74話。ナマケルとの決着

「うっ……な、なんだ、ここはどこだってばよ?」


 その時、鍛冶の女神ヴェルンドに担がれてきたナマケルが目を覚ました。

 ナマケルはボンヤリと周囲を見回している。


「シレジアのアルト村よ……ようやく気づいたのね」


「げっ……! イリーナ様!?」


 イリーナの呼びかけにナマケルは、顔を恐怖に引きつらせた。

 そんなナマケルを周囲の者たちは厳しい目で見つめる。


「ナマケル殿、あなたには国家反逆罪で逮捕状が出ています。本来なら死刑台送りですが、アルト殿の嘆願により爵位剥奪の上、終身刑に減刑となりました。兄君に感謝されるのですね」


 近衛騎士のシリウスが、手錠をナマケルにはめながら告げた。近衛騎士らが、ナマケルを両脇から拘束する。


「はぁ!? オレっちが終身刑だと……!? オ、オレっちは伯爵だぞ! この国をずっと支えてきたテイマーの名門オースティンの当主だぞ!?」


「ナマケル殿、言動にはお気をつけください。あなたは、もう伯爵ではありません。ただの罪人です」


 シリウスは冷たい声音で、現実を突きつける。

 ナマケルは顔面蒼白となった。


「はぁ、まったく……その程度で済んで万々歳よね? 魔王の依り代にされて、危うく王国を滅ぼしかけたんだから」


 ルディアが腕組みして、ナマケルを睨みつけた。


「なんだ? お前はあの時、兄貴に召喚された頭のおかしい女じゃねぇか……?」


「頭がおかしいですって!?」


「豊穣の女神ルディア様に向かって、何という暴言か!?」


 ルディアと彼女を信仰するエルフたちがブチ切れた。

 ナマケルは「ひっ!」と、悲鳴を上げる。

 僕は一言釘を刺しておこうと、前に出た。


「ナマケル、アンナ王女は激怒していたぞ。王都に着いたら、なるべく牢で大人しくしていないと、さすがに庇いきれないからな」


「……兄貴」


 ナマケルが強張った顔で、僕を見つめる。


「オレっちを庇ったっていうのかよ? オレっちが目障りじゃねぇのか……?」


「確かにナマケルのことは好きじゃないけど。さすがに死んで欲しいとは、思えないからな」


「……それだけの理由で、あのクソア……じゃなかった。アンナ王女を説得したってのかよ?」


「私が手引きしたとはいえ、王都であれだけの狼藉を働いたのに……アンナ王女から減刑を引き出すなんて、アルト様はすごいわね」


 イリーナが感心していた。


「私もティオが憎かったけど……あなたも同じじゃないのナマケル? 自分には無いモノを持っていた兄君に嫉妬していたのよね?」


「ちっ……オレっちの方が兄貴より優れているってことを証明したかただけだぜ」


 ナマケルは苦虫を噛み潰したような顔になった。


「……アルトより優れているって。ねぇねぇ、これって何の冗談かしら」


「ルディア、仮にもマスターの弟に対して失礼では?」


 ルディアとヴェルンドが、ヒソヒソ声を交わす。


「それを嫉妬というのよ。終身刑になるなら、もう満足に兄君には会えないわ。ここで、わだかまりを解いておきなさい。そうしないと後悔するわよ」


 イリーナがナマケルを諭す。


「ケッ! あんたの口からそんな言葉がでるとはな。言っておくが、オレっちは兄貴に感謝する気なんざ、これっぽっちもねぇぜ?」


「最後まで憎まれ口を通すのね。はぁ、まったく……あなたって【ドラゴン・テイマー】のスキルと身分以外に、他人に誇れるモノが何も無いものね。だから虚勢を張って、いつも威張っているのでしょう?」


 ナマケルの表情が怒りと羞恥に赤くなった。


「ぷっ! なるほどね。アルトに何一つ勝てないって理解しているから、アルトのスキルや妻であるこの私をバカにしていったて訳ね!」


 ルディアが仕返しとばかりに胸を張る。

 お、おい、いつ結婚したんだ?


