94話。魔竜をテイム。ドラゴン軍団の結成

 次の日、王宮に行くために、侍女のリリーナに身だしなみを整えてもらった。


「良くお似合いですよ。アルト様!」


 鏡の前に立って、正装をチェックする。金の刺繍が入ったジャケットやスラックスなどは、イヌイヌ族に頼んで調達した。

 彼らは、アルト村に服飾店も出店するつもりで準備していたらしく、ちょうどタイミングが良かった。


「ありがとうリリーナ、正装なんて久々だな」


 アンナ王女が催してくれるパーティーに参加するのに、あまり見苦しい格好はできない。


「まさか、アルトが王女様からプロポーズされていたなんてね。断ってくれて、良かったけど!」


 ルディアもいつもの露出度の高い格好から、清楚なドレスに着替えている。

 アンナ王女が僕に婚約を申し込んできたことを知って、ルディアは若干、不機嫌だった。


 無論、国王陛下がご病気で倒れたなどという話は、誰にも一切漏らしていない。帝国が再度、外交的な侵略を仕掛けてきていることも、下手に話せば不安を煽ってしまうために秘密にしておいた。

 みんなには、アンナ王女との婚約を回避したいことだけを話した。


「この私がついて行って目を光らせているから、その王女様には変なマネは絶対にさせないわ!」


「ルディア様……お気持ちはわかりますが、これは大変名誉なことです。王女殿下に、くれぐれも失礼のないようにお願いいたします」


 リリーナがお辞儀する。


「ルディアには、とりあえず黙ってニコニコしてもらえるのが一番ありがたいな……」


 口を開かなければ、ルディアはどんな貴族のご令嬢も霞むほどの美少女だ。


「ルディアのことは、僕の婚約者だと紹介するけど。あまり淑女にあるまじき言動をされて、そこを突っ込まれると困ったことになる」


 王宮への滞在を一泊だけにしたのは、ルディアがボロを出さないようにするためでもある。

 貴族は貴族と結婚するのが習わしだ。そこを突かれるとルディアは僕の婚約者にふさわしくない、といった話になる恐れがあった。


「ちょっと、私にも礼儀作法くらい分かるわよ? くふふふっ! 王宮のみんなに認められれば、私は晴れてアルトの正式なお嫁さんね!」


 ルディアは自信満々に言って、僕に腕を絡めてきた。柔らかい感触が押し付けられて、ドキッとしてしまう。


「礼儀作法がわかるって、本当なのか?」


 その時、爆音と共に地面が大きく揺れた。


「うわっ!? なんだ!?」


「きゃあ!?」


 転びそうになったルディアを抱きとめてから、何事かと窓から外を覗く。

 するとダークエルフの女王イリーナが、5頭の魔竜を従えて、空から着地してきたところだった。


「アルト様、お話は聞かせていただきましたわ。王宮に参られるのでしたら、供をつける必要があると存じます。この者らをしもべとして献上いたしますので、ぜひお連れください」


 イリーナは優雅に微笑む。

 バハムートに乗って王宮まで行くという話を、さっそく聞きつけたらしい。

 イリーナはアルト村が気に入ったらしく、ちょくちょく遊びに来ていた。ティオの作ったソフトクリームに舌鼓を打ったりして、すっかり馴染んでいる。


「いや魔竜5頭って、戦争しに行く訳じゃないんだし大げさだな……王都の人々が不安がるんじゃないか?」


「さすがアルト様は、ナマケルなどと違って、英明でいらっしゃいますね。でもご安心を。事前に王宮に先触れを出し、魔竜たちはアルト様の支配下にあると説明すれば問題ありません。

