76話。アルフィンの剣術道場を立てる

「おぉおおお! やったわぁ! ついに念願の私の剣術道場ができたぁ!」


 剣神の娘アルフィンが、飛び跳ねて喜んだ。

 クズハ温泉に隣接する土地に、木造の剣術道場を建てたのだ。

 建築を請け負ったゴブリンたちが、『剣神道場』の看板を門に掲げる最後の仕上げをしている。


「へぇ~っ、立派な道場ができたな」


 ゴブリンたちの器用さには毎回、驚かされる。


「マスター、ありがとうございます! ここを剣の聖地にしてみせます!」


「経費を抑えるために、樹海の木を使って木造建築にしました。アルト様をお守りする強力な剣士団を育成する目的もございますが……なにより門下生を集めて、収益化を図りたいと思います」 


 メイド姿の『財務担当大臣』リリーナが帳簿を片手に解説する。


「Sランク冒険者の魔剣士エルンスト様が門下生にいることが広まれば、凄まじい宣伝効果が期待できます。各地からさらに人がやって来るようになるでしょう」


「むぅ? エルンストですって? 弟子の彼じゃなくて、魔王討伐にも貢献したこの最強剣士の私を宣伝材料に使ってちょうだいよ」 

 

 アルフィンがリリーナに食ってかかった。この剣術道場はアルフィンが道場主を務める。


「剣神オーディンの技を教えてもらえるのよ? 剣を志す者が世界中から、ブワーッと集まってくること請け合いだわ。

 そして、私は大勢の弟子から師匠! 師匠! と崇められるのよ! ああっ、ヤバい……想像しただけでニヤケちゃう」


 アルフィンは締まりのない笑顔を浮かべた。


「いや、悪いけど。アルフィンは知名度が無いから、集客効果は期待できないだろう?」


 アルフィンは神話の神としても、まるで知名度がない。剣神オーディンにアルフィンという娘がいたことを、僕は【神様ガチャ】で彼女を召喚して初めて知ったくらいだ。

 つまり、彼女の名を看板に掲げても、まったく意味はなかった。


「アルト様のおっしゃる通りです。無名の少女剣士が剣神オーディンの技を教えると言っても、詐欺や誇大広告と思われるのがオチです。そのようなことになれば、アルト様の名に傷がつくことになります。道場名は、エルンスト道場でも良かったくらいです」


 リリーナは毅然と言い放った。


「ええっ!? 私はダークエルフが攻めて来た時も、敵将を討ち取って大活躍したのよ! それに嘘はひとつも言っていないわ!」


「う〜ん、残念だけど、アルフィンにはまるで威厳が無いからな。説得力が……」


「ガーン!? そんなマスター……!」


 アルフィンは15歳くらいのツインテール少女で、外見も中身もとにかく子供っぽい。

 これで自分は天界一の剣豪、剣神オーディンの娘にして地上最強の剣士だとか吹聴するので、初対面の人間からは爆笑されていた。


「門下生に剣を教える際にも、エルンストがいないと厳しいだろうな」


「はい。アルト様、エルンスト様の言葉ならみなさん信用して聞いてくれるでしょう」


 リリーナは割と毒舌だった。

 逆に言えば、アルフィンでは他人を直接指導するのは難しいということだ。

 剣の腕が立つことと、剣を教える才能があることは別だ。アルフィンは言動と外見の幼さから、後者が欠落していること明白だった。

 アルフィンの技を教えるためには、エルンストを介する必要があるだろう。


「あぅおおおっ!? 道場主は私なのに!?」


 アルフィンは頭を抱えた。


「エルンストは私を師匠と言ってくれる良い奴だけど! 魔法剣士だから、物理攻撃オンリーこそ究極にして至上という私の教えが、正しく伝わらなくなちゃうわ」


「『剣神道場』の看板を掲げる以上、物理攻撃オンリーというのは、さすがにどうかと思いますが……エルンスト様を師範代に迎えて、はじめて看板通りの道場となると思います」


 リリーナは呆れ顔になった。

 剣神オーディンは魔法剣士である。剣と魔法の融合こそ最強に至る道というのが剣神オーディンの教えだ。

 そのオーディンから、なぜアルフィンのような物理攻撃至上主義の娘が生まれたのか理解できない。


「アルフィンの技は凄いし、こだわりを持つのは良いとは思うんだけどね……」


 アルフィンの我が道を行く姿勢には好感が持てる部分もあるんだけど。彼女は変人過ぎた。

 この前は、温泉の中で剣の素振りなど始めて、クズハからひんしゅくを買っていた。

 道場経営は、常識人のエルンストと組んでやってもらうのが一番だと思う。


「ぶ、物理攻撃オンリーを侮らないでください。剣を極めれば、どんな敵にでも勝つことができます!」


 アルフィンは自信満々に言い放った。


「……私は剣に関してまるで素人ですが、もし物理攻撃が効かないモンスターに遭遇したら、どうするのですか? 例えばゴーストとか?」


「良くぞ聞いてくれたわ! 物理攻撃が効かない敵は、より強力な物理攻撃で斬滅すれば良いのよ!」


「はっ?」

 

 胸を張るアルフィンに、リリーナは目を瞬く。


「……それは禅問答か何かでしょうか? 何が何だかわからないのですが」


「剣の道を志していない人には、意味不明でしょうね。このロマンは」


「いや、僕も意味不明なんだが……」


 ゴーストなんかが現れたら、浄化魔法が使える僧侶に任せるのが常識だ。ゴースト系モンスターに剣で挑んだところで、攻撃が通用しないので返り討ちにあうだけだ。


「剣こそ最強という絶対的な信仰が、物理法則を超えた斬撃を可能にするんですよ。ふふーん! そして、みんなからお化けを剣で斬った、すごい! と賞賛してもらえる! これこそ剣士の本懐です!」


「まさか、アルフィンはゴーストを斬ったことがあるのか?」


 もし本当にそんなことが可能なら、ぜひとも見てみたい。


「ありませんよ? でもギリギリまで追い詰められたら、霊体をも断ち切る究極の斬撃に覚醒しそうな気がしています。私の好きな物語の主人公なんかはだいたいそうです」


 アルフィンは、エヘンっと得意気に語った。

 もしかして、物理攻撃至上主義は物語の影響か?

 駄目だこいつ、早くなんとかしないと……


「アルフィン様のことがよくわかりました。やはり、アルト様と私の考えは正しかったようです。エルンスト様には苦労をかけますが、がんばっていただかねばなりませんね」


 リリーナが怖いくらいの笑みを浮かべて言った。


 多少の不安をはらみつつ、剣神道場はオープンした。

 Sランク冒険者、魔剣士エルンストの知名度のおかげで、門下生が初日から殺到することになった。

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