78話。ヴァルトマー帝国、バハムートに恐れおののく
「ぬはははっ! さすがは我がヴァルトマー帝国が誇る新型ゴレーム兵であるな」
ヴァルトマー帝国第2皇子のダオスは、膝を叩いて喜んでいた。
彼が陣取る丘の下では、アルビオン王国軍をゴーレム兵たちが、おもしろいようになぎ倒している。
ヴァルトマー帝国は錬金術によって栄えた国家だ。強力な軍用ゴーレムを開発し、その力で周辺諸国を侵略して勢力を伸ばしている。
「ゴーレム兵に対抗できるのは、オースティンの獣魔旅団くらいだろうが。クククッ……まさか跡取りがそろいもそろって無能であったとは、傑作だ!」
アルビオン王国最強と呼び名高いモンスター軍団──獣魔旅団は、王宮で反乱を起こし、どこかに逃げ散っていったそうだ。
さらには、王都に魔竜が出現して暴れるという前代未聞の騒動も起きていた。
しかも、魔竜を操っていたのは、獣魔旅団を御せずに罰を受けたナマケル・オースティン伯爵であるという情報も入っていた。これは明らかな謀反である。
アルビオン王国は、今、かなりの内憂を抱えている。攻めるなら今だと、ダオスは判断して兵を進めた。
「アルビオン王国の領地を削り取れば、次期、皇帝の座は、兄者ではなくこの俺で間違いないな!」
上機嫌でダオスは、奴隷に用意させた肉汁のしたたるステーキに齧りつく。
優勢に戦いをすすめるゴーレム兵を眺めながらの食事は、実にうまかった。本来なら、ゴーレム兵に前衛を任せ、本陣から魔法での援護射撃をするのが必勝の戦術であるが、その必要もなかった。
魔導部隊は力を温存させるべく、待機させてある。
「はい。帝国を統べるはダオス様をおいて他におりません」
ダオスの隣に立った錬金術師のアイザックが笑みを浮かべる。アイザックは諸国を漫遊していた帝国貴族だ。旅先で得た知見を元に新型軍用ゴーレムを開発して、ダオスに売り込んだ。
従来のゴーレム兵をはるかに上回る新型ゴーレムの性能を目の当たりにしたダオスは、一にも二もなくアイザックの抜擢を決めた。
アイザックは今では、ダオスの副官という立場にある。
「当然であるな! しかし、アルビオン王国軍は弱すぎる。ぬはははっ! このまま王都まで攻め入り、大陸一の美姫と謳われるアンナ王女を我が物とするのも、おもしろいな!」
もはや勝敗は決したと思い、ダオスは奴隷に酒を持ってこさせようとする。
その時、自慢のゴーレム兵たちの動きが鈍くなっているのに気づいた。
「うん? ゴレーム兵の出力が落ちているようだぞ! 奴隷どもからもっとMP(マジックパワー)を絞りあげろ!」
「はっ!」
ダオスの本陣には、鎖に繋がれ檻に入れられた大勢の人々がいた。ダオスが本国から連れてきたMP供給用の奴隷だ。
ゴーレム兵は優れた兵器だが、その分、稼働に膨大なMPを必要とした。それを補うためのシステムが、これだ。
「……がぁ……あ!?」
奴隷たちの足元の魔法陣が輝くと、彼らは喉をかきむしって倒れだす。
奴隷からMPを奪い、ゴレーム兵のエネルギー源として供給するための魔法陣【マジック・エクスポート】が、その効果を強めたのだ。
「お止めください、皇子殿下! む、娘はまだ小さくて……これ以上、MPを奪われたら死んでしまいます!」
奴隷の男が、ぐったりした少女を腕に抱いて必死に訴えた。
MPの根源は生命力であり、MPを限界以上まで失うと命を落とすこともあった。彼らは休息を与えられぬことなく搾取され続け、MPの低い者はすでに限界に達していた。
「ああーん? 魔力の弱い無能の貴様らを、帝国の勝利のために有効活用してやっているのだぞ、光栄に思え!」
ダオスはにべもなく、一蹴する。
ダオスにとって、奴隷は使い捨ての駒でしかない。
減ったら本国から補充させるか、捕虜とした敵国の兵で補えば良いだけだ。
「クククッ……皇子殿下に直訴するとは、恐れ知らずな男ですな。見せしめとして、この男から限界以上までMPを絞り取るといたしましょう」
「おお! アイザック、おもしろい趣向であるな」
アイザックが手を上げると、娘を抱えた男が苦痛にあえぐ。
「あぁああ……お、お父さん……!」
「ぐぅううう……!?」
「ぬははははっ! 娘が寂しくないように、お前も後を追わせてやるぞ!」
ダオスは苦しむ父娘を見て、腹を抱えて笑う。無力な奴隷をいたぶる時、彼は自分の強大さを実感し、最高の快感を覚えた。
ヴァルトマー帝国では、魔力の能力値が低い者は、魔法使いや錬金術師として大成する可能性が低いため、奴隷階層に落とされた。
彼らは人間でなく、ゴーレムなどの魔導兵器のただの動力源なのだ。
「クククッ、どうかね? 今、許しを請えば、娘の命と引き換えに、キミの命だけは助けてやっても良いのだが?」
アイザックが嗜虐的な笑みを浮かべる。
無論、そんなことをしても無駄で、父娘ともども殺すつもりであることをダオスは良く知っている。
「それは良い! 許可するぞアイザック」
アイザックは死の間際に、父娘の愛情が壊れる様を見物して楽しむ気なのだ。
父から見捨てられた娘が浮かべる表情は、ダオスにとっても極上の酒の肴となる。
「だ、誰がそんなことを……!」
「ひ、ひどい……! 神様、どうか助けて……」
神に祈る娘を、ダオスがあざ笑う。
「神だと? ぬはははっ! 我らヴァルトマー帝国の皇族は、叡智の女神メーティス様の血を引く神人! その我らが錬金術によって世界を統べることこそ、神の思し召しなのだ!」
ヴァルトマー帝国は、叡智の女神メーティスを信仰していた。その血を引くとされる皇族は強大な魔力を誇っている。
そのため皇族たちは、自分を神と同一視し、驕り高ぶっていた。
「そういうことだ、娘よ。神に祈ったところで、無駄であるのだよ? ダオス様こそ、神なのだから」
「ぅううう……!」
奴隷の男はついに堪えられなくなり、地面に倒れた。口から泡を吹き、あと数分もしないうちに息絶えるだろう。
「バカな男ですな。強情を張ったところで、どうせ娘は死ぬというのに。娘を差し出せば、お前の命だけは助かった。そんな簡単な計算もできないのかね? 今からでも遅くない、娘を差し出すと言いたまえ」
アイザックは冷笑を漏らす。
「……お父さん! か、神様!」
少女も苦痛にあえぎ、父に折り重なるように倒れそうになる。
その時、ゴォオオオという爆音が空に響いた。
ダオスが空を見上げると、黄金の巨大なドラゴンが飛翔して迫ってきている。
「なぁ!? なんだ、あれは……!」
兵士たちがざわめき、ダオスは腰を抜かした。
「黄金の巨竜だと!? ……ま、まさか神竜バハムート!?」
その正体にいち早く気づいたアイザックが叫ぶ。
「バカな! あの噂は……追放されたアルト・オースティンがバハムートを従えているという与太話は、ほ、本当だったのか!?」
ダオスたちは、まだ知らなかった。
自分たちが神どころか、神を統べる者の怒りを買ってしまったという事実に……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます