92話。幕間。2000年前、女神ルディアのコンプガチャ
──2000年前。
世界は創造神が生み出したお布施集約システム【精霊ガチャ】によって繁栄の絶頂を迎えた。だが、ガチャに課金し過ぎて人生終了してしまった者を多く生み出し、魔王たちによる創造神への反逆を招いた。
「ルディアちゃん、お願い! お母さんとお姉ちゃんに会いたいの! ガチャに課金して!」
可愛らしい幼い少女が、ルディアに涙ながらに訴えた。
この幼い少女は【精霊ガチャ】の初回限定特典として、ルディアに与えられた水の精霊マリンだ。
マリンは家族と生き別れになってしまい、ずっと探しているという。マリンが家族と再会する唯一の方法は、【精霊ガチャ】で引き当てることだ。
「マリンちゃん!? ……だ、大丈夫よ、大地母神のお母様のクレジットカードを(無断で)借りて来たの。これでガチャを回せるわぁ!」
「本当!? ルディアちゃん、大好き!」
マリンが太陽のような眩しい笑顔で、ルディアに抱き着く。
そんな風にマリンに喜ばれると、ついルディアはデレっとしてしまう。
「うへっ、私もマリンちゃんが大好きよ!」
マリンとは何度も魔物討伐クエストなどを繰り返して、すっかり仲良くなっていた。
もはや、ルディアを豊饒の女神として信仰するエルフたちよりも身近で、かわいい存在である。
そのマリンが健気にも母や姉と会いたいというなら、どんな犠牲を払ってでも叶えてやりたかった。
しかも、マリンの家族をすべて揃えるとコンプリート特典として、SSRの精霊【深海の支配者ルルイエ】がもらえるというのだ。
そのためには、【精霊ガチャ】に課金しなくてはならない。
「……お母様、ご、ごめんなさい。あとで、ちゃんとお金は返しますから!」
ルディアはここにいない大地母神に、手を合わせて謝る。
ルディアは以前、何度か金貸しからお金を借りて、大問題になったことがあった。借金取りから逃げ回っていたら、母にも連絡が行って、しこたま頭を叩かれた。
もう借金はできないので、最後の手段として母のクレジットカードを借りたのだ。
『【精霊ガチャ】お正月キャンペーン開催!
今だけ限定の「精霊石100個+新春福袋ガチャ」(100万ゴールド)を購入すると「精霊石100個」と「新春福袋ガチャ」が入手できる!
「新春福袋ガチャ」は合計10連分が回せるお正月限定のスペシャルガチャ! 10連目にはSSRの精霊が必ずゲットできるぞ!
この機会にガチャを回して、一気にライバルに差をつけよう!』
ルディアの目の前に、【精霊ガチャ】のキャンペーン情報が光の文字となって表示された。
今はお正月キャンペーンで、精霊石の購入がお得となっている。SSR確定の新春福袋ガチャも魅力的だ。
その前は、クリスマスキャンペーンとかあった気もするが、とにかく課金するなら今がチャンスだ。
「よっしゃああああっ! 100万ゴールド課金よ!」
「ルディアちゃん! ありがとう! これできっとお母さんたちに会えるわ!」
マリンがバンザイして歓喜する。
ルディアは【精霊石100個+新春福袋ガチャ】を購入した。
そして景気良くガチャを回し続け、爆死することになった。
「……ああっ、そ、そんなぁ……」
ルディアは、がっくりと膝をつく。
目の前には、【精霊ガチャ】によって獲得した多数の精霊たちが出現していた。
しかし、目当ての精霊は一体もいなかった。
それもそのハズ。マリンの母や姉は超レアキャラで、出現率0.05%なのだ。これをコンプリートするなど、まず不可能だった。
「ルディアちゃん、私のために悲しまないで! ガチャを回し続けていれば、お母さんたちに会える日が、きっと来ると思うの!」
マリンの健気な潤んだ瞳に見つめられて、ルディアの心は激しく揺れた。
「うっ! マリンちゃん……!?」
次こそは、次こそは超レア精霊、マリンの母【水の女王オケアノス】が出る気がした。
「こ、こうなったら……もう一度、課金よ!」
「きゃーっ! ルディアちゃん、素敵ぃいい!」
これ以上、勝手にクレジットカードを使ったら母親から大目玉どころでは済まないだろうが……そんなことはルディアの頭から吹き飛んでいた。
ドォオオオオオン!
