの勝利、誠におめでとうございます! 一騎当千とは、まさにオースティン卿のためにある言葉ですな」


「まさに、アルト殿こそ我が国の新しき英雄と呼ぶにふさわしいお方です! 実は私はアルト殿のお父上に昔、良くしていただいたことがありまして……」


「アルト殿が開拓されているシレジアは、人が集まってきて大変な賑わいようだとか! 戦上手なだけでなく、統治者としても一流とはあやかりたいものです!」


「ちょっ、ちょっと、みなさん……!」


 貴族たちは、僕に怒涛の賞賛を浴びせてくる。

 中には、『英雄』『アルビオンの軍神』などと無茶なあだ名で、僕を呼ぶ者もいた。


「アルト、大人気ね。私も婚約者として鼻が高いわ!」


 ルディアも貴族たちから褒めちぎられて、得意になっている。


「ほうっ、これは美しい! あなた様がアルト殿の婚約者ルディア殿ですな。これほど美しいご令嬢の愛を勝ち取られるとは。なんともアルト殿がうらやましい!」


「そうでしょう、そうでしょう!」


「しかし、豊饒の女神というのは……?」


「アルトのスキル【神様ガチャ】は、神を召喚して使い魔にできるのよ。私は豊饒の女神ルディア、その人よ。わかった?」 


「はぁ?」


 ルディアの自己紹介に、みな面食らっていた。


「ガチャに課金する100万ゴールドをお布施してくれれば、あなたたちにも豊饒の加護を与えてあげるわよ。それなりに疲れるんで先着2名様、今年の収穫限定になるけど」


「おい、変な宗教みなたいに思われるから、止めてくれ」


 僕は慌ててルディアを止める。

 今夜はルディアの社交界デビューであり、第一印象で変な娘だと思われるのは避けたかった。


「オースティン卿! よろしければ、私の娘を侍女として使っていただけませんかな!? かなりの器量良しですぞ!」


「実は私の息子は、テイマー系のスキルを創造神様より頂戴しまして。オースティン卿の元に奉公に出したいのですが、いかがでしょうか? 息子はオースティン卿のことを深く尊敬しています。どうかコキ使ってくだされ!」


 あいさつの言葉が一段落すると、貴族たちは、自分の息子や娘を僕に紹介しようと躍起になる。

 こんな扱いは受けたことがないので、困惑してしまった。


「ありがたいお申し出です。よく検討いたしますので……」


 下手に貴族の子弟を引き取ると、その家との関係が発生するので面倒なことになる。

 侍女はリリーナがいるので間に合っているし、テイマーはゴブリンを育成したり、ダークエルフから募ろうと考えていた。

 ここは、うまくかわさなくては……


「うん! 美味しい! アルト、これ美味しいわよ!」


 ルディアはテーブルに並べられた焼き立てパンを頬張って、にっこりしている。

 テーブルの上には、豪華な料理が並べられ、食欲をそそる香りを放っていた。


「あっ、これも! これも! このジュースも美味しいぃいいっ!?」


 容姿だけは、ため息が出るほど美しいが、ルディアはまるでマナーがなっていない。

 あちこちから失笑が出た。


「アルト、コレ後で容器に詰めて、村に持って帰りましょう!」


「ルディア、頼むから自重してくれ。教えた通り、ニコニコ笑って『ご機嫌よう』って、あいさつしてくれれば良いから……!」


 僕は慌ててルディアに耳打ちする。

 やっぱりルディアは宮廷の礼儀作法など、まるで理解していなかった。


「あんな程度のお方が、私たちを差し置いてアルト様の婚約者ですの?」


「あれなら、私の方がよっぽどアルト様にふさわしいですわ!」


 案の定、貴族のご令嬢たちが厳しい目を向けてきた。

 これはマズイな……


「事前に説明したけど、ルディアが僕の婚約者にふさわしくないなんて噂が立つと困るんだよ」


「えっ! も、もしかして、食事もしてはマズかったの!? ……わかったわ、ご機嫌よう!」


 ルディアは慌てて取り繕うかのように、笑った。


「ハハハハッ。元気な婚約者殿で、結構、結構! それにしても、中庭にいる屈強なドラゴンたち。あれが噂のシレジアのドラゴン軍団ですな。なんとも頼もしい。あれだけの戦力があれば、ヴァルトマー帝国など恐れるに足りませんな!」


「まさしくその通り!」


 バハムートは実体化を解き、魔竜と飛竜たちは、中庭でモンスターフードを食べさせていた。

 王宮のパーティーに招かれた貴族は、全員その威容を目の当たりにしている。


「魔竜たちは同盟を結んだダークエルフの女王イリーナから譲ってもらいました。餌代がかかりますが、もう何頭かテイムするドラゴンを増やしたいと考えています」


「なんと! さらなる戦力強化ですか!?」


「アルト様は、まさに歴代最高のテイマーでいらっしゃいますわね! よろしければ、ドラゴンについて、もっと詳しくお聞きかせいただけませんか?」


 美しい貴族の少女が、僕に水を向けてきた。

 モンスターに関する話題なら、大歓迎だ。


「そうですね。魔竜に関しては、まだ生態がよくわかっていない部分があるのですが。休憩をはさまずに、シレジアから王都まで飛ぶことのできる体力は驚異的です」


「興味深いお話ですわ、アルト様! こちらのお酒は私の領地で生産されたものなのですよ。ぜひ、ご一献いかがでしょうか?」


「ダークエルフに勝利し、その女王を心服させてしまったお話も聞き及んでおりますわ! 武勇に優れているだけでなく、外交手腕も天下一であられますのね!? 素敵です!」


「いや。ちょっと……!」


 いつの間にか貴族の少女たちが、僕に群がってきていた。


「ちょっとアルト。なにデレデレしているのっ!?」


 ルディアが僕の耳を引っ張った。

 おい、痛いんだけど……!


