86話。剣と魔法、どちらが強いのか決定戦
その日の午後──
アルト村の中央広場に、円形の石畳によって作られた特設リングと、それを囲むように座席が設けられていた。
メリルとアルフィンの試合会場だ。
【剣と魔法、どちらが強いのか決定戦!】の横断幕がかかり、お祭り騒ぎになっている。
「急げぇゴブ!」
ゴブリンたちが座席を大急ぎで設置する中、続々と観客たちが集まって来ていた。
「アルト村の新名物マジックベリー酒、最大MPが上がるマジックベリー酒は、いかがでしょうかワン!」
犬型獣人イヌイヌ族の商人たちが、露店を出して商売に精を出している。
「マジックベリー酒、樽ごといただきたい!」
「ワン!? ありがとうございますワン!」
酒に目が無い女神ヴェルンドが、トンデモナイ注文をしていた。
彼女は樽を抱えて、一気飲みを始める。
「ぅおおお!? なんだ、あのねーちゃんは、すげぇ飲みっぷりだぞ!」
「うん! イイ酒ですね。さすがは、マスターが開発された新名物です。もう一樽!」
「ワン!?」
ヴェルンドが、僕に向かって手を振る。
さすがのイヌイヌ族も、その酒豪ぶりに腰を抜かしていた。
「ありがとう……って、これはまた予想以上に賑やかな催しになったね」
思わぬ盛況ぶりに、僕は目を見張った。
僕は領主のために用意された特別席に座っていた。
「はい。アルト様、この村には血の気が多い冒険者の方々が大勢やってきておりますので。このような闘技の催しは当たると考えて、日頃から準備しておりました」
侍女のリリーナがうやうやしく応える。さすがは財務担当大臣だ。彼女なりに、領地の財政を豊かにするために、考えてくれているらしい。
「アルフィンの剣技を目の当たりにすれば、剣神道場の門下生も増えるだろうしね」
「さすがはアルト様、慧眼でございます」
アルフィンの剣術は、神域の絶技だ。勝敗に関わらず、その技を目にした者は魅了されるだろう。
もっとも剣神道場に入門した後に、アルフィンのちょっとアレな性格を知って、幻滅されてしまう恐れもあるが……
「ぅおおおおお──ッ! アルフィンちゃん、がんばれぇえ!」
ごつい男たちが、『アルフィンちゃん命!』と書かれた応援旗を振って、野太い声援を送っていた。
彼らは剣神道場の門下生か?
どうやら、僕の心配は取り越し苦労だったみたいだ。
「みんな、ありがとう! 魔法使いなんて、剣士の敵じゃないことを証明するわ!」
アルフィンはリングの中央から手を振って、声援に応える。
アルフィンは僕と目が合うと、剣を掲げた。
「見ていてくださいマスター! 栄えあるマスターの護衛役は、剣神オーディンの娘たるこの私です!」
「うん、がんばって」
僕はアルフィンを激励した。
万が一、怪我をしても大丈夫なように、究極の回復スキル【世界樹の雫】が使える僕とルディアが待機している。
護衛役は、本当はふたりで仲良くやってもらえればと思うけど。当人同士が決着を望んでいる以上は、仕方がない。
「おっしゃぁああああ! マスターから応援してもらえたわ! やっぱり、私ってばめちゃくちゃ期待されているぅ!」
アルフィンはガッツポーズを取って、喜びを爆発させた。
「それにしても、アルフィンは人気があるんだな」
「その通りでございます。お師匠様は『剣神道場』の門下生たちから好かれております」
僕の隣に座った魔剣士エルンストが応える。
エルンストは剣と魔法、どちらにも造詣が深いので、解説役を頼んでいた。
「へぇ。てっきり暴走して、ハチャメチャをやらかしてるものとばかり思っていたけど。それなら、良かった」
剣神道場の運営については、気にかけていた。
「はい。その認識で間違いはございません。お師匠は、剣士志望相手にご自分の技を披露できるのが楽しくてたまらないらしく……正直、指導者としてどうかと思うのですが、そこがカワイイと人気になっておりまして。『剣神の娘アルフィンを暖かく見守る会』なるものができてしまっている程です」
「……指導者というより、アイドル的な立場ですね。アルフィン様の容姿は、とても愛らしくありますので。道場の入門者も増えております」
リリーナが補足する。
う、うん? 何か違った方向性で、門下生の心を掴んでいるようだ。
「それは道場としては大丈夫なのかな?」
ちょっと不安になった。
「はっ! 今のところ、問題はございません。お師匠様は、まじめに剣の稽古に励む者を激励なさってくださいますので。褒められた者は『アルフィンちゃんに褒められたぞぉおおお!』と、やる気倍増となっております」
エルンストはあくまで生真面目に答える。
アルフィンと門下生たちの双方が満足しているなら、良しと言えるか。これで、優秀な剣士が育ってくれると良いけど……
「おぉおおおおっ!? 私の門下生たちの声援によって、スキルがドンドン、レベルアップしていくわ!」
『アルフィンの信者が増えたことにより、アルフィンのスキル【剣神見習いLv552】が、【剣神見習いLv567】にレベルアップしました!』
システムボイスが、アルフィンのスキルが強化されたことを告げる。
神々は信者が増えるごとに、その力が増大する。アルフィンの場合は、信者が増えるごとに、スキルレベルが1上昇するみたいだ。
剣神道場の門下生たちは、試合に出るアルフィンを応援したことで、彼女の【信者】となったみたいだ。
これはアルフィンのスキルを継承している僕にも効果があり、剣技が5.67倍の威力で使えるようになった。
剣神道場の門下生を増やせば、領地の収益になるだけでなく、アルフィンも強化されるとしたら、かなり良いことだ。
「短期間で、どんどん強くなっていく私! しかもライバルとの試合直前に! 物語の主人公みたいだわ!」
アルフィンは得意の絶頂だった。
あまり、調子に乗ると足元をすくわれそうな気もするけど……
あれ? それにしても、対戦相手のメリルはまだ会場に姿を見せていないな。どうしたんだろう?
