91話。メリルが真の仲間となる
「ふが……! メ、メリル、息が……!?」
メリルに強く抱きかかえられて、僕は全身が熱くなるのを感じた。
強力な回復魔法が身体に浸透して気持ちイイけど……状況は地獄だ。
「何をされているのか? というルディア様の問いについてですが、マスターのお身体を洗って差し上げようとしていました。そのために、お腰の物を取っていただこうとしていました」
メリルが生真面目な口調で、ルディアに告げる。
「じょ、冗談ではなく、本気でそんな、うらやまけしからんことをしようとしていたなんて!? あ、あなた、頭がおかしいじゃないの!?」
ルディアは顔を真っ赤にして叫んだ。
「頭がおかしい? ……浴場は身体を洗う場所です。また貴族は、召使いに身体を洗わせる文化があると、データベースにはあります。
私の行動はTPO的に、なんら問題無いと判断します。ルディア様がなぜ怒っていらっしゃるのか、理解しかねます」
メリルは困惑したように眉をひそめる。
「問題ありまくりですの! 混浴風呂で殿方を裸にしようだなんて、犯罪ですのよ!?」
床に転がったクズハが、起き上がって怒鳴る。
メリルの持っている知識は、限定的で偏りがあるようだった。
なにより、彼女は自分がとても魅力的な女の子だということを自覚していないようで、非常に困る。
「とにかくメリル、僕の上から退いてくれ! 苦し……っ!?」
僕はメリルの背中をタップする。
息苦しい上に、このままでは再度、鼻血が噴き出してしまいそうだ。
「マ、マスター……申し訳ございません」
メリルはしゅんとした様子で、立ち上がった。
「アルト、大丈夫だった? よし! 私が代わりに身体を洗ってあげるわね」
ルディアが石鹸を持ってやって来る。
「えっ、ちょっと……」
ルディアを止めようとした時、青白い光が走った。
なんとメリルがレーザーブレードを出現させて、ルディアの水着を背中から斬ったのだ。ハラリと、裂かれた布地が床に落ちる。
絶句。
温泉内の空気が、完全に凍りついた。
「お待ちください。マスターに近づく前に武器を隠していないか、ボディーチェックをさせていただきます」
「きゃぁ、わわぁあああっ!?」
ルディアは悲鳴をあげてうずくまった。
どうやら怪我はしてないようだけど、これはヒドイ。
「おい、メリル!?」
「う、うーん。これは重症ですねマスター……豪快というか、なんというか」
ヴェルンドもあ然としていた。
「ひゃああっ! ルディアお姉様、今、タオルを!?」
クズハが慌てて、タオルを取り出してルディアに被せた。
「ありがとうクズハ! くぅうう……人前で、こんな恥をかかされるとは思っていなかったわ!」
ルディアは涙目になっている。
「ルディア様、再度の警告となりますが、私の許可なくマスターのお身体に触れないでください。マスターのお身体に触れて良いのは、私だけです」
そこにメリルが、さらなる追い打ちをかけた。
「あ、あんたね!? 一体、何様のつもり……!?」
ルディアが歯を剥き出しにして怒った。
メリルの言動は、もう完全にアウトだった。
「メリル、いいか? 良く聞いて欲しい」
僕はメリルに真摯に話しかけた。
「僕の警護のために、領地の仲間を傷つけるのは絶対にダメだ」
「……マスター、承服しかねます。それではマスターをお守りするのに支障が出ます。御身の安全こそが最優先です」
メリルは困ったような顔をした。
「僕の元にやって来てくれた時点で、メリルは大切な仲間だ。そんなに必死になって、役に立つことを証明しなくて良いんだよ」
「……役に立つことを証明しなくて良い?」
メリルはキョトンとした。
「そうだよ。例えば、ベースボールゴリラたちは、普段は好きな野球をして過ごしているんだ」
僕は温泉に浸かってうっとりしているベースボールゴリラを指差した。
「ベースボールゴリラたちが、幸せに生きていてくれれば、それを見た他の人たちも幸せになれる。だから、無理にがんばらなくても良いんだよ」
「……彼らはそうかも知れませんが、私は女神メーティス様に要人警護のために創造された兵器です。その任務を達成できなければ、メーティス様の顔に泥を塗ることになります」
メリルは顔を曇らせた。
「そうか。メリルは女神メーティスの期待に応えるために、がんばっている訳か……でも、ひとりでがんばらくても良いんじゃないか?」
「ひとりでがんばらなくても良い……? 理解しかねます。私の機能のすべてを24時間、最大限に使って、マスターをお守りすべきだと考えます」
「マスターのおっしゃる通りだ。メリルは、まるで刀剣を鍛えようと叩きすぎてダメにしてしまう素人鍛冶師のようだな」
鍛冶の女神ヴェルンドが、メリルの肩を叩いた。
「メリルはマスターを守ろうとして、マスターを害してしまっている。それでは本末転倒だ」
「……それは」
メリルは押し黙った。アルフィンの剣を折ってしまったこともあり、彼女にも自分の行動に問題があることは、わかるようだ。
僕は自分の考えをメリルに語った。
「ここにはアルフィンやヴェルンド、ルディア、他にも大勢の仲間がいる。彼女らと協力し合った方が、よりうまくいくんじゃないかな? その方が、女神メーティスも喜ぶと思う」
