68話。イリーナ、妹を守る
魔王ベルフェゴールが鼻で笑うと、その手に剣が出現した。
できれば、魔王の器にされたナマケルを救ってやりたかったが……手加減などできる相手ではない。
全力で踏み込み、僕は音さえ置き去りにするような斬撃を叩き込んだ。
「ハンッ、ぬるいな兄貴!」
ベルフェゴールの剣が閃き、僕の斬撃を弾く。
挟撃する形で、女神ヴェルンドが背後から魔王にドリルを突き込む。だが、ヤツは背中に目があるかのように身を翻してかわした。
「くぉおおおお……っ!」
さらに僕は剣を連続で振るい、ベルフェゴールを斬り伏せようとする。
アルフィンのスキル【剣神見習いLv385】で強化され、視認することもできないほどの高速剣が、ヤツに降り注いだ。
「【神剣の工房】! マスターの剣を強化せよ!」
さらに女神ヴェルンドがスキルの重ねがけで、僕の剣の攻撃力を跳ね上げてくれる。
【神剣の工房】×【神剣の工房】で、元の攻撃力の25倍という尋常ではない強化率になっていた。
「おおっ、すげぇ! 当たれば俺なんざ、一発であの世行きだな」
魔王ベルフェゴールは、白い歯を見せて笑う。
ヤツは僕の猛攻を、すべて体捌きでかわした。
「まっ。当たらねぇけどな」
「なにっ……!?」
コイツ、Sランクの魔法を何十、何百と同時発動するだけでなく、剣の腕も超一流だ。
「アルフィンより、はるかに剣が立つのか!?」
僕は最近、朝起きたら、剣神の娘アルフィンに剣の稽古をつけてもらうようにしていた。体感として、ベルフェゴールの方がアルフィンより強い。
「アルフィンって……おいおい。あの脳味噌お花畑のバカと、この俺を一緒にしないでくれよ」
せせら笑いながら魔王が指を鳴らすと、また中空に何十、何百という魔法陣が一斉に現れた。
「まずはお姫ちゃんの命をいただこうか。兄貴の相手はその後だ」
「アルト! ベルフェゴールはまだ魔力が万全でない状態よ。ティオを生け贄にして、魔力を回復しようとしているわ!」
ルディアが大声で警告する。
これでまだ魔王は、100パーセントの力ではないというのか?
もしティオまで生け贄にされたら、僕たちに勝ち目はない。
逆に言えば、今ならまだ付け入る隙があるということだ。
「はぁあああああ──ッ!」
僕はヴェルンドと一緒に何十発と攻撃を繰り出す。魔王は余裕ですべてかわす。
まるで、こちらの攻撃が予めわかっているかのような動きだ。
山を割るほどの威力を持つ武器だろうと、当たらなければ意味がない。
焦燥が僕の胸を焼く。
「バハムートよ! ティオを守れ!」
魔法が一斉発射された瞬間、僕は神竜バハムートを召喚した。
交代するように破壊された巨神兵は光の粒子となって消滅した。巨神兵はカードとなって手元に戻るが、もう一度使えるようになるかはわからない。
「承知した、我が主よ!」
バハムートの巨体がティオの前に壁となって現れる。
流星のように撃ち込まれる魔王の魔法を、バハムートは【神炎のブレス】で迎撃した。
【神炎のブレス】に触れた魔法は爆散するが、物量差がありすぎた。
バハムートの身体に、魔法の矢が降り注ぐ。
「ぐぉおおおおっ……!?」
最強のドラゴンが、苦痛の咆哮を上げた。
くそう。バハムートが時間稼ぎにしかならないのか?
「ルディア! ティオを連れてとにかく脱出しろ!」
魔王になおも斬りかかりながら、僕は叫んだ。
「ティオ! イリーナはルディアの【世界樹の雫】が使えるようになれば、復活できる。お姉さんの身体を外に運びだすんだ!」
「は、はい!」
「わ、わかったわ!」
ティオの顔が希望に輝いた。ルディアの【世界樹の雫】はあと24時間ほどで、再使用可能になる。
このスキルは死後24時間以内であれば、死者の復活も可能だ。
つまり、ギリギリ、イリーナを生き返らせることができる計算だ。
ダークエルフとの和解の切っ掛けになるだろうイリーナを、こんなところで死なる訳にはいかない。
なにより、ティオに笑顔を取り戻させてやりたい。
「逃がすかよ。ルディア! この邪神が!」
ベルフェゴールはルディアにも、無数の攻撃魔法を浴びせた。
バハムートがブレスを放って、魔法を撃ち落とす。ルディアは頭上で連続する爆発に悲鳴を上げた。
「邪神って、私のこと? 相変わらず失礼なヤツね!」
くそう、しのぎきれないか……
せめて、あと一人、戦力になる者がいてくれたら。
その時、ティオとルディアの周囲に、赤く輝く魔法陣がいくつも出現した。
魔王の魔法かと一瞬、僕は息を呑む。
「私の妹まで殺させないわよ。魔王様」
死んだハズのイリーナが、弾ける光と共にティオの前に現れた。
不思議なことに、ティオはイリーナの屍を抱えたままだ。
こ、このイリーナは一体?
僕の脳裏に閃くモノがあった。確か、イリーナは本物とまったく同じ、偽物の自分を生みだすことができるんだ。
赤い魔法陣から無数の【魔法の矢】(マジックアロー)が放たれる。それらは魔王の魔法に激突して、攻撃の方向を反らした。
魔王の攻撃魔法はすべて不発に終わる。
「おいおい、まさか俺の授けたスキルで、この俺とやり合おうってのか? 死んだのなら、大人しくしとけっての」
魔王が忌々しそうに舌打ちする。
「ええっ。私の魔力では、あなたの魔法を相殺できなくても。ベクトルの向きを変えることくらいはできますわ」
「イリーナお姉様!? なぜ、どうして……っ?」
ティオが驚愕に目を瞬く。
「混乱させてしまってごめんなさい。私のスキル【ドッペルゲンガー】は、もうひとりの自分を生み出すスキルなの。本体の私が死んでしまった以上、この幻影の私も5分もしないうちに消えるでしょうけど……
最後に残された時間。この命のすべてをかけて、あなたを守るわ」
幻影のイリーナは、ティオに澄んだ笑みを向けた。
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