 むしろ、アルト様の軍事力を見せることで、ヴァルトマー帝国の侵略に怯える民たちを安心させることができると思いますわ」


 イリーナの言うことにも一理あった。

 この機会にダークエルフと友好関係を築いていることを、目に見える形で示すのも良いかも知れない。


 それに魔竜か……惚れ惚れするほどの威容だな。

 上位竜種をテイムすることは長年の憧れだった。今の僕なら、魔竜をテイムすることができるかも知れない。

 僕はさっそく窓から外に出て、魔竜に歩み寄った。


「グォオオオオン!(気安く近づくな人間! イリーナ様の命令で、虫ケラのお前らに手を下さずにいてやってるのだぞ!)」


 魔竜たちは、僕を恫喝するような咆哮を放った。

 気性はかなり荒っぽいな。


「アルト様を侮るとは……万死に値するわ」


 イリーナが魔竜たちを睨みつけると、彼らは縮み上がる。


「マスターに対する敵意を感知しました。殲滅許可をください」


 僕の警護役の神造兵器メリルが、手から青白いレーザーブレードを出現させて告げた。これはオリハルコンすら切断する恐ろしい武器だ。


「いや、構わない。モンスターを従えるなら、主人たる力量を示さなければならないからね」


 僕はクズハのスキル【薬効の湯けむり】を発動。自身の全ステータスを2倍にアップさせた。

 その瞬間、魔竜たちの目の色が変わる。


「【オメガサンダー】!」


 さらに巨神兵のスキル【オメガサンダー】を、空に向かって威嚇射撃した。

 これはスタン効果のある高威力の電撃だ。命中すれば、例え相手が魔王だろうと無事では済まないだろう。


「ぎゅおおおん!?(ま、まさかあなた様が、筆頭魔王ルシファー様であられますか!?)」


「がぉおおおん!?(神々や神獣すらひれ伏す、絶対の支配者!?)」


 魔竜たちは、一瞬にして僕の戦闘能力を見抜き狼狽をあらわにした。

 上位モンスターは無用な争いを避けるために、相手の力を見抜く感覚に優れている。


「その通りだ。今から君たちの主人は僕となる。異存はないか?」


 モンスターによって交渉の仕方は異なる。鼻っ柱が強いモンスターをテイムするには、上下関係を分からせるような強気の態度が有効だ。


「グォオオオン!(は、はぃいいい! 喜んで従わせていただきます! どうか何なりとご命令くだい、我らが偉大なる魔王様!)」


 魔竜たちは、頭を地面に降ろして服従のポーズを取った。


「うん、よろしく! ゴブリンたち、彼らに最高級モンスターフードを与えてくれ。出発前に英気を養ってもらおう」


「わかりました、ゴブ!」


 僕の指示で、さっそくゴブリンたちが動く。ゴブリンたちには、最近、モンスターの世話なども頼んでいた。

 魔族はみな優秀なテイマーとなる資質を備えている。

 いずれはゴブリンたちから、テイマーも育てたいと思う。


「さすがはアルト様です。一瞬で、魔竜を手懐けてしまわれるとは。かつてすべて種族の頂点に立たれた最強の魔王様のご威光は健在ですね」


 イリーナが感嘆の吐息をもらす。


「いや、そんなんじゃなくて。僕のテイマースキルも経験を積んでレベルアップしているからだと思う」


 ダークエルフや、彼らにテイムされているモンスターたちは、僕を魔王扱いしてくるので困る。


「これだけの魔竜と飛竜、さらにバハムートもいれば、シレジアのドラゴン軍団と呼べますね。アルト様の持つ戦力は、もはや一国にも匹敵するかと存じます」


 リリーナは魔竜を見上げて、目を丸くしていた。


「ギュオオオン!(うまい! うまい! こんなうまい食事にありつけるなんて、夢みたいだ!)」


「ガォオオオオン!?(こんなうまい飯が、もしかして毎日、食えるのか!?)」


 魔竜たちは、ゴブリンたちが運んできたモンスターフードをガツガツ食べる。

 モンスターたちが喜ぶ姿を見るのは、やっぱり楽しい。魔竜たちとも良い関係が築けそうだ。

 無論、懸念もある。


「魔竜はやっぱり、たくさん食べるな。リリーナ、あとでイリーナから話を聞いて餌代を試算して欲しい」


「はい!」