「そうよ。メーティスも、娘のあなたが友達をいっぱい作ったと知ったら、喜ぶと思うわ」
ルディアも立ち上がって同意してくる。彼女はタオルをうまく巻いて、身体を隠していた。
「メーティス様が、お喜びになられる? 本当でしょうか?」
メリルは意外そうに、目を瞬く。
「女神メーティスはメリルの創造主。親のような存在だろう? 親なら娘の幸せを願うハズだ」
「その通りよ。メーティスは究極の擬似生命体を作るんだって、ずっと工房に引きこもってがんばっていたんだから。あなたが幸せになってくれたら、メーティスもうれしいと思うわ」
ルディアがうんうんと頷く。
どうやら、ルディアは叡智の女神メーティスと、それなりに交流があったらしい。
「このままだとメリルは多分、みんなから孤立してしまうと思う。僕はそうなって欲しくない」
「そうね。私だから、まだ良かったものの。リーンやティオとかを裸にひん剥いたら、エルンストやイリーナが怒り狂うでしょうし。特にイリーナを怒らせたら、下手すれば戦争よ」
ルディアが腰に手を当てて告げた。
「それは、確かにまずいな……」
想像して、ちょっとブルッとした。
エルンストは妹を溺愛しているし、イリーナも異母妹ティオに対して強い親愛の情を抱いている。
「……理解しました。私の行動は争いの種をまき、マスターを逆に危険にさらしていたのですね。猛省いたします……」
メリルが殊勝に頷く。彼女は表情を暗くしていた。だいぶ堪えたようだ。
「癖が強い仲間には、慣れているから大丈夫だよ。なにより僕はメリルにも、僕の仲間になれて良かったと思ってもらいたいんだ」
実際のところ、ベースボールゴリラや審判タイガーのようなよくわからない嗜好を持ったモンスターや、凶暴な魔物たちと僕は多く接してきた。
その中で学んだのは、根気良く時間をかけて接すれば、どんなモンスターとでも仲良くなれるということだ。
そうやって通じ合えた瞬間こそ、最高なんだ。
だから、僕はどんなにメリルが失敗しても、彼女を見捨てたりはしない。
「……マスター、ありがとうございます。私の感情回路が、大きな反応を示しています……これは、とても暖かい」
メリルが微笑する。心なしか、頬を染めているように見えた。
「よし、それじゃ、改めてよろしく頼むよメリル!」
「はい。マスターからの命令(オーダー)、大勢の仲間と協力するを必ず遂行してご覧にいれます。それが、マスターとメーティス様の御心にかなうのであれば……」
メリルのことが、少しわかった。
アルフィンが父である剣神オーディンを誇りに思っているのと同様に、メリルも叡智の女神メーティスを敬愛しているんだな。
「さすがはマスター、私たちを束ねるにふさわしい器の大きいお方です。そんなマスターだからこそ、私も安心してついて行けます!」
ヴェルンドが満足そうに笑った。
「その通りよ! アルトはかつて、すべての種族を束ねた理想郷を建設しようとしたんだもの! 器は超大きいわ! 創造神様が【神様ガチャ】を与えたのもわかるでしょう!?」
ルディアが自慢げに叫んだ。
それは僕の前世の話か? 記憶に無いことを言われても困るんだが。
「……っ、マスター、ご報告いたします。魔王のダンジョンを探索していた私のゴーレムたちが、隠し階段を発見しました。そのまま、下層の探索も行いますか?」
メリルが突然、緊張した面持ちで告げた。
「えっ!? 早いな。よし、頼むよ」
「了解しました。全機、下層への探索に向かわせます」
思わぬ良いニュースが飛び込んできた。
ちょっと疲れたし、温泉に浸かりながら続報を待つとするかな。
「やりましたね、マスター! これでオリハルコンが見つかれば万々歳です」
ヴェルンドも手を叩いて喜んでいる。
「良かったわね! それじゃアルト、お祝いにパーティーしましょう!」
「マスター、その前に、気絶した従業員のみなさんを回復させて欲しいですの!」
クズハが僕に訴える。
「そうだな。ガインも伸びているし、メリル、回復魔法を頼めるか?」
「はい……お待ちください。ゴーレム全機、通信途絶。これは、撃破されたもようです」
メリルが深刻な表情になった。
地上最強のゴーレム7体を全機撃破だって? それはドラゴンでも難しいんじゃないか?
どうやら、隠し階層には一筋縄ではいかないモンスターが潜んでいそうだ。
……これは楽しみだ。未知の究極モンスターに出会えるかも知れないぞ。
僕はワクワクした。コミュニケーションが可能であれば、テイムにも挑戦したい。
「アルト様! こちらにおわしましたか? アンナ王女殿下が緊急の会談を求めています。ヴァルトマー帝国との件で、アルト様との婚約を発表しなければならなくなったと!」
「はぁ!?」
その時、近衛騎士のシリウスが血相を変えてやってきた。
「王女殿下との婚約は、お断りさせていただいたハズでは!?」
「ともかく、事態は切迫しているようです! 王女殿下が今すぐお話されたいと、通信を送ってきております。どうか、姫様を、いえ、我が国をお救いください!」
シリウスが、僕の前にひざまずいた。
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