5章。叡智の女神

75話。【幕間】女神たちと野球対決

 2日後──

 アルト村の住人が一気に増えたため、僕は親睦を深めるためにレクリエーションを催すことにした。

 特にダークエルフの女王イリーナに対して、みんな距離がある。仕方がないとはいえ、ダークエルフとは和睦をしたのだし、領主としてなんとかしたいところだ。

 

「という訳で、ベースボールゴリラたちと野球をやりたいと思う。僕はテイマーだから、ゴリラチームのキャプテンで。ルディアは神様チームのキャプテンということで、対抗試合を開催するぞ」


「ウホ、ウホ!(ご主人様、最高!)」


 バットやグローブを持ったゴリラたちが喜んでいた。彼らはベースボールゴリラといって野球が大好きなモンスターだ。

 どきどき一緒に野球を楽しむことが、彼らと良好な関係を築く上で重要だった。


「はいはい! 提案があるわ! 私の神様チームが勝ったら、アルトは私とチューすること!」


「はぁ!?」


 ルディアがとんでもないことを提案してきた。


「あっー! お姉様ずるいですの! クズハだって、マスターとチューしたいですの

!」


「あんたしか得しない条件じゃないの!? 私もマスターと、チュ、チューしたいわ!」


 温泉の女神クズハと剣神の娘アルフィンが、抗議の声を上げる。


「いや、それよりも私たちのチームが勝ったら、これからの収入はすべて希少金属の購入に当てるというのは?」


「何言っているの? 収入はすべてガチャの課金に回すのが常識でしょが!?」


 鍛冶の女神ヴェルンドの非常識な提案を、ルディアがさらなる非常識で打ち返した。

 ま、まったくまとまりがないな……

 これはやはり、チームワークを深める必要がありそうだ。


「よし。じゃあ、僕が勝ったら、これからも時々企画するレクリエーションにみんな参加すること!」


「ええっ!? そんなので良いの? アルトが勝ったら、私との盛大な結婚式を上げる! という条件でも、全然構わないわよ?」


「ちょっとルディア、厚かましいにも程かわあるわ!?」


 ルディアの頭をアルフィンが思いきり叩いた。


「……申し訳ありませんルディア様。それでは、やる気が出ません」


 エルフの王女ティオもげんなりした様子だった。彼女も神様チームの一員だ。


「女神様たちに申し上げるのは僭越ですが、神様チームが勝ったら、私たちの全員がアルト様と口づけできる権利を手に入れられるというのは、いかがでしょうか? これなら、みなさん一致団結できますよね?」


 ティオが恐るべき提案をしてきた。

 神様チームには、他に氷の魔法使いのリーンと侍女のリリーナ、ダークエルフの女王イリーナと合計8人の美少女がいた。彼女ら全員が、僕とキスするというのか?

 想像しただけで、顔が火照ってしまう。


「ちょっとティオ、それはいくら何でも横暴じゃないか。僕とキスしたくない娘だっているだろう?」


 僕は慌てて待ったをかけた。


「ア、アルト様とキスできるなんて、恐れ多い! で、ですが、こんなチャンスは滅多には……」


 リリーナが何やらわなわなと震えていた。


「今日、この日を私は一生の記念日にします!」


 リーンも何やら気合いを入れている。


「偉大なる筆頭魔王様の寵愛を受けるまたとないチャンス……!」


 あれ? イリーナも何やらやる気だ。

 反対意見は誰からも出なかった。お、おい、キミたち本気か?


