98話。神の力で国王陛下を救う

 僕たちはアンナ王女の案内で、国王陛下の元に向かった。

 片手抱っこしたアンナ王女を入室前に下ろすと、アンナ王女はなぜか不満そうな顔をする。

 ルディアがアンナ王女に対して、ずっと怒りのオーラを放っていて、気が気ではなかった。


「……これは久しいなアルト殿。いやオースティン卿。救国の英雄をお迎えできて、光栄だ。この度は、我が国をヴァルトマー帝国の侵略から守っていただき、感謝の極みだ」


 寝台に横たわった国王陛下が笑顔で迎えてくれた。やつれて顔色が悪い。

 宮廷魔導師が代わる代わる治療に訪れているらしいが、回復魔法はあくまで対症療法で、病気を根治することはできない。


「いえ、僕は王国貴族としての務めを果たしただけです。それに国王陛下に少しでも御恩返しできたのでしたら、これに勝る喜びはありません」


 僕は一礼する。

 王宮テイマーとして働いていたころ、モンスターたちの世話に必要な物資などを、国王陛下にはずいぶんと融通していただいた。


 モンスター軍団を、国王陛下が国の守りの要だと考えてくれていたおかげだ。

 だから、モンスターたちが暴走して王宮を破壊して回る事態になってしまったことが悔やまれた。


 その爪痕は王宮のいたるところにまだ残っている。そのことが国王陛下に大きな心痛を与えてしまったのは、想像にかたくない。


「そう言ってくれるとは、ありがたい。オースティンのお家騒動といえ、そなたのような勇者を王宮から追放してしまったことが悔やまれる……オースティン卿、このワシを許してくれるか?」


「もったいないお言葉、身に余る光栄です。では、お約束通り陛下のご病気を治癒させていただきます」


 僕は国王陛下の寝台に近づく。

 国王陛下の手に触れながら、ルディアから継承した究極の回復スキルを使った。


「【世界樹の雫】!」


 その瞬間、国王陛下の顔に生気が戻る。


「おおっ……な、なんと、これは!?」


 国王陛下は寝台から跳ね起きた。

 控えていた宮廷魔導師や近衛騎士が、度肝を抜かれる。


「陛下!?」


「よい。大事ない。これが噂に聞く豊饒の女神ルディアの力であるか?」


「御意にございます、陛下」


 僕は片膝をついた。

 国王陛下は両手を開閉したり、身体を捻ったりして、調子を確かめていた。


「おおっ、なんと素晴らしい! 20年は若返ったくらいに力がみなぎってくるぞ!」


「バカなぁ!? 宰相からの報告では、起き上がれぬほどの重症だったハズだ!」


 陛下の見舞いに同行したダオス皇子が息を飲む。

 国王陛下の容態について、帝国は短期間でかなり詳しく知ることができているようだ。

 やはり、これは睨んだ通りみたいだな。


「ありがとうございます、アルト様! これで我が国は救われましたわ!」


 アンナ王女が感激に身を震わせた。


「ダオス皇子、あなたとの縁談はこれで正式にお断りさせていただきます。敗軍の将として、和平交渉が終わるまで地下牢でお過ごしくださいませ」


「なんだと!? 待てぇええ! この俺は帝国の第2皇子なるぞ!」


 ダオス皇子を近衛騎士たちが、両脇から拘束する。

 これで、もはやダオス皇子が皇位継承戦で勝つ見込みは0だろう。アンナ王女は仕返しとばかりに、攻撃的な笑みを浮かべていた。


「これで憂いは完全に無くなった! オースティン卿はこのワシの恩人、救国の英雄である! そなたには何か恩賞を与えねばなるまいな。できれば娘を、アンナを嫁にもらってはいただけぬかな?」


「はぁ? い、今なんと……?」


 国王陛下の言葉に、僕は耳を疑った。


「ああっ! お父様、それは良いお考えですわ! それではさっそく今夜のパーティーで、わたくしとアルト様の婚約を発表いたしましょう!」


 アンナ王女が僕にしなだれかかってくる。

 えっ? なんだこの強引な話の流れは。

 何か国王陛下とアンナ王女は、事前に示し合わせている感じがした。


「いえ、そのお話は、婚約者がいると、ハッキリとお断りしたハズ……」


「ちょっと国王様、私の力で助かっておきながら、私の恋路の邪魔をするなんてどういうつもり? 恩賞はガチャに課金するお金が良いわ! それ以外はノーサンキューよ!」


 ルディアが怒り心頭で、国王陛下の前に立つ。


「おおっ! そなたが、豊饒の女神ルディア殿か? もちろん、そなたにも恩賞を与えようぞ! 恩賞は金が良いと? していかほど? そなたには、涙を飲んでもらうのだ。いくらでも用意しようぞ!」