「……お、お前なんかに、才能がある兄貴の弟に生まれたオレっちの気持ちが理解できるかよ!」


 ナマケルは猛然とルディアに怒鳴った。


「ひゃあ!? ……な、なによ?」


 その剣幕にルディアはのけぞる。


「昔っから兄貴は、なぜかモンスターどもにも好かれていた。オレっちはどうがんばっても兄貴に勝てないて、わかっちまったんだ。それで努力するのがバカらしくなって、怠けることにした……」


 ナマケルはうつむきながら、語り出した。


「だけどよぉ。一発逆転で、【ドラゴン・テイマー】のスキルを手に入れて。ついに兄貴より上に立ったと思った。

 それで調子に乗った挙げ句がこのざまとは……ハハハッ、傑作だぜ」


「おい、ナマケル……」


 まさか、僕に対してそんな劣等感を抱いていたなんて、まったく気づかなかった。


「……だけど、思い出してきたぜ。オレっちは、魔王に身体を乗っ取られて兄貴と戦ったんだな。

 そうまでしたのに負けちまったんなら、もう言い訳のしようもねぇな……」


 僕はなんと言って良いかわからず、弟を励ますことにした。


「真面目に刑務作業に務めれば、場合によっては恩赦もある。【ドラゴン・テイマー】は、磨けばすごいスキルのハズだ。ヤケになるなよ」


「まだやり直せるってか? ケッ! 兄貴のそういうところが、オレっちは昔から気に食わなかったんだぜ?」


 ナマケルは僕を睨みつけた。


「あ、アンタね! いくらアルトの弟だって、言って良いことと悪いことがあるわよ! アルトの優しさがわからないの!?」


 ルディアが歯を剥き出しにして怒る。


「引っ込んでいろクソアマ! だから、思い切り兄弟喧嘩できて、スッキリしたぜ。魔王のヤツも、たぶんオレっちと同じ気持ちだったと思う。ヤツは前世の兄貴の弟なんだろ?」


「……そうか。思えばナマケルと本気で喧嘩したのは、初めてだったかもな」


 もしかすると、僕はナマケルとあまり真剣に向き合ってこなかったのかも知れない。

 いつもモンスターたちの世話が優先で、ナマケルとの関係については、あきらめていたからな。


「ああっ……それとな兄貴。魔王ベルフェゴールのヤツが最後に言っていた。他の魔王も復活を遂げてきているから、気をつけろってな」


 ナマケルは挑発するような笑みを見せた。


「あと魔王のダンジョンの最下層には、さらに隠し階段があるようだぜ。隠し階層には、スーパーレアな凶悪なモンスターがひしめいているみたいだから、もし行くならせいぜいぶっ殺されないようにしろよ?」


「スーパーレアな凶悪モンスター? そうか、ありがとうナマケル」


 憎まれ口ではあるが、すごい情報だった。あのだだっ広い空間から隠し階段を探すのは大変だろうが、時間をかければ見つけだせるだろう。


「へっ、礼なんざいらねぇよ。オースティンの当主だってんなら、どんなモンスターでも従えてみせるんだな」


 それだけ言うと、ナマケルは近衛騎士団に連行されていった。

 『オースティンの当主』。ナマケルは僕を最後にそう認めた。


「ナマケルも私と同じ。自分とはかけ離れた兄弟に嫉妬して、道を踏み外していたのね……」


 イリーナがナマケルの背中を見送る。

 剣神の娘アルフィンもトラウマを刺激されたのか頭を抱えていた。


「優秀な兄弟を持つと、ひがみたくなるのはわかるわ。私もお兄様たちから、物理攻撃オンリーにこだわるのはマジでバカげているからやめろとか。大太刀はチビなお前には合わないとか、さんざんバカにされてきたのよ! しかも試合では一度も勝てないって……うぉおおおお!」


「アルフィンの兄君たちは、アルフィンを心配して助言をしていたと思うのだが……」


 鍛冶の女神ヴェルンドがアルフィンを慰める。


「アルト、大丈夫……?」


「ああっ。もし、ナマケルに再会する日が来たら、今度はもう少しマシな関係になれるんじゃないかと思う」


 心配して声をかけてきたルディアに、僕は応える。

 僕は視界から消えるまで、小さくなっていく弟を見送った。

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