84話。智慧の女神メーティスの使徒メリル

「ぬぁああああ──ッ! SSRじゃないなんてぇ!? しかも、知らない娘だわ!」


 ルディアが頭を、ゴンゴン床に打ち付けて悔しがっていた。


「ちょ、ちょっと、大丈夫か?」


「これはもう一度! もう一度、100万ゴールドを課金するしかないわ! リリーナ、お金を出してちょうだい! ガチャを回すのよぉおおお──ッ!」


「いや、しないから!」


「ルディア様、落ち着いてください!」


 目を血走らせて危ういことを叫ぶルディアを、僕とティオが取り押さえる。


「ルディア様。お金の管理は、このリリーナがアルト様から全権を任されて、責任を持って行っています。ガチャへの課金のし過ぎは、破滅への道です。どうか、ご自重ください」


 リリーナが、呆れ顔でルディアをたしなめた。


「ぅううう……ガチャを回せば回すほど、アルトは強くなって、領地は豊かになるのにぃ。メーティスの使徒じゃくて、メーティスそのものが当たって欲しかったわ……」


 ルディアは悔し涙を流していた。


「ちょっとルディア、この娘に失礼だろう? レアリティが何であれ、僕たちの元にやって来てくれたのなら、大切な仲間だぞ」


 僕はルディアを軽く咎めた。

 【神様ガチャ】によって召喚される神や神獣は、レアリティによってランク付けされている。だけど、それを理由に相手を軽んじたりするのは、絶対にしてはいけないことだと思う。


「あっ、そ、そうよね……ごめんなさい、無神経だったわ。私は豊饒の女神ルディアよ。よろしくねメリル!」


 ルディアは素直に頭を下げて、握手を求めた。

 メリルは特に気分を害した様子はなく、無表情で立っている。


「豊饒の女神ルディア様、データ検索……該当1件。メーティス様よりの評価は、胸が大きいだけが取り柄の、頭の悪いガチャ廃神。能力は……」


「ぬっあんですって!」


 ルディアがブチキレた。


「うぉ! メリル、空気を読まな過ぎだ!」


 僕は慌ててルディアを取り押さえる。

 メリルはキョトンとしていた。もしかして悪気は無いのか……


「え、えっと、メリル、キミは叡智の女神メーティスの関係者なのかい?」


 叡智の女神メーティスは、ヴァルトマー帝国が信仰の対象にしている程のメジャーな神だ。人間に、智慧と魔法を授けたとされている。


「はい、マスター。私は叡智の女神メーティス様によって作られた、要人警護用の全環境対応型兵器です。巨神兵の後継機に当たります」


 感情の起伏の乏しい声で、メリルは自己紹介した。

 全環境対応型兵器? 僕は首をひねった。


「マスターの警護だけでなく、生活全般のサポートをさせていただきます。私の能力で可能な範囲の命令(オーダー)には、すべてイエスとお答えします。どうか、何なりとお命じください。

 マスターのご命令に従うことこそ、私の存在意義(レゾンデートル)であり、最大の喜びです」


「う、うん? それはつまり、僕の言うことには、何でも従うということ?」


 僕の心臓が大きく跳ねた。メリルはとんでもない美少女だ。そんな娘が、何でも言うことを聞いてくれるだって?


「はい、マスター。もし、マスターが私に自害を命じられれば、即座に自害いたします。マスターの命令は、私の生命維持より優先されるべきものです」


「はぁ!? いや。そんなのは、ダメだ。そんなのは、奴隷と同じじゃないか!? もしメリルが嫌だ思う命令を僕がしたら、ちゃんと拒否して欲しい」


 僕は仰天して訴えた。

 ヴァルトマー帝国に虐げられていた奴隷たちを目にしたばかりだ。僕は他の誰かを奴隷のように扱うつもりは無い。


「か、かなり変わった娘ね……」


 ルディアが自分のことを棚に上げて呟く。


「……嫌だと思う命令? 理解しかねます。マスターを加害せよ、との命令以外は、すべて至上の喜びをもって遂行いたします。どうか、私に最初の命令(オーダー)をお与えください」


 メリルは礼儀正しく頭を下げた。


「う、うーん。命令しろと言われても。特にして欲しいことはないしな……」


 僕は困ってしまった。


「メリル様、アルト様の護衛をしていただけるのは、ありがたいのですが……アルト様の身の回りのお世話は、このリリーナの役目です。ご承知くださいますよう」


 リリーナが、どことなく怖い笑顔で釘を刺した。

 そう、僕の身の回りの世話は、リリーナがすへで完璧に行ってくれている。おかげで、毎日フカフカのベッドで眠れて、清潔な服を着ることができていた。

 ずっと昔から、僕の世話をしてくれていたリリーナは、僕が口に出さずとも、僕がして欲しいことはすべて行ってくれる。


「そうだな。悪いけどリリーナがいるから、生活のサポートは必要ないかな」


「はい! アルト様!」


 リリーナは満足そうに微笑んだ。


「理解しました。ではマスターの身の回りのお世話以外で、何かお役に立てることはないでしょうか? 警護の他にも、ひと通りのことができるように、私はプログラムされています」


 メリルは少し残念そうに頷く。


「うーん……まだ、メリルのことを良く知らないし。まずは、お互いのことを良く知ってから、何か役職に就いてもらおうかな」


 メリルは命令を与えて欲しいようだけど。彼女の能力や性格などを知らない状態では、何を頼んで良いかわからなかった。


「はい、マスター。お互いを知る。それが最初の命令(オーダー)ですね。メリルは持てる能力のすべてを使い、身命を賭して遂行いたします。それでは、これより72時間、マスターと片時も離れず寝食を共にいたします」


「うん? 寝食を共にする?」


 何か引っかかる物言いだった。

 その時、剣神の娘アルフィンが、鼻歌混じりにやって来た。


「マスター、剣術道場の稽古が終わったわ! ふふっーん、今日はこれからマスターの護衛に付きます!」

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