96話。王宮で英雄として熱烈に歓迎される

 神竜バハムートに乗って王都に向かう途中、飛竜たちも空の旅に合流してきた。


「ぐぉおおおん!(ご主人様のお供をぜひさせてください!)」


 飛竜たちには温泉客の送迎を頼んでいたけど、たまには息抜きも必要だろう。仕事ばかりでは疲れてしまう。

 僕は喜んで迎え入れた。


「いいぞ、一緒に行こう!」


「がぉおおん!(ありがとうございます!)」


 温泉の女神クズハに、心の中で語りかけて事情を説明しておく。

 僕と【神様ガチャ】で召喚した神々は、精神で繋がっているため、離れていても意思疎通ができた。


『マスター、わかりましたの! その代わり、クズハ温泉の宣伝、よろしくお願いしますの!』


「OK。って、たまにはクズハも休んだらどうだい?」


『ありがとうございますの! マスターにお気遣いいただけて感激ですの! でも、クズハは温泉宿経営が生き甲斐ですの』


 クズハは今回の王都行きも、温泉宿の宣伝の機会と捉えていた。

 その商魂のたくましさには脱帽だ。


「黄金のドラゴン、神竜バハムート! アルト・オースティン様のドラゴン軍団だ!」


「すげぇ、カッコいいぃ!」


 途中の街々で、僕たちは熱狂的な声援を受けた。

 神竜バハムートが、ヴァルトマー帝国のゴーレム兵団を壊滅させたというニュースは、すでに国中に広まっていた。この国の主要な街には、魔法通信ですぐにこういった情勢が伝わる。


「……なんというか、面映ゆいな」


「エヘヘっ、これは気持ちイイわね! 多分、王宮に着いたら、こんなモノじゃ済まない筈よ。なんていったって、私たちは王様を救いに行くんだものね」


 僕と手を繋いだルディアが微笑む。

 ルディアとメリルには、途中でこの旅の真の目的を伝えていた。


「マスター、王都に到着しました。周囲に敵影なし」


 僕の背中に張り付いたメリルが告げる。

 下には懐かしい王都の街並みと、美しい尖塔を備えた王宮の姿が見えてきた。

 バハムートに乗った僕たちは、半日も経たずに王都に到着できた。


「わぁああああああ!」


「英雄、アルト・オースティン様の凱旋だぁ!」


 王都の人々が手を振って、割れんばかりの歓声を送ってくれる。

 追放された僕が、英雄と呼ばれて王都に戻るなど、ちょっと前までは夢にも思わなかった。

 声援に応えるために、バハムートの上から手を振り返す。それに気付いた人々が、さらなる喝采を上げた。


「おわっ!?」


 これは心臓に悪いな。

 王都全体が揺れるような熱烈歓迎ぶりだ。


「みんな、ありがとう! シレジア名産のソフトクリームと、クズハ温泉をよろしくね!」


 ルディアが垂れ幕をバハムートから降ろした。


『1日たった5分浸かるだけで女神のような美しさに! シレジアのクズハ温泉!』


 という文字と、クズハがソフトクリームを手にしたイラストが書かれている。

 昨日、クズハと温泉宿の従業員たちが宣伝のために一晩で作り上げたモノだ。


 さらに、ルディアが空からビラを配りまくる。花吹雪のようにビラが王都に降り注ぎ、人々は、ワーッと喜んでビラを拾った。


 そこには『エルフの美貌の秘密を知っていますか? それはクズハ温泉に毎日浸かっているからです。ダークエルフの女王も絶賛! このビラを持ってくると入浴料20%オフ!』と書かれていた。