「くっ! あなたたち、許すのはホッペにチューまでだからね! それ以上は許さないんだから!」


 ルディアが気炎を上げた。


「まあ、それなら僕も気が楽だか……」


 いわゆる親愛のキスだな。


「ウホ、ウホ!(ご主人様、ご安心を。我らのバットは相手が神であると打ち砕くウホ)」


「ウホォオオオ!(神様チームと言っても所詮は烏合の集。我らのチームワークの敵ではないウホ)」


 ベースボールゴリラもやる気を滾らせていた。さっそく楽しんでくれているようだな。


「ウホォ!(それに女神様らは8人。守備に穴が有るウホ)」


「それについてなんだが……」


「私はスキル【ドッペルゲンガー】で、二役よ」


 イリーナは分身体を作って、ふたりに増えた。ベースボールゴリラは、口をあんぐり開ける。


「今回はイリーナの歓迎会の意味もあるから、彼女に活躍してもらうことにしたんだ」


「ふふんっ! これでハンディは無しね!」


 ルディアが笑顔を見せる。

 話はまとまって、プレイボールとなった。

 僕達の先攻。ピッチャーはなぜかルディアだ。一番打者は僕だった。


「ルディア様、がんばってください!」


 ティオがサードを守りながら、声援を送る。

 エルフや村人たちも、試合を観戦していた。

 イヌイヌ族の商人たちが、観客席でソフトクリームや飲み物などを売り歩いている。相変わらず商魂たくましかった。


「まっかせなさい! 完封して、私だけアルトの唇にチューするんだから!」


 ルディアは煩悩全開だった。

 彼女は大きく振りかぶって、ヘロヘロのスローボールを投げた。

 これなら当てられる。


「ここだっ!」


 僕のバットが小気味よい音を立てた。ボールは場外に飛んで行った。


「ホームラン!?」


 僕は悠然と塁を巡り、ベンチから飛び出てきたゴリラたちとハイタッチを交わす。

 ルディアは愕然と項垂れた。


「う、嘘……っ」


「ウホウホ(ご主人様がいれば、リーグ優勝も夢じゃないウホ)!」


「ルディア、なにやってんのよ!? ヘボピッチャー、交代よ! 交代!」


 キャッチャーのアルフィンがグランドに飛び出して行く。


「はあ!? まさかあんたがピッチャーをする気? ピッチャーってバカじゃ務まらないのよ!?」


「それはルディアも同じでしょう!? 神々の中でも随一の怪力を誇るヴェルンド様にピッチャーをやってもらうのよ!」


 やいのやいの喧嘩して、結局ピッチャーは鍛冶の女神ヴェルンドに代わった。

 そこからはヴェルンドの独壇場だった。彼女の超豪速球に、僕たちは手も足も出なかった。


「ふむ。野球というのも、なかなかおもしろいモノですね」


 ヴェルンドはご満悦だった。


「さすがはヴェルンド様! ルディアなんかと違って頼りになる!」


「ぐぬぬぬっ!」


 アルフィンの声援に、ルディアが歯ぎしりして悔しがっている。

 攻守交代で、今度は僕たちの守備だ。ピッチャーは僕が請け負った。一番打者はイリーナだ。


「お手柔らかにお願いします、アルト様」


 イリーナがバットを構えるが、明らかに初心者ぽっい担ぐような持ち方をしている。

 これなら、そんなに警戒しなくても大丈夫か。


 僕がボールを投げると、イリーナは突然、ふたりに増えた。彼女らは左右のバッターボックスから同時にバットを振るう。


「秘技、分身打法!」


「そんなのアリか!?」


 ボールはライトに飛んでいく。

 だが、守備のゴリラにキャッチされ、事なきを得た。

 ほっ、危なかった……。


「ウホォオオオ!(反則だぁ!)」


 ゴリラ審判が警笛を鳴らした。ゴリラ審判は『スキルや魔法の使用は禁止、ウホ!』と書かれたボードを掲げる。


「あら、ごあいさつね。私の【ドッペルゲンガー】は、アルト様によって事前に使用を許可されたモノよ? あなたはアルト様の決定に異論を唱えるのかしら?」


 イリーナは不敵に笑った。


「……そう言えば、そうだったな」


「さすがはお姉様、勝つために手段を選びませんね!」


 ティオが歓声を上げる。


「かわいい妹の願いを叶えるためにも、一肌脱ぐわ」


 まさかルールの穴を突いてくるとは、恐るべき勝利への執念だった。

 そ、そんなに僕とキスがしたいのか?


「次は私の番ね。悪いけどマスター、ホームランを打たせてもらいます!」


 2番打者アルフィンは、大胆不敵にバットでライトスタンドを指して、ホームランの予告をした。


「ウホォオ!?(よほどの自信が!?)」


 ベースボールゴリラたちが色めき立つ。


「まさかアルフィンは野球をやったことがあるのか?」


「ド素人ですけど、最強剣士の私にとってボールの芯を捉えるなんて、児戯も同然です!」

 

 これは侮れないな……

 大太刀を超高速で振るうアルフィンの腕力と動体視力は、野球にも通じるだろう。


「アルフィン! まずは同点よ! 同点にするのよ!」


 ルディアがベンチから声援を送っている。

 ここはボール球で様子を見てみるか。

 僕はそう判断して、外角低めにボール球を投げた。

 ベースボールゴリラたちから、このコースが最も打ちにくいと教わっていた。


「見切った!」

 

 アルフィンのバットが快音を放ち、ボールはライトスタンドに放物線を描いて飛んでいった。


「や、やりましたの! ホームランですのよ!」


「うん。アルフィンは、やればできる娘!」

 