 国王陛下の目が、獲物を狙う鷹のように光る。


「SSRの神様が当たるまで【神様ガチャ】を回せるお金が欲しいわ。最低でも100万ゴールド。出現率3%だから、最大で3400万ゴールドよ! もちろんこれは計算上で、5000万ゴールド突っ込んでも出ない時は出ないわ! その時は出るまで課金よろしくね!」


「はぁ? い、いやそれはちょっと国が傾きかねない金額だのう……」


 国王陛下が顔を青ざめさせた。


「な、なんとがめつい娘だ! この俺もびっくりだぞ!」


 近衛騎士に縄をかけられるダオス皇子までも、ドン引きしていた。


「それと、恩賞とアルトと別れろという話は別だから、そこのところよろしく!」


「お、おい、ルディア、いくらなんでも吹っかけ過ぎだぞ」


 ルディアが暴走しそうになっていたので、慌てて止める。

 しかし、SSRを確実に出そうとしたら、こんなにお金がかかるのか。【神様ガチャ】って、やっぱり結構怖いな……


 確率3%とは、一億回ガチャを回しても、次に回すときにSSRが出る確率は3%ということだ。

 つまり、いくら課金してもSSRが出ない可能性もある。ガチャに注ぎ込むお金は青天井となるのだ。


「ルディア様、それはむちゃくちゃでは……」


 アンナ王女も顔を引きつらせている。


「むちゃくちゃ言ってるのは、王様と王女様でしょう!? 私というれっきとした婚約者の前で、アルトと結婚しようとするなんて。ケンカを売っているということよね?」


 ルディアが足を踏み鳴らすと、床を突き破って、大樹が生えてきた。


「なにぃいい!? なんだ、この大木は!?」


「私は植物を操る力を持っているのよ。この城を植物だらけのジャングルに変えるなんて、わけもなくできるわ」


 ルディアの脅しに、国王陛下と王女殿下は血の気が引いていた。


「い、いや……さ、さすがにそれはのう」


「これが豊饒の女神の力……」


「ルディア、頼むから控えてくれ! 国王陛下、申し訳ありませんが、王女殿下との婚約については、なにとぞお許しください」


「わ、わかった!」


 国王陛下はコクコクと、高速で首を縦に振った。


「くぅ……!」


 アンナ王女は歯ぎしりする。


「国王陛下、恩賞は【神様ガチャ】に課金するお金100万ゴールドでお願いしたいと思います。これは僕とルディア、ふたり分の恩賞です」


 恩賞など必要なかったが、ルディアが吹っかけまくるのを防ぐためにも、妥当な金額をお願いした。


「……その程度であれば、すぐに用意いたそう。オースティン卿は、無欲であるな」


「アルト様、では恩賞をご用意する間、王宮に留まって、わたくしの護衛をしていただけないでしょうか?」


 アンナ王女が、僕に寄り添ってくる。


「帝国にこれ程まで早く情報が漏れたということは、この王宮内に裏切り者がいるとしか思えませんわ。

 そう思うと、わたくしは怖くて怖くて、夜も眠れません……ほら、こんなに胸がドキドキしていますのよ」


 アンナ王女は僕の手を掴むと、自らの胸に持っていった。

 えっ……

 あまりのことに僕は頭が真っ白になってしまう。


「はぁ!? ちょっと何をやっているのよ王女様!?」


 ルディアが目を血走らせるが、アンナ王女は構わずに続ける。


「今夜は、わたくしの寝室で、わたくしを一晩中、お守りしてはいただけませんか?」


「それは良い! 名案であるなアンナよ! オースティン卿いかがであろうか? しばらくの間、娘の護衛をどうかよろしく頼む!」


 国王陛下までもが、便乗して頭を下げてきた。


「国王陛下。護衛のためとはいえ、未婚の姫君の寝室に、足を踏み入れるというのは問題です。万が一にも間違いがあっては困ります」


 というか、まさか間違いを起こすのが目的なんてことはないよね? 


「それに、どうかご安心ください。裏切り者をあぶり出すための手は、すでに打ってあります」


「はい?」


 国王陛下とアンナ王女が、目を瞬いた。


 ガッシャーン!


 その時、窓ガラスを突き破って、ローブをまとった男が部屋に転がり込んできた。彼は何かを大事に抱えている。


「な、なにごとだ!?」


「マスター、帝国に情報を流していたのは、この者です」


 メリルがその後を追って、窓から飛び込んできた。

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