79話。ゴーレム軍団を神炎で薙ぎ払う

 雲を蹴散らして神竜バハムートが飛ぶ。

 ものすごいスピードで、地上の景色が流れていった。

 僕は召喚獣と精神で繋がっているため、意識を集中すればバハムートが見聞きしたことを感じ取ることができる。

 まるでバハムートに、魂が乗り移っているかのようだ。

 

『あれがドラゴンマウンテンだから……そのまま真っ直ぐ飛べばヴァルトマー帝国との国境に到着するハズだな』


「了解した、我が主よ!」


 僕の指示にバハムートが力強く応える。

 この国の東には標高9000メートルを超える巨大な山、ドラゴンマウンテンがある。それを目印にして、おおよその現在地と方角を知ることができた。

 

 バハムートは【神様ガチャ】によって第3段階まで強化された。それで得た新スキル【天空の支配者】は、超高速で空を飛ぶことができるモノだ。


 アンナ王女の依頼を受けた僕は、すぐさまバハムートを出撃させた。侵入してきた敵軍を放置すれば、それだけ被害が広がるからね。

 あと数分もしないうちに、目的地に到着できるだろう。


「それまでは、ゆっくりするかな」


 僕はクズハ温泉に肩まで浸かっていた。

 この温泉にはMPを徐々に回復する効果もある。

 バハムートの召喚を維持するにはMPを消耗するため、ここに来ていたのだ。


「それにしても、やっぱりバハムートと精神を同調させると、こっちの感覚は極端に鈍くなるな……」


 バハムートの見聞きしたことを知れる代わりに、自分の身に起きたことを知覚できなくなる。視覚や聴覚でさえだ。

 これは、かなり危険なことだと思う。


 とはいえ防衛戦に参加する以上、バハムートに任せっぱなしにすることはできない。相手が白旗を揚げたら、即座に攻撃を中止するなどの柔軟な判断が必要となる。

 相手を殲滅してしまったりしては、下手をすれば全面戦争だ。

 状況を見て、細かく指示を送る必要がある。


「ご安心ください。その間は、私がマスターをバッチリお守りします!」


 水着姿の剣神の娘アルフィンが叫んだ。

 アルフィンはぜひとも僕の護衛をしたいと言って聞かなかった。 

 大太刀を温泉に持ち込んで振り回す彼女に、他の温泉客はドン引きしていた。

 意気込みは買うんだけどね……


「村の真ん中で襲われるようなことなんかないから、あんたは邪魔よ」


 水着のルディアが僕に引っ付きながら、冷たく言い放つ。

 腕に柔らかいモノが押し付けられて、ドキリとした。

 うわっ……これは心臓に悪いぞ。


「ちょっとルディア、なんでマスターにそんなにくっついているのよ!」


「決まっているでしょ? アルトのMPが尽きたら【世界樹の雫】ですぐに回復させるためよ。私のスキルはアルトの役に立つんだから!」


「いや、クズハの温泉効果で、その可能性はまず無いんだけど……」


 僕は硬直しながら告げる。

 すまないけれど、そんなに密着されるとバハムートとの精神同調の妨げになるんだよな……

 それにいざとなれば、僕も【世界樹の雫】を使えるため、MP切れの心配はあり得なかった。


「うんうん! ちょっとでも可能性があるなら、不安の芽は潰しておかないとね! 王女様から頼まれた大事な仕事なんでしょう?」


 僕の言葉を都合良く解釈して、ルディアがうなずく。


「その点に関しては完全に同意だわ! 暗殺者から襲われる心配が、1%でもあるなら、最強剣士のこの私の護衛が必要ですよね!」


 アルフィンも同調して胸を張る。


「いや、今のところ僕と敵対している勢力なんてないから、その可能性は限りなくゼロに近いんだけど……」


 そもそも暗殺者対策として、この温泉宿では暗殺組織【闇鴉(やみがらす)】の元メンバーが働いている訳だし。


「その通り! 限りなくゼロに近いということは、ゼロではないということですよね! 備えあれば憂いなし!」


 何というポジティブ解釈。僕はあ然とした。


「それにしてもガチャに課金するために100万ゴールドを送ってくれるなんて、アンナ王女は太っ腹よね! アルトが手柄を立てたら、もっともっと課金するためのお金をくれるに違いないわ! むふふふっ、ガチャをガンガン回せるわね!」


 ガチャ廃神のルディアは、テンションが上がっていた。

 アンナ王女から結婚を申し込まれたことは怖いので、ルディアには話していなかった。

 断ったし、問題は無いだろうけど。


「ふたりとも協力しくてれるのはありがたいんだけど、もうちょっと静かにしてもらえないかな?」


 ぶっちゃけこれ、温泉の営業妨害になってしまっていると思う。


「あぅうう! ……も、もう、ルディアのせいでマスターに怒られちゃったじゃない! やっぱりアルフィンは頼りになるなぁ、って褒めてもらう計画だったのに!」


「はぁ? アルトと温泉でイチャイチャしつつ、やっぱりルディアは頼りになるな、僕の花嫁だ! って、惚れ直される私の計画を邪魔しておいて、何を言っているの?」


「温泉でイチャイチャ……? だ、だから、そんなにマスターにべったりして。ルディアは非常識だわ!」


 アルフィンは顔を真っ赤にしている。意外と純情なのか?