 うーん、後半は真実だけど誇大広告ギリギリのラインのような。

 エルフの王女ティオが、「クズハ温泉に入ると肌がつやつやになります!」と瞳を輝かせていたので、美容に良いのは間違いないだろうけど。


「うわっ! これでいっぱいお客さんが集まったら、またガチャに課金できるわね!」


「そうだな……」


 どっと地上から好意的な反響が返ってきて、ルディアはすっかり気を良くしていた。

 うかつにガチャに課金するとは言えないので、言葉を濁しておく。


「バハムート、あそこが王宮だ。中庭に着陸してくれ」


「承知した!」


 王宮の中庭は、美しい花々の咲き誇る花壇が広がっている。

 王宮は暴走したモンスターたちにメチャクチャに荒らされたと聞いていたが、だいぶ復旧が進んでいるようだった。

 ドラゴンたちに着陸の際、花壇を踏まないように指示する。


「おおっ! アルト・オースティン伯爵がご到着されましたぞ!」


「アルト様、遠路はるばる、ようこそおいでくださいましたわ!」


 アンナ王女が近衛騎士らを伴って、飛び出してきた。

 僕を歓迎する音楽隊のファンファーレが響き、騎士らは一斉に剣を掲げて最敬礼する。まるで国王にでも対するかのような歓迎ぶりだ。


「アンナ王女殿下、お久しぶりでございます」


 僕はルディアを抱えて、バハムートから飛び降りた。ルディアを地上に下ろすと、僕はアンナ王女の前に出て、ひざまずく。


「アルト様、あなた様こそ貴族の鑑、我が国の至宝です。どうか、これからもわたくしを助けてください」


 アンナ王女は右手の甲を差し出した。僕は、その手を取ってキスをする。

 これは王女への忠誠を示す行為だ。王女が手の甲にキスを許すのは、格別の信頼の証でもある。


「もちろんです。王女殿下がお困りの時は、たとえ地の果てにいようとも駆けつけます」


「ああっ、そのお言葉を聞くことができて、わたくしは天にも昇る気持ちですわ。ですが地の果てではなく、わたくしの隣で、わたくしをずっと支えていただくことは叶いませんか?」


 アンナ王女は潤んだ瞳で、僕を見つめた。

 えっ。これはもしかしてシレジアの地を捨てて、婚約者になって欲しいなんて意味じゃないよね?

 だとすれば、うかつにイエスとは言えない……

 家臣に忠誠を求める社交辞令の範疇でもあるので、僕は一瞬、固まってしまった。


「はじめまして、王女様。私は豊饒の女神ルディアよ。王様が危篤ということで、助けにきたわ」


 ルディアが腰に手を当てて、どこか挑戦的な態度で告げた。

 思わぬ助け舟ではあるけど、この言い方はマズイ。


「おい、ルディア。王女殿下に対して、その態度は」


「私は王女様の家臣じゃないし、助けに来てあげたのよ? そもそも女神である私が、人間に頭を下げるいわれなんて無いでしょう?」


 礼儀作法がわかると言っていたが、そもそもアンナ王女を敬う気が無かったのか?

 僕は密かに頭を抱えた。


「私という婚約者がいると知りながら、何度もアルトにチョッカイを出してきている時点で、かなーり頭に来ているのよね」


「おおっ、なんと美しいご令嬢でありますか!? あのお方がアルト様の婚約者とは、じ、実にうらやましい!」


 後から姿を見せた大臣たちが、ルディアの美貌に感嘆の声を上げる。ドレス姿のルディアは、神々しいまでに美しかった。


「そうでしょう、そうでしょう!」


 ルディアも腕組みして、調子に乗っている。


「はて? しかし、どこの貴族家ゆかりのお方でしょうか? 豊饒の女神?」


 近衛騎士たちの何人かは首を捻っていた。ルディアが女神であるという話は、あまり浸透していないようだった。

 信じろと言われても、なかなか難しいだろうしね。


「はじめまして豊饒の女神ルディア様、わたくしはこの国の第一王女アンナと申します。ご足労くださり、感謝申し上げますわ」


 アンナ王女は、ルディアに対して頭を下げた。

 近衛騎士たちがギョッとする。

 頭を先に下げるとは、相手を上位者として認めたということだ。

 王女がこのような態度を取るのは、国王か王太子、さもなくば他国の王族以外に有り得ない。


「き、貴様がアルト・オースティンか!?」


 その時、ダオス皇子が肩を怒らせながら、中庭に出てきた。

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