その時、突如ルディアの隣に、天から火の玉が落ちてきた。
「うきゃあ!? な、なにッ!?」
「……ルディアちゃん、大丈夫!?」
爆発が起きて、ルディアとマリンは地面に転がる。
見れば落下してきたのは黒ずくめの格好をした若い男性だった。全身を火に焼かれて、瀕死の重傷を負っている。
見知らぬ男性だが、ここは神々の住まう天界。なら、この男性も神に違いない。
「……あ、あなた大丈夫!? 【世界樹の雫】!」
ルディアは反射的に、究極の回復スキルを使った。
困っている者がいれば手を差し伸べなさいが、母親である大地母神の教えだ。
「……なっ!? き、傷が一瞬で治っただと!?」
男性は目を見開き、驚きに顔を歪めた。
「小娘、お前の力か? さては、名のある神か!? 俺を助けるとは、どういうつもりだ!?」
なぜか敵意のこもった口調で詰問されて、ルディアは仰天した。
なんて礼儀知らずだろうか、ここはビシっと言ってやらないと。
「私は豊饒の女神ルディアよ! 小娘って……ちょっと、あなた助けられておいて、お礼も言えないの?」
「礼だと? 俺がオマエなんぞに……?」
男性は顔を険しくする。
「そうよ。なによ、さっきから偉そうに!? 名前くらい名乗りなさいよ!」
男性はルディアの言っていることに一理あると思ったのか、鼻を鳴らした。
「ふんっ、まあいい。俺はルシ……いや、アルトだ。助かった。じゃあな」
「アルトね……てっ、ク、クレジットカードが無い!? これじゃガチャに課金できないじゃない!」
ルディアは手にしていたクレジットカードが無くなっているのに気づいて、泡を食った。
どうやら、アルトが落下してきた際の爆発で、どこかに飛んで行ってしまったらしい。
「……一言、忠告してやる。ガチャなんぞ、やめておけ」
立ち去ろとしたアルトが、足を止めた。
「あれは創造神が作ったこの世で最も邪悪なシステム。悪しき文明だ。お前のような小娘が、親のクレジットカードを無断で使って破滅なんてのは、今じゃ珍しくもない笑い話だ」
アルトは吐き捨てるように告げる。
「うっ……!?」
ルディアは言葉に詰まった。
だが、愛するガチャを否定されて、ムキになって反論する。
「あ、あなたは悲しい人ね! ガチャの喜びを知らないなんて。私はマリンちゃんと
出会えて、素敵な思い出をたくさん作れたわ。ガチャはみんなを笑顔に、幸せにする力なのよ! 悪しき文明なものですか!?」
「はぅっ!? ありがとう! 私もルディアちゃんと出会えて幸せだよ!」
「うわっ、マリンちゃん!? な、なんてかわいいのかしら……!? お母様にいくら怒られても構わないわ! 絶対に私がマリンちゃんの願いを叶えてあげる!」
ルディアはマリンと抱き合って、幸せを噛み締めた。
「……おい、お前、まさか親のクレジットカードをガチャの課金に使ったんじゃあるまいな?」
アルトが厳しい目を向けてきた。
「そ、そんなことないわよ!?」
「図星か……そんなに動揺して、わかりやすいな」
ルディアが脂汗を垂らしまくったのを見て、アルトがため息をついた。
「お前、そんなことをしていたらマジで破滅するぞ? 親が泣くぞ? ……ちっ、出血大サービスだ。因果を改変して、お前が親のクレジットカードを持ち出した過去を無かったことにしてやる。
もう絶対に、ガチャに課金なんぞするなよ?」
「因果の改変ですって? あ、あなたはまさか……」
そんな力を持つのは七大魔王の筆頭ルシファーしかいない。
創造神が作り出した、この世の光たるガチャシステムを奪い去ろうとする者。神々の敵対者。それが、目の前にいる男なのか?