「あらあら、みなさんアルト様が困っておいでですわよ」


 アンナ王女が侍女を引き連れてやってきた。彼女はバラのような赤いドレスを着て、実に可憐だった。

 みな一斉にアンナ王女のための道を開ける。


「アルト様、よろしければ、わたくしと一曲踊っていただけませんか?」


 ルディアがムッと眉間にシワを寄せる。

 貴族たちがざわついた。

 夜会ではパートナーがいる場合、パートナーと最初に踊るのが常識だ。そこに割り込むとは、公然と宣戦布告したようなものだ。

 僕は話題をそらすことにした。


「アンナ王女殿下、その前にご提案したいことがございます。王国の利益にもなることです」


「まあ、それは素敵な提案ですわね。何かしら?」


「僕が連れてきたドラゴンたちに、シレジアで採れた作物や作製した武器などの荷物を運ばせて、王都や他の街で売りたいのですが、ご許可願えないでしょうか?」


 僕が合図すると近衛騎士がアンナ王女に、鞘に入った鉄の剣を差し出した。

 パーティー会場への武器の持ち込みはご法度なので、帯剣を許可されている近衛騎士に協力を頼んだのだ。


「これは鍛冶の女神ヴェルンドが作製した剣です。素材は鉄ですが、魔竜にもダメージを与えられる逸品です」


「まあっ……! 噂にお聞きしておりましたが、帝国の脅威がある現在、これほどの武器が手に入るのは、ありがたいですわ。もちろん、許可いたします」


 アンナ王女は声を弾ませる。


「おおっ! アルト殿が例の王都魔竜襲撃事件を解決した際に使われた武器ですな? 我が近衛騎士団でもぜひ使わせていただきたいです!」


 近衛騎士団長が、興味深そうにアンナ王女が手にした剣を見つめた。

 騎士団が買ってくれるなら、冒険者相手に商売をするより堅実に儲けられる。


「ありがとうございます。よろしければ、お集まりいただいた貴族のみなさんの領地とも、ドラゴンを空輸に使った商取引を行いたいのですが、いかがでしょうか?」


 僕は居並ぶ貴族たちに声をかけた。

 貴族が集まる王宮のパーティーは、シレジアを発展させる施策を打つ絶好のチャンスだ。

 貴族たちに取り込まれないようにしつつ、シレジアの利になる手は積極的に打たねばならない。


「これはぜひにも! ドラゴンたちは一度にどれほどの量の荷を運ぶことができるのでしょうか? できれば、我らの領地の特産品をシレジアや他領に大量に運ぶことができれば、ありがたいのですが……」


 利に聡い貴族が、さっそく申し出てきた。

 ドラゴンを使った空輸で、一度に大量の荷物を運べるのは圧倒的な利点だ。荷馬車を使った場合、モンスターや山賊などに襲われるリスクがあるけど、ドラゴンならその心配はない。

 低リスクで、ハイリターン。ドラゴンを使った運送業は当たると考えていた。


「ありがとうございます。ドラゴンたちを空輸にお貸しする場合は、リース料をいただきます。料金は、輸送した品の1割ほどです。

 詳しいことは、シレジアの財務担当大臣に説明させます。【どこからでも温泉宿】!」


 僕は女神クズハのスキルを発動させた。

 パーティー会場に、『クズハ温泉』と書かれた木造の門が出現する。

 皆が言葉を失う中、門をくぐって、一部のスキもなくメイド服を着こなしたリリーナがやってきた。


「お初にお目にかかります。アルト様にお仕えする侍女。シレジアの財務担当を仰せつかっております、リリーナと申します」


「えっ? な、なんでしょうか、これは……?」

 

 クズハ温泉の門が消えると、アンナ王女を初めとする会場内全員の注目がリリーナに集まった。


「これは【神様ガチャ】で召喚した温泉の女神クズハの新スキルです。どこからでも温泉宿に帰れる転移ゲートを発生させることができます」


「はい。我が主、アルト様は召喚した神々や神獣のスキルを継承して使うことができます。皆様には、そのひとつをご披露いたしました」


 リリーナが上品な所作で一礼する。


「な、なんと……! 外れスキルなどとはトンデモナイ! オースティン卿の【神様ガチャ】は、まさしく前代未聞の神スキルではないか!?」


「ま、まさしく! 空間転移スキルだけでも凄まじく有用ですが、これ以外にも神がかったスキルをお持ちであるとは!?」


 貴族たちが、僕を驚愕して見つめた。


「じゃあリリーナ、シレジアとの商取引やドラゴン運送業についての説明を頼むよ」


「はい、アルト様!」


 ドラゴン運送業については、今朝思いついたばかりだが、詳細についてはすでにリリーナと話し合っていた。

 【どこからでも温泉宿】を使えば、瞬時にアルト村にいるリリーナを呼び出すことができる。


「ドラゴン運送業……これがもし実現して本格的に運用されれば、我が国の経済は飛躍的に発展しますわ!」 


 アンナ王女が、感嘆の声を上げた。


「やはり、アルト様は一領主の器ではなく……王者の資質をお持ちなのですね」

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