87話。神造兵器メリルの力
「逃げずに良く来たわね、メリル! 大勢の前で負けて赤っ恥をさらす前に、降参したらどうかしら?」
アルフィンがメリルを得意顔で挑発する。
「……問題ありません。あなたの方こそ、降伏をオススメします」
メリルは大きくジャンプして、鳥のようにフワリとリングに降り立った。
冒険者たちがざわめく。戦闘の心得がある者なら、メリルの魔法使いとは思えない身体能力の高さが理解できただろう。
「へぇ~っ。多少はやるようね。まっ、後衛の魔法使いにしてはだけど」
アルフィンの目の色が変わる。改めてメリルに、警戒心を抱いたようだ。
「後衛? ……私は全環境対応型兵器です。前衛も後衛も完璧にこなすことができます。あらゆる危険からマスターをお守りすることができるよう、メーティス様に創造されました」
「魔法戦闘や射撃が得意な後衛職ではないの?」
会場に集まった人々が、ざわめく。
これには、僕も驚いた。
叡智の女神メーティスの関係者で、女の子ということから、てっきりメリルは魔法使いだと思い込んでいたのだけど……違うのか?
「まっ、何でも構わないけどね。我が流派【破神流】は敵がなんであれ残滅するわ。約束通り、メリルに先に攻撃させてあげる。私が攻めるのは、それからよ」
アルフィンは自信ありげに鼻を鳴らした。
「……理解しかねますが。アルフィンがそれで良いなら、了解しました」
メリルがコクリと頷く。
「それじゃあ、そろそろ始めようか。ふたりとも準備は良いかい?」
「「はい! 勝利をマスターに捧げます」」
僕が促すと、二人とも胸に手を当ててを敬礼を返した。
アルフィンは大太刀を抜いて、青眼に構えた。メリルも腰を落として、戦闘態勢に入る。
「メリルVSアルフィンの試合、開始!」
僕の掛け声と同時に、銅鑼が打ち鳴らされた。
ドゴワワワーーン!
メリルは床を蹴って、疾風のような速度で、アルフィンの周りを駆け巡る。
「早いっ! 目で追うのがやっとのスピードです」
解説役の魔剣士エルンストが驚愕した。
剣豪ガインも、口笛を吹いて賞賛を表す。
Sランク冒険者から見ても、メリルのスピードは尋常ではないらしい。
「制圧します。【魔法の矢】(マジックアロー)連続起動」
メリルは跳躍しつつ360度、全方位からアルフィンに光の矢を連射した。まるで豪雨のように、光の矢がアルフィンに降り注ぐ。
「はぁああああ──ッ!」
アルフィンは大太刀を振るって、【魔法の矢】(マジックアロー)をことごとく弾き返した。背中にも目があるかのように、死角から撃ち込まれる光の矢にも対応してみせる。
「ぉおおおおッ! すげぇ!」
観客たちから、歓声が上がった。
「メリル殿の魔法の技量は常識を超えています。無詠唱で、あれだけの速射を……! し、しかし、それを完璧に防ぎきるとは!?」
エルンストもふたりの試合に見入っていた。
ふたりとも達人をはるかに超えた領域にいる……
彼女らのどちらが護衛になっても、僕の命を狙うなど不可能に思えた。
こんなスゴイ美少女たちからマスターと崇められて護衛されると思うと、うれしいというか、多少、気後れするな。
「しかし、解せません。メリル殿のローブは、明らかに彼女の動きを阻害しているような……それでいて、ローブが魔法の威力もアップさせているかというと」
エルンストが首を捻る。
「くっ……」
何百発と撃ち込んでもヒットせず、メリルの顔に焦りが浮かんだ。
「あなたの攻撃がなぜ当たらないか、わかるかしら?」
余裕の表情で、アルフィンが解説しだす。
速度が鈍り、疲労が顔に出始めたメリルとは異なり、アルフィンは息をまるで乱していなかった。
「私は放たれる殺気から、魔法の軌道を読んで、そこに剣を置いているだけ。殺気を完全に消す、心月円明(しんげつえんめい)の境地に達しない限り、私の防御を崩すことは不可能よ!」
「なんと! さすがはお師匠様、それ程の高みに達しておられるとは!」
「アルフィンちゃん、すげぇええええ!」
剣神道場の門下たちが、やんやと喝采を上げた。
「そうでしょう! スゴイでしょう!? もっと褒めてぇええ!」
アルフィンは、もう勝った気も同然だった。満面の笑みで歓声に応えている。
「なるほど……はぁはぁ。まさか、これ程の防御力を有しているとは。想定外でした……」
一方で、動き回り【魔法の矢】を放ちまくったメリルは肩で息をしていた。相当、体力と魔力を消耗したようだ。
メリルは立ち止まって、攻撃を中断する。
「ふふふっ【分析(アナライズ)】で、私のステータスを閲覧したくらいじゃ、私の剣の深遠さは理解できないわよ? 勝負あったわね!
アルフィンちゃん、ごめんなさいぃいい! 弟子にしてください! と土下座するなら、許してあげるわ」
「残念ですが、私にも叡智の女神メーティス様の使徒としての誇りがあります」
メリルは息を整えながらも、負けを認めることを拒否した。
「その心意気や良し! それでこそ私のライバルよ。じゃあ、一撃で優しく気絶させてあげる!」
アルフィンは一足飛びに、メリルとの距離を詰めて剣を振り下ろした。
だが……
キィイイイン!