 シレジアも急激に発展しているけど、テイムしたモンスターも急増したために、餌代のような飼育コストが、かなりかかっている。

 なにか新しい産業を作りたいところだ。


 その時、頭に閃くことがあった。待てよ、この魔竜たちを使えば……

 アンナ王女にお会いした時に、相談してみようかな。


「ところでアルト、私、高所恐怖症なんだけど、バハムートで空を飛んで行くのよね? 落ちないようにギュッと抱き締めていてもらえないかしら!?」


 ルディアが慣れないハイヒールで、ヨタヨタ歩きながら、やって来た。


「ルディア様、そのお役目は私が行います。マスターの両手をふさぐことは、警護上、推奨できません」


 メリルが、ルディアを遮った。

 メリルにも、もちろん付いてきてもらう予定だった。


「私はアルトの婚約者よ! アルトだって、当然、私とイチャイチャしながら空の旅を楽しみたいわよね!?」


「……理解しかねます。そのような行為は、空からの滑落の危険度を増してしまうので、非推奨です」


 メリルが小首を傾げる。


「ぐっ……!?」


 ルディアはあからさまに肩を落とした。


「メリル、ありがとう大丈夫だ。ルディア、手を繋ごう。僕たちは婚約者という触れ込みで行く訳だしね」


 ルディアの熱烈アプローチはうれしい反面、困ってしまう。

 ルディアのことは好ましく思っているけど、だからこそ一時的な興奮で、一線を越えるような事態になりたくなかった。

 ルディアを安心させるためにも、手を繋ぐ程度の距離感が、もっとも良いと思う。


「て、手を繋ぐ……? えっ、い、いいわよ。何か初デートみたいで、逆にドキドキするわね」


 ルディアは、ぽっと顔を赤くする。

 あ、あれ、そんな初々しい態度をされると僕も意識してしまうじゃないか。


「初デートか……正装して一緒に夜会に参加するとなると、まさにそんな感じだね」


 貴族はパートナーとなる異性と、王宮の夜会に出る風習がある。ふたりが将来一緒になることを他の貴族に示すためだ。


「えっ! ちょ、ちょっと緊張しちゃうじゃない!? わ、私、ちゃんと踊れるかしら?」


 やっぱり、宮廷での立ち振る舞いなどルディアは良く知らないみたいだ。夜会でのダンスは、貴族の必須教養のひとつだ。


「僕がちゃんとエスコートするから大丈夫だ。ルディアは僕に身を任せて欲しい」


「う、うん……」


「アルト様、そろそろ出発のお時間です」


 リリーナがコホンと咳払いをした。


「そうだな。バハムートよ来い!」


 僕はカードを取り出して、神竜バハムートを召喚した。威風堂々たる黄金の竜が姿を表す。

 魔竜たちが、度肝を抜かれていた。同じ竜種として、バハムートの強大さが理解できるのだろう。


「行ってらっしゃいませ、アルト様! 留守はこのリリーナにお任せください」


「うん、行ってくる!」


 僕はルディアを抱きかかえて、バハムートの背に飛び乗った。メリルもその後に続く。


「きゃあっ!? 手を繋ぐだけかと思ったら、いきなり、はわぁあああ!?」


「いや、ハイヒールとドレスじゃ、バハムートの背には乗れないだろう?」


 ルディアは何やら赤面して慌てていた。

 抱き締めて欲しいと言っていたのに、いざ抱き締めたら、こんな反応をされるとは、ちょっと予想外だ。

 僕はルディアを降ろして、手を繋いだ。その僕の腰に、メリルが手を回す。


「万が一にもマスターが落下しないよう、私がお守りします」


「ちょっ! なんで婚約者の私を差し置いて、アルトに抱き着いているのよ?」


「マスターの警護役としての任務を果たしているだけですが?」


 メリルは目を瞬いた。


「メリルありがとう。でも、あまり強く抱き着かれると、む、胸が……」


「……?」


 柔らかい感触に、僕はドギマギしてしまうが、メリルは何のことかわからないようだった。


「くっううう! それなら私だって、アルトに抱き着いてやるんだから!?」


「いや、ちょっと待てぇ!」


 ふたりの美少女にサンドイッチにされて、僕は叫んだ。

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