67話。魔王ベルフェゴール復活。巨神兵よ永遠に

 ティオと手を取り合っていたイリーナの背中が裂けて、血が噴き出した。


「……お姉様!?」


「イリーナ!?」


 崩れるイリーナを僕は抱きとめる。

 何が起きたのかわからなかったが、明らかに致命傷だ。慌てて鞄の中からエリクサーを取り出して、イリーナの傷口に振りかけた。


「えっ? なにっ!? どうしたの?」


「マスター、どこかに敵が!?」


 ルディアがうろたえ、ヴェルンドがハンマーを構えて戦闘態勢になる。


「傷が治らないぞ……!」


 エリクサーをかければ、どんな怪我でもたちどころに癒えるハズだが、イリーナの血はいっこうに止まらなかった。


 僕は魔法にはあまり詳しくないが、回復が阻害されるということは、呪術的な攻撃を受けたのではないかと察せられた。

 【呪い】のバッドステータスになると、生命力(HP)の回復が不可能になる。


「ティオ! 【解呪(ディスペル)】が使えるか?」


「はい、アルト様。試してみます!」


 ティオがイリーナに手を当てて呪いの解除を試みる。


「な、なんですか……この複雑怪奇で強力な呪いは……っ!? こ、こんなの私の実力ではとても」


 ティオの顔に焦りと恐怖が浮かんだ。


「……ティオ、私のことはいいから。す、すぐにここから逃げなさい」


 イリーナが苦痛に喘ぎながら告げた。


「お姉様!? どういうことですか?」


「う、うかつだったわ。こんな単純なことに気づかなかったなんて……

 生け贄であったのは、わ、私も同じだったのよ……」


 イリーナは顔を歪めながら、背後を指し示した。

 魔王ベルフェゴールを封じた石棺に、イリーナの血がかかっていた。


「まさか……魔王がイリーナを巫女に選んだのは……?」


 それが意味することに、僕は気づいた。

 魔王を復活させるのに必要な生け贄の資格を持つのは、ティオだけでは無かった。

 イリーナもまた、エルフの王女である以上、生け贄になり得たのだ。そのことに全く思い至らなかった。


「クククッ……そのまさかだよ。よう兄貴、久しぶりだな」


 ナマケルが立ち上がって、陽気に片手を上げた。

 僕のよく知る弟とは、雰囲気がまったく異なっていた。向かい合っているだけで、心臓が潰れそうな威圧感がある。


「イリーナは【ドッペルゲンガー】ってスキルが最高にご機嫌で、俺のお気に入りだったんだがよ。

 まっ、いざという時のスペア。いつでも生け贄として食っちまえるように、死の呪いをかけていたんだわ。

 巫女と俺は精神的に繋がっているからな。呪いを密かにかけて発動させるなんざ、朝飯前ってわけよ」


 ナマケルは、くつくつと笑う。


「ああっ、もうそいつ死んだし、エリクサーとか無駄だぜ? クソ女神ルディアお得意の【世界樹の雫】なら、なんとかなったんだろうが。もう打ち止めだろ?」


「アルト様、お姉様が息を……」


 ティオが言葉を飲み込む。

 僕の腕の中のイリーナが、完全に力を失ってぐったりしていた。その身体が徐々に冷たくなっていく。


「お前はナマケルじゃないな……?」


 僕は怒りを込めて、ソイツを睨みつけた。


「おいおい、なんだよ。つれないな兄貴。弟の名前を忘れちまったのか?」


 ナマケルを顔をした何者かが、腹を抱えて笑った。


「俺は『怠惰』の魔王ベルフェゴールだ」


「ベルフェゴール! あなた、イリーナを生け贄にするつもりで、利用していたの!? 自分を信奉する者に対して、ヒドイじゃないの!?」


 ルディアが魔王に食ってかかった。


「ああんっ? 当然だろ? コイツはエルフ王家の血を引くダークエルフなんて激レア娘だぜ。利用しない手はないだろ?

 女王になれるなんて希望を与えてやったら、有頂天になりやがってよ。まったく滑稽だったぜ。

 最後は、ボロ雑巾みたいに使い捨てられて、殺されるってのにな!」


「……ひどい! お姉様を……イリーナお姉様を返して!」


 ティオがベルフェゴールに怒声をぶつけた。


「ハハハハッ! 俺はまだ腹ペコでな。イリーナひとり食っただけじゃ、魔力が足りてねぇ。

 心配しなくても、すぐにあの世でお姉様と再開させてやるぜ」


 ベルフェゴールが指を鳴らすと、何十、何百という魔法陣が、中空に出現した。

 これは攻撃魔法を無詠唱で同時に放つイリーナと同じスキルか? それらの魔法の照準がすべてティオに向けられているのを感じ取って、僕は叫んだ。


「巨神兵よ、来い! ティオを守れ!」


「ガガガガガガッ! 神々の最終兵器、巨神兵。ジェノサイダーモードで起動しました!【魔法無効化フィールド】を展開!」


 魔法陣から豪雨のような光の矢が、一斉に放たれる。


「きゃああああっ!?」


 僕が召喚した巨神兵が、ティオの前に立ちはだかった。巨神兵はAランク以下の魔法を消滅させる防御結界を広げるが……


「ガガガガガガッ!?」


 攻撃魔法は防御結界を貫き、巨神兵を滅多打ちにした。魔王が放っているのは、一発一発がSランク級の魔法であるということだ。


「損傷率、31%、46%……60%を突破! 自己修復機能による復元可能限界を超えました。

 マスターの命令『ティオを守れ』。本機は機能停止しても、実行し……す……」


 巨神兵はティオに覆いかぶさるようにして、動かくなった。その両目から光が失われる。


「きょ、巨神兵さん!?」


「はっ、やっと動かなくなったかポンコツ。お前の同系統機とは、さんざんやり合っているんだよ。最終強化型でもなければ、この俺の敵じゃねえ」


 ベルフェゴールが高笑いする。

 まさか、巨神兵が敗れるなんて……

 だが、魔王が巨神兵の相手をしている隙に、僕は魔王に突撃していた。


「【神剣の工房】!」


 女神ヴェルンドから継承したスキル【神剣の工房】を発動させる。指定した武器の攻撃力を5倍にするスキルだ。

 僕はこれでミスリルの剣を強化しつつ、魔王に斬りかった。


「【創世の炎鎚】、ドリルハンマーモード!」


 同時に、ヴェルンドもハンマーをドリルに変形させて魔王に撃ち込んだ。

 僕たちの全ステータスは、クズハのスキル【薬効の湯けむり】で2倍に強化している。


 この同時攻撃、例え魔王といえど、かわせはしない。

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