 神様チームのベンチが沸き立つ。


「やったわ! くぅうううっ! 気持ちいい! 見て見て、私、すごいでしょ!?」


 バットを放ってアルフィンは、意気揚々と塁を巡ろうとする。

 だが警笛を鳴らしたゴリラ審判が、彼女を通せんぼした。


 『スキルや魔法の使用は禁止、ウホ!』と書かれたボードをゴリラ審判は、アルフィンに突きつける。


「はぁ!? えっ、ちょっと、どういうことよ!?」


「ウホ、ウホ!(今の打撃はスキル【剣神見習いLv552】の加護を受けたモノだウホ!)」


「あっ、なるほど。アルフィンのスキルは常時発動系(パッシブ)か、オフにしていなかったんだな」


 【剣神見習いLv552】は、常時発動系スキルだ。無意識に発動してしまうため、意識してオフにする必要があるの。これを怠ったため、反則扱いされてしまったようだ。


「ええっ!? マスター、これは剣士として磨き上げた私の魂とも言うべきスキルですよ! 効果を切れだなんて……『常在戦場に有るべし』という剣士の心得に反します!」


「ウホ、ウホ(それなら次の打席からは代打を出して欲しいウホ。今のホームランは反則で無しだウホ)」


 なかなか厳しい判定だった。

 僕がゴリラ審判の言葉を翻訳して伝えると、アルフィンは驚愕した。


「はぁっ!? ホ、ホームランが無し!?」


「こらーっ! 審判、納得できないわ。乱闘よ!」


「ウホ!?」


 審判の判定に納得できないルディアが飛び出してきた。

 乱闘と聞いて、ゴリラチームの面々も飛び出していく。ベースボールゴリラは武闘派集団だ。

 

 だが、ルディアは味方が誰も後に続いて来ないことに気づいて硬直した。


「え? あ、あれっ? 『乱闘は野球の華』じゃないの……? アルフィンまで、大人しくしているし!」


「ごめん、ルディア。私、剣が無いと何もできないの」


 アルフィンは帯剣していなかった。


「ルディアお姉様、暴力はちょっと……」


「うん。良くないと思う」


「ルディア様、エルフは平和を愛する種族です」


「ダークエルフにとってモンスターは友達」


 クズハやヴェルンド、ティオ、イリーナまで呆れ顔で告げる。


「ちょ、ちょっと待って、ゴリラさんたち……! わ、私はか弱い女神なのよ!?」


「ウホ、ウホ!(乱闘だぁ!)」


「ストップ! ストップ! ちょっとやめろ!」

 

 僕は慌ててゴリラチームを制止する。


「ルディアも納得できないだろうけど、乱闘はダメだ。イリーナに特例を認めたんだから、これでフェアなハズだ」


「アルト、そ、そうよね……! 乱闘は良くないわよね!」


 ルディアは身の危険を感じたのか、割とアッサリ引き下がった。


「わかったわ。じゃあ、イリーナ頼むわよ。あなたがアルフィンの代打に出てちょうだい」


「ええ。女神ルディア様、任せていただくわ。ダークエルフの女王の手並み、とくとご覧ください」


 イリーナは悠然と微笑んだ。

 くっ……これ強敵かも知れない。


 だが、イリーナは野球に関してはド素人だった。その後、彼女のバットはボールにかすりもせず、肩を落としていた。

 最初のフライは、マグレ当たりだったらしい。


「ドンマイです、お姉様……」


 イリーナはティオに慰められていた。

 結局、僕たちは最初の1点を守りきって勝った。


「ぜ、全力を出したわ……私たちの夏は終わった……」


 ルディアは満足げな表情で、グランドに大の字になった。


「ふう。一歩届かずですか……でも良い勝負でしたね。マスター」


 そう言って手を差し出してきたヴェルンドと僕は握手を交わす。

 僕も大いに楽しめた。


「何言ってますの!? ルディアお姉様がピッチャーをやりたいなんて言ったせいで、マスターとのチューがなくなちゃいましのよ!?」


「ルディアなんかを信じた私がバカだったわ!」


 ルディアは突撃してきたクズハとアルフィンからめちゃくちゃ怒られていた。


「まあまあ、またレクリエーションはやりたいと思うから……」


「ホント!? よっしゃあああ! 次こそアルトの唇は私のモノ!」


 ルディアがガッツポーズして喜んでいる。いや、だから、そんな約束しないって……


 何はともあれ、今回の試合で、みんなの仲が少しだけ良くなったように思えた。

 ベースボールゴリラたちも大満足だった。


 こんな日が続けば良いなと、僕は思いを馳せる。が、後日、アンナ王女から新たな騒動が持ちかけられることになるのだった。

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