「【因果破壊(ワールドブレイク)】!」
アルトがルディアの頭に手を乗せて叫んだ。
その瞬間、ルディアが親のクレジットカードを勝手に持ち出した事実が、歴史から抹消される。これこそ、最強の魔王の力だった。
過去が変わったことにより、【精霊ガチャ】で呼び出した精霊たちが、跡形もなく消滅した。
これでもうルディアが、母親から怒られることは無いだろう。
「……あなたは魔王ルシファーだったのね? 創造神様に逆らい、ガチャを否定し、この世のすべてを自分の思い通りにしようという傲慢の化身!」
「そうだ。じゃあな小娘。俺を助けたことは忘れろ」
アルト──魔王ルシァーは、そのまま立ち去ろうとした。
「待ちなさいよ! ガチャを悪しき文明と呼ぶなんて、許せないわ! いいこと? ガチャはこの世界を維持し、みんなを幸せにする力なのよ!?」
「はぁ?」
ルディアはアルトの腕にしがみついた。
「そのことを、あなたにこれから、みっちりと教えてあげる。これから、あなたのことはアルトと呼ぶわ。魔王なんて、辞めなさい!」
「いや、お前……まさか、まだ懲りずに課金するつもりか!? バカが、救いようのないガチャ廃神だな!」
「お母様のクレジットカードを勝手に使ったのは、た、確かに反省するけど……ガチャが善なる力だっていうのは、真実なのよ! 使い方、そう使い方さえ誤らなければ、ガチャは大きな喜びを与えてくれるわ!」
その時、天が割れて武装した天使たちが降りてきた。
「追い詰めたぞ、死ね傲慢の魔王!」
彼らは、手にしたクロスボウから光の矢を次々にアルトに向けて発射する。一発一発が致命的な破壊力を秘めており、大地に次々に大穴が穿たれた。
「ひゃあっ!? や、やめて、私のマリンちゃんが!?」
「ルディアちゃん!?」
天使たちの苛烈な攻撃は、ルディアとマリンにも無差別に降り注いだ。
「ちっ! 敵を殲滅するだけのデクどもが。ここに神の眷属がいるってのに見境なしかよ!?」
アルトが魔法障壁をルディアとマリンを覆うように展開して、光の矢を弾き返す。
天使たちは相当切迫しており、アルトを殺すことだけを考えているようだった。
「えっ? アルト、助けてくれたの?」
ルディアは目を瞬いた。身体の奥が、なぜか熱くなるのを感じる。
「……なっ、魔王め! 怪我が癒えて、魔力も完全に回復しているだと!? どういうことだ!?」
「隊長! あそこに豊饒の女神と思わしきお方がおりますが……まさか」
「裏切りか!? よ、よりにもよって魔王を助けただと!? ……大地母神様のご令嬢だとしても許せん! 即刻、処刑せよ!」
天使たちが、ルディアに明確な敵意を向けた。
「えっ……ちょっと待って、私は女神ルディアよ! あなた達の敵じゃないわ!?」
ルディアが慌てて名乗るが、天使たちは構わず攻撃してきた。
彼らは創造神の敵と見なした者に対して容赦しない。例え誰であろうと処断する権限を持つ。
「うきゃああぁ!?」
「クソッ! とにかくここから離脱するぞ!」
アルトはふたりの少女を抱えて、空に飛んだ。その速度は、天使たちの比ではなかった。景色が流星となって流れる。
「きゃぁあああ!? ちょっと、変なところ掴まないでよ!」
「おい、バカ、暴れんな!」
これがルディアとアルトの最初の出会いだった。
やがてアルトは、ガチャがこの世界を維持するための必要悪だと理解した。
アルトはすべての種族を支配し、みながガチャに課金し過ぎないように管理することで、この世界のバランスを保とうとした。
アルトは善政をしき、人々と魔物たちは、アルトを光の魔王と呼んで賞賛した。
そのために、アルトはガチャを完全否定する他の魔王たちと対立することになる。
それはルディアが、罪人として創造神に処断されるのを防ぐためでもあった。
そして、ルディアの2000年にも及ぶ恋が始まった。
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