82話。名物マジックベリー酒の作製
「アルト、お帰りなさい! 思ったより、早かったわね。まっ、バハムートにかなうような軍勢なんて、この地上のどこにもいないでしょうけど」
バハムートとの精神同調を解いて、温泉に意識を戻す。目の前にルディアの顔のドアップがあって、びっくりしてしまった。
「ぶっ! ちょっと、顔が近い!」
「マスター! ルディアお姉様が、隙あれば、マスターにチューしようとするのを、アルフィンさんとふたりで阻止しておりましたの!」
「あ、暗殺者より、恐ろしい敵が身内にいたなんて驚きよ!」
クズハとアルフィンが、ルディアを両脇から抑え込んでいた。
「そうか、ありがとう。と、とりあえず、領民が増えることになったんで。財務担当大臣のリリーナに報告だな。彼らの家も用意しなくちゃならないし」
「その前に、私とお帰りなさいのチューでしょ?」
ルディアが唇を尖らせて、とんでもないことを言ってくる。
思わず、心臓がドキリと高鳴った。
「い、いや、しないから。って、周りの注目を集めまくっているでしょうが!」
他の温泉客が何事かと、こちらを見ていた。
みなさん、お騒がせしてすみません。
「アルト様、防衛戦を勝利で飾られたのですね。おめでとうございます。さすがは、アルビオン王国の守護神オースティンのご当主様でございます!」
誇らしげな侍女リリーナの声が響く。
見れば白黒のビキニに、ミニのエプロンスカートをしたリリーナが、お辞儀をしていた。
これはメイド服の水着バージョンか。ヤバい、とても魅力的だ。思わず、ゴクリと生唾を飲み込んでしまう。
「ちょっと、アルト、何デレデレしているのよ!?」
「痛っ!?」
ルディアがムッとした様子で、僕の耳を引っ張った。
「ルディア様、アルト様に何をなさるのですか!? アルフィン様、護衛なら危険人物から、しっかりアルト様を守ってください」
「は、はい、ごめんなさいっ」
リリーナの静かな怒気に、アルフィンが素直に謝った。
「こほん、気を取り直しまして……アルト様のご提案ですすめておりました名物の果実酒が完成しました。どうぞ、お試しください」
リリーナはグラスに入った赤色の酒を差し出す。
中には氷の塊が浮かび、水滴がグラスの表面を流れていた。キンキンに冷えていそうだ。これは氷の魔法使いリーンの仕事だな。
温泉で熱くなった身体に、冷えたお酒は最高に合いそうだ。
「おおっ、ありがとう。見た目もすごく、いい感じだね。これなら、売れるかも」
「あっ! 私が実らせたマジックベリーから作ったお酒ね! 美味しそう! いただきます!」
ルディアがグラスをひったくって、クイっと一口飲んだ。
「おっしぃいいい! はいアルト、間接キスよ!」
そして、僕にグラスを差し出した。
「そ、そうまでして、マスターとチューしようとするなんて。クズハは、ルディアお姉様を甘く見ておりましたの……」
「恐るべしルディア」
「ルディア様、さすがに悪ふざけが過ぎますよ」
クズハはあ然とし、アルフィンはドン引きし、リリーナはこめかみに青筋を立てていた。
「エヘヘっ、これはね、最大MPが少しだけ増える効果がある果物、マジックベリーから作ったのよ! 飲むだけで強くなれて、召喚師としてのアルトの力になるわ。ひくっ」
ルディアは顔を火照らせて、僕にしなだれかかってくる。
「お、おい、ちょっと……!」
「きっと、冒険者たちにバカ売れするわ! このお酒を売りまくったお金でガチャをガンガン回しましょうね! アハハハッ!」
「えっ、まさかルディア、酔っているのか?」
ルディアはいつも以上に陽気になっている。しかし、一口飲んだだけで酔っ払うなんて……
「村の新しい名物になると考えて、リリーナに特殊効果のあるお酒造りを頼んだんだけど……もしかしてアルコール度数が高すぎたかな?」
入浴中に飲酒すると、酔いが早く回るとも聞いたこともある。
安全対策を考えておいた方が良いかも知れないな。後で、クズハと相談しよう。
「そんなことにゃいわ。最高よ! あはっ、そうだ。いい事を思いついたわ! エヘヘっ、私が口移しで飲ませてあげるね」
「はぁ!?」
僕はぶったまげて、のけ反る。
「アルフィン様、成敗!」
「ひゃぁあ、もうルディア、止まりなさい!」
リリーナの呼びかけに、顔を真っ赤にしたアルフィンが、大太刀を抜いた。
ゴチンと、アルフィンは峰打ちでルディアの頭をしばく。
ルディアは「きゅぅ」と、うめいて湯船に沈んだ。
「あ、危なかった……」
「やーっ! もうルディアお姉様、マスターに無理やりチューしようなんて、無茶苦茶ですのよ!」
「わ、私もドン引きだわ!」
アルフィンが荒い息を吐いている。
「ルディア、大丈夫か? 悪酔いしたみたいだし……とりあえず温泉から出して、横にしないと」
僕はルディアの抱きかかえて、湯船から出した。温泉の従業員たちがやって来て、彼女を運び出してくれる。彼らに任せておけば、大丈夫だろう。
「それでは、みなさん、マジックベリー酒をぜひ、ご試飲ください。たくさん用意してあります」
リリーナが盆に入れた果実酒を運んで来てくれる。
居合わせた他の温泉客にも振る舞い、大好評だった。
「うん、おいしい! 熱い湯の中で、飲むとまた格別だね!」
程よい酸味と甘さに、僕は舌鼓を打った。なにより、この冷たさがたまらない。
この場に、酒好きの女神ヴェルンドがいたら、絶賛していただろう。
「これが最大MPが上がるという感覚!? 物理攻撃オンリーの私には不要だけど、悪くない快感だわ!」
「お酒×温泉で、クズハの温泉宿がまたリッチになりましたの! 極上、月見酒温泉ツアーとかしたら、お客さんがいっぱい来てくれるかも知れませんの!」
「アルト様に、ご満足いただけて何よりでございます。まずは、温泉宿のお客様にお出しできるようにしたいと思います」
リリーナが満足そうに微笑んだ。
「うん、頼むよ、リリーナ。量産できるようなったら、イヌイヌ族を通して、王都でも売り出そう」
「はい、すべてはアルト様のために!」
僕たちは、そのまま温泉に浸かりながら、マジックベリー酒を楽しんだ。リリーナとクズハがお酌をしてくれて、とても心地良いひとときだった。
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