81話。奴隷解放。領民が増える

 ダオス皇子を捕らわれ、ヴァルトマー帝国軍は呆然と立ち尽くした。やがて武器である魔導杖を捨てて降伏した。

 バハムートに向かって来ようとする者は、もはや誰ひとりいなかった。


「ぅおおおおお、助かったぞ……っ!」


 意外な歓声が上がった。目を向けると、檻に入れられたみすぼらしい格好の人々が、お互いに抱き合って感涙を流している。


「なんだ、コヤツらは?」


『……多分、奴隷階級の人たちだと思う。ヴァルトマー帝国は奴隷制度を敷いていて、奴隷からゴーレムを動かすためのМPを奪っているみたいだ』


 僕は王宮テイマーだったので、各国の事情にはある程度、通じていた。

 自軍が負けて喜ぶということは、よほど悲惨な目に合わされてきたのだろう。

 

 奴隷たちの何人かは地面に倒れて、虫の息だった。

 これはヒドイな……

 僕はバハムートを通じて、敵軍に指示を飛ばす。


「檻に入れている奴隷たちを解放しろ。奪ったМPをこの者たちに返せ。それが我が主の望みである!」


「はっ? ……な、なぜ、そのような?」


 敵兵は意味がわからないようで、面食らっていた。

 できれば敵の副官であるアイザックを通じて、こちらの要求を伝えたかったが、姿が見えなくなっていた。

 どさくさに紛れて逃げ出したらしい。


「ゴーレム兵を完全無力化するためだ。早くしろ。まだ戦いたいのか?」


 僕は武装解除の一環として、バハムートに居丈高に命じさせた。多分、こちらの方が響くだろうと考えてのことだ。


「ひっ! は、はい!」


 敵兵が慌てて、牢の鍵を開ける。

 奴隷たちが倒れているのは限界以上までМPを絞り取られたせいだろう。МPを返せば元気を取り戻すハズだ。


 よし、あとはダオス皇子をアルビオン王国軍に引き渡して終わりだな。

 皇子を返すことを条件に講和を結べば、もう帝国が攻めてくることはないだろう。


「お父さん! お願い、目を開けてぇ……!」 


 その時、奴隷少女の悲痛な叫びが響いた。

 奴隷たちは元気を取り戻しつつあったが、ひとりだけ危篤状態から戻らない男がいた。


「その者に回復魔法をかけろ」


 バハムートを通じて、敵兵に男を救うように命令する。


「は、はい!」


 すっかり従順になった敵兵が回復魔法を使うが、男の目は開かなかった。

 これはマズイな。回復魔法が効かないレベルまで生命力が衰えているようだ。

 だとすると回復薬を使っても効果が薄いだろう。


『バハムート、その男に近づいてくれ。【世界樹の雫】を使う』


「女神ルディアの力をこのような者に? ……承知した。それが我が主の望みであるなら」


 バハムートが男に手を伸ばす。

 少女が絶句し、恐怖に身をこわばらせるがあえて無視した。


『【世界樹の雫】!』


 バハムートの爪先より、小さな雫が滴り落ちる。

 それが男の顔で弾けた瞬間、男の意識が回復した。


「……あ、あれ、俺は一体? はぁ!? な、なんだこのバケモンは!?」


「お父さん!?」


「すげぇ、き、奇跡だ!?」


「我が主が温情をかけられた。感謝するのだな」


 バハムートが厳かに告げると、ようやく男は自分が助けられたことを理解したようだ。 


「あ、ありがとうございます……!」


「お父さん、神様は神様は本当にいたんだね!」


 少女は父親と泣きながら抱き合う。


「ああっ、まさか生き延びられるとは思わなかったぞ!」


 感動的な場面だが、さて困ったな……

 このまま彼らを国に返したら、再び奴隷として搾取されることは目に見えている。

 アルビオン王国軍に引き渡しても同じだ。多分、奴隷商人に売られるだろう。

 そこで、僕はこんな提案をすることにした。


「お前たちさえよければ、シレジアの地に来るが良い。シレジアの領主である我が主は、お前たちを迎えると仰(おお)せだ。無論、奴隷ではなく、権利を保証された領民としてだ」


 奴隷たちは呆然と、バハムートを見上げた。

 まだまだシレジアの地を開拓するための人手が足りていない。僕は彼らを領民として受け入れることにした。


「だか、シレジアは危険なモンスターのひしめく樹海の広がる土地だ。お前たちには危険を承知の上で、我が主の領地開拓を手伝ってもらうことになる。それでも良い者は、来るが良い。強制はせん」


 僕はシレジアの現状について、バハムートに正直に語らせた。

 良いことばかり並べ立てるのはフェアじゃないからね。

 奴隷たちは、しばらくポカンとしていた。


「……行きます! 俺たちを救ってくださったお方のお役に立てるなら、ぜひ行かせてください!」


「俺も、俺も! もう奴隷として生きるのはウンザリなんだ! 戦場に連れ回されて、命の危険ならここ以上のところはねぇ!」


「シレジアの領主アルト様に、我らはついて行きます! ぜひご恩返しさせて下さい!」


 奴隷たちは口々に叫ぶ。

 僕の申し出を断る者は一人もいなかった。


「わかった。ここからシレジアまではかなり遠いが、我が主は旅費を出すと仰せだ。我が主に仕えることができるとは、お前たちは実に運が良い」


「「はい!」」


 奴隷たちは賛同の声を上げた。

 ちょっと照れるな。バハムートも持ち上げ過ぎだ。


 やがてやって来たアルビオン王国軍にダオス皇子を預けて、僕は戦後処理を終わらせた。


「まさか、ダオス皇子を捕虜としてしまうとは……破格の戦果です。アルト殿こそ、まさに王国の救世主と呼ぶにふさわしいでしょう!」


 王国軍の将兵たちは感激し、僕を口々に褒め称えた。


「この者らを領民とされる? ……わかりました。馬車を用意させましょう。旅費を負担していただくなど、おそれ多い! 我が軍が責任を持って送り届けます!」


 指揮官が胸を叩いて請け負ってくれた。

 これなら安心だな。

 丘の上に、元奴隷たちの喜びの声が轟いた。

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