乾いた音と共に、アルフィンの大太刀が両断される。切り飛ばされた切っ先がクルクルと宙を舞って、地面に突き刺さった。
「なっ……!」
アルフィンが絶句する。
メリルの袖から、青白い光の刃が覗いていた。
「いかなる物質をも切り裂くレーザーブレードです。油断しましたね。剣神の娘」
「ブカブカの袖は、この光の刃を隠すためだったのね!? 疲れたように見せかけたのもブラフ!?」
ダークエルフの女王イリーナが叫んだ。
メリルはもう息を切らしておらず、涼しい顔をしていた。
「まさか、丸腰じゃなかったのか?」
僕も剣術の心得が多少あるが、メリルの動きは武器を持っているようには見えなかった。
武器を持っていれば、そこに意識が向くし、身体の重心が多少傾く。そうすれば、アルフィンには武器を隠し持っていることが、たちどころに見抜かれていたハズだ。
「はい、マスター。このレーザーブレードは、私の魔力によって生成されたモノです。携行の必要はなく、任意に出現させることができます」
メリルが特に誇るでもなく、淡々と説明した。
丸腰を装うことができるとは……スゴイことじゃないのか?
現にアルフィンは、見事に引っかかった。
「い、今の動きは……お師匠様と同じ、剣神の太刀筋のように見えましたが」
魔剣士エルンストが、驚愕の表情で尋ねた。それは、僕も気になった点だった。
「はい。私には、剣神オーディン様の剣技をトレースした剣術プログラムが実装されています。オリジナルには一歩及びませんが、剣を使った近接戦闘で私を圧倒できる者は、この地上では皆無でしょう」
僕は呆気に取られる。
「強力な武器と、最強の剣術。さらには魔法も使えるなんて、無敵じゃないか。どうして、メリルはレアリティSSRじゃないんだ?」
「そ、そうよね。この娘、強すぎだわ。ヴェルンドより強いじゃないの?」
ルディアがソフトクリームを片手に硬直していた。
「ルディア、それは聞き捨てならない。ドリルとパワーなら、私が圧倒的に上……だけど総合力では、ぐぬぬぬッ」
鍛冶の女神ヴェルンドも、メリルの強さを認めた。
「私のレアリティがSRなのは、私が神の一族ではなく、メーティス様に造られた存在にすぎないからです。【神様ガチャ】によって出現するキャラのレアリティは、より神としての位階が高い順にランク付けされています」
なるほど。バハムートのような圧倒的に強大な力を持つ神獣が、レアリティRなのは、そのためか。
バハムートは神としての位階が低いのだ。
「わ、私の命より大事な大太刀がぁ……!?」
アルフィンはショックのあまり、わなわなと震えていた。
「い、いや……まだよ。我が流派には、武器を失った時のための無手の型が……!」
数歩後退したアルフィンは、壊れた剣を手放して拳を握った。どうやら、素手で戦うつもりらしい。
以前、剣が無いと何もできないとアルフィンは語っていた。多分、精一杯強がって見せているのだろう。
アルフィンの表情は蒼白で、混乱の極地にあることがうかがえる。
「まだ闘志が衰えないとは、ご、ご立派です。お師匠様!」
魔剣士エルンストが、感銘を受けていた。
「お、お前らどうした!? 最後まで、アルフィンちゃんを応援しないか!?」
「そ、そうだ! アルフィンちゃん、がんばれぇえええ!」
固まっていた剣神道場の門下生たちが、決死の応援を再開する。
「アルフィン! お前はやればできる娘だ。最後まであきらめるなぁ!」
「みんな!? それにヴェルンド様も! はい!」
仲間と女神ヴェルンドからのエールに、アルフィンは元気に応える。
「このごに及んで、まだ降伏しないとは理解しかねます。剣を失ったあなたなど、脅威にはなりません」
メリルは、若干、困惑気味になっていた。
もうここで、試合を中止すべきかも知れないが……
「マスター、止めないでください! 我が流派に敗北の二文字はありません! 剣を失えば素手で、腕が動かなければ歯で相手の喉笛をかっ切る。それがお父様の教えです! それにみんなの声援が私にかつてない力を与えてくれるわ! てぇいややややぁ!」
アルフィンが突っ込んだ。
「……対象を無力化します【スタンボルト】発射」
メリルから放射状に紫電が飛ぶ。
これは巨神兵と同じスキルか。
雷光に撃たれたアルフィンは、悲鳴を上げて倒れた。
「立てぇぇ! 立つんだアルフィン!」
リングに駆け寄った女神ヴェルンドが叫ぶ。
「ワン! ツウー!」
二足歩行の虎型モンスター、審判タイガーが10カウントを数え始めた。審判タイガーは、審判をすることを生き甲斐にしているモンスターだ。
みんなが固唾を飲んでアルフィンを見守る。だけど【スタンボルト】を喰らったら、気合いとか根性で起き上がるのは無理だ。
「セブン! エイト!」
カウントが進む中、アルフィンはピクリとも動かない。
「頼む立ってくれ、アルフィン! 私だけじゃない! この会場のほとんどの者は、お前の勝利を願っているのだぞ! みんなの想いを、みんなの希望をお前は背負っているんだぁ!」
「そうだぁ! アルフィン、立ってくれぇれれ!」
「アルフィンちゃああああん!」
ヴェルンドの声援に、剣神道場の門下生だけでなく、多くの者たちが同調する。どうやらアルフィンが勝つと思って、大金を賭けてしまったらしい。
アルフィンが地上最強の剣士なのは、間違いない。それをこうも簡単に手玉に取るとは……メリル恐るべし。
「試合終了、がお!」
ついに10カウントが過ぎて、審判タイガーが腕を交差させた。
「勝者メリル!」
僕はメリルの勝利を宣言する。
「ありがとうございます。これでアルト様の警護役は、私ですね。身命を賭して、マスターを守護することを誓います」
メリルが微笑を浮かべた。
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