「温泉でバカでっかい剣を振り回しているあんたに、常識うんぬんを言われたくないわ」


「それは同意だけど……ルディアちょっとくっつきすぎだぞ!」


「ぴぃー! ルディアお姉様にアルフィンさん! 他のお客様のご迷惑になりますの。温泉で騒ぐの禁止ですのよ! 一体、何度言えばわかりますの!?」


 温泉の女神クズハが警笛を鳴らしてやってきた。キツネの耳とふさふさの尻尾を持った可愛らしい女の子だ。


「ちょっとクズハ、これから王女様の頼みで、国を守る戦いをするのよ? 妻として夫を支えるのは当然じゃない?」


「それはマスターのお仕事で、ルディアお姉様が騒いで良い理由になりませんの。それにマスターが静かにして欲しいと言ったのが聞こえてませんでしたの? お邪魔ですのよ」


「ぐっ……」


 ルディアがうめいた。

 クズハが常識人で本当に助かる。

 なによりルディアが身体を押し付けてくるので、気が散って仕方がないんだよな。


「ありがとうクズハ、やっぱりクズハは頼りなるな」


 僕は手を伸ばして、クズハの頭を撫でてあげた。


「あうぅ〜〜っ、マ、マスター気持ちイイですの……それ反則ですの」


 クズハは目を細めてうっとりする。


「「ああっ! それ私がやってもらいたかったのに!」」


 ルディアとアルフィンがハモった。

 何かこのふたりは、仲が悪いようで似た者同士な感じがするな。


「マスター、私にも私にも! アルフィンはやっぱり頼りになるなぁ、の一言と一緒に!」


「あーっ!? 抜け駆けしないでよ。私が、私が先よ! ルディア愛している、の一言と一緒に!」


「いや、だから騒ぐなって……」


 ルディアとアルフィンが頭突きでもしそうな勢いで頭を突き出してきたので、たしなめる。


『我が主よ。敵軍の姿が見えてきたぞ』


「もうか、早いな」


 バハムートの呼び声に、僕は再びバハムートと精神を同調させる。


「クズハ、ルディアとアルフィンが変なことをしようとしたら、やめさせて」


「はいですの! マスター、どうかご武運を」


「変なことなんて、しないわ! ちょっと隙あればアルトにチューしようかなって、くらいよ!」


「おわぁあああっ! ちょっとルディア、なぜそんなことが、恥ずかしげもなく言えるの!? ハレンチよ!」


「えっ? 恋人同士なら、ふつーでしょ?」


「ルディアお姉様、ホントに止めてくださいの。マスターの話を聞いていませんでしたの? 退場させますのよ?」


 ドタバタが続いているが、ここはクズハを信用して任せよう。気持ちを切り替えなくては……

 僕は遠く離れた戦場に意識を飛ばした。


 バハムートの眼下では、1000体近いゴレーム兵たちが大挙して押し寄せ、アルビオン王国軍を蹴散らしていた。


『だいぶ、押されているな……!』


 王国軍も応戦しているが、金属製のゴーレム兵には剣も魔法も効果が薄かった。硬いボディに、まるでダメージを与えられていないようだ。


『バハムート、ブレスで焼き払え!』


「承知!」


 バハムートが上空で静止して翼を広げ、ドラゴンブレスを放つ構えを取った。

 突如現れた黄金の巨竜に、地上の両軍からどよめきが上がる。

 

「【神炎のブレス】!」


 バハムートの顎より炎の奔流が発射され、ゴーレム軍団の中心で炸裂した。大爆発が起こり、ゴーレム兵たちは灼熱によって原形も残さず焼き崩れる。

 一撃で4割近いゴーレム兵が、ただのガラクタと化した。

 バハムートの攻撃力も以前よりアップしているようだ。


「おおっ! あの神々しいドラゴンは!? あれがアンナ王女がおっしゃっていた神竜バハムート!?」


「アルト・オースティン伯爵の援軍だ……!」


 アルビオン王国の兵たちから、歓声が上がる。

 どうやらバハムートが援軍にやってくることは、通信魔法で知らされていたらしい。


『バハムート、このセリフを喋ってくれ』


 僕はバハムートに王国軍に対するメッセージを伝える。


「我は神竜バハムート! アルビオン王国シレジアの領主アルト・オースティン伯爵を主と仰ぐ者だ。アンナ王女の要請により、王国軍の加勢に参った!」


「ありがたい! 援軍、感謝いたす!」


 王国軍の指揮官と思われる貴族が、バハムートに敬礼を送った。


「うぉおおおおお! アルト・オースティン伯爵バンザイ! これで勝てるぞ!」


 王国軍から爆発的な歓声が上がった。

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