会場を見渡すと、領主の特別席のすぐ近くで、剣豪ガインがゴザを敷いて賭博を開いていた。
「さぁ、張った張った! 今のところ、オッズはアルフィンが7、メリルが3って、ところだぜぇ!」
冒険者は博打とケンカが何より好きだ。規制したところで、隠れて博打を開くだろう。なので、ガインには僕が公認した賭博を開催してもらっていた。
もちろん、収益は領地経営のために使う。これから領民も増えるし、魔王たちに対抗するために【神様ガチャ】にも課金しなくてはならない。
お金はいくらあっても足りなかった。
「しゃっああああ! アルフィンちゃんに全財産賭けるぜぇ!」
「俺も俺も! 剣の方が魔法より絶対に強いっての!」
アルフィンが有利と見て、彼女に賭ける人が多かった。オッズ比は7対3。アルフィンが10回中7回は勝つと、予想されている。
その理由は、ルールのひとつに『リングの外に出たら場外負け』があるからだ。
これは接近戦を得意とするアルフィンにとって、とてつもなく有利な条件だ。メリルは距離を取って戦うことが制限されてしまう。
「おっしゃあああぁ! 大儲けだぜぇ! 笑いが止まらねぇなぁ!」
ガインはご満悦だった。
彼は賭けの胴元をやれることが楽しくて仕方がないみたいだ。儲けの3%は、彼の臨時ボーナスにすると約束したら、えらい張り切ってくれた。
『アルトの大将に一生ついて行きますぜぇ!』とのことだ。
「叡智と魔法の女神メーティスの使徒だというメリルには、がんばってもらいたいところだけど……これは厳しそうね」
ダークエルフの女王イリーナまで、賭けの列に加わり、腕組みをして唸っていた。
「なぜですか? お姉様」
エルフの王女ティオが、狐につままれたような顔で尋ねる。
「剣と魔法、どちらが強いかは状況によるのよ。観客のいるこの状況下では、観客を巻き込むような広範囲攻撃系の魔法は撃てない。これだけで、大きなハンデだわ」
「なるほど!」
イリーナの解説に、ティオが手を打った。
「メリルがどんな能力を持っているかは知らないけれど……女神メーティスに創造されたというなら、おそらく魔法戦闘が得意なハズだわ。本人も射撃に徹すれば、確実に勝てると言って試合を受けたのでしょう? メリルにとって、何重にも不利な状況ね」
「おいおい、ダークエルフの女王さんよぉ! 余計なことを言うなよ、賭けが成り立たなるなるだろうが!?」
剣豪ガインが、不機嫌そうに頭をガリガリ掻く。
「そう。なら、私はメリルに10万ゴールド賭けるわ。これならどう?」
「「おぉおおおお──ッ!」」
豪胆に賭けたイリーナに、周囲から驚嘆の声が上がった。
「お姉様、勝算があるのですか?」
「もちろんよ。メリルが未だに会場に姿を見せないということは、何か秘策を準備していると見たわ。魔法戦闘は、事前の準備が明暗を分けるモノよ」
魔法戦闘に関して達人の領域にあるイリーナが、これだけのお金を勝算ありとメリルに突っ込んだのだ。賭け率も変わってくるだろう。
「さすがは女王様だぜ。度胸が違う。まぁ、アルフィンは剣の腕は立つが、おつむがアレだからな。ハンデとして、先に撃たせてやるとか抜かしている時点で、勝ち目は薄いと見ているぜ」
なんとガインもメリルが勝つと予想しているようだ。
もっとも彼の場合は、賭けを成立させるためのパフォーマンスの可能性もあるけど。
「ちょっと! あんた聞こえたわよ。誰のおつむがアレですって?」
アルフィンが頬を膨らませて、ガインを睨んだ。
「ふんっ! 剣豪などと呼ばれていても、しょせんは山賊まがいのことをやっていた邪道の剣士。最強の正統派剣士であるこの私の真価は、わからないようね!」
「剣神のお嬢様には、かなわねぇな。まぁ、せいぜい気張ってくれや」
ガインはアルフィンの罵声など、どこ吹く風だ。
その時、観客たちが大きくどよめいた。
「お待たせしました。叡智の女神メーティスの使徒メリル、ただいま参上しました」
中央広場に姿を見せたメリルは、身体の線が隠れるようなブカブカのローブをまとっていた。袖が広すぎて、両腕が隠れてしまう程だ。
これを用意していて、遅れたのか。
魔法使いの正装のようにも見えるが、アレでは動きにくくないかな?
メリルは特に気負った様子もない。クールとも言える表情だ。
「私がアルト様の栄えある警護役としてふさわしい力を持つこと、証明してご覧に入れます」
メリルは僕に向かって、深々とお辞儀をした。
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