65話。【イリーナSIDE】エルフの王女姉妹

 まさか。こうも簡単に私の【ドッペルゲンガー】が破られるなんて……アルト、恐ろしいヤツだわ。

 私──イリーナは全身を襲う倦怠感に苛まれつつ、魔王のダンジョンの最深部を目指していた。


 【ドッペルゲンガー】は、私が創造神より与えられたユニークスキルだ。

 ユニークスキルは、その者の血筋や生い立ちによって、何を獲得するかが決まると言われている。

 

 エルフの血が混じった私は、子供の頃、友達はひとりもおらず『白混じり』と蔑まれて石を投げられた。


 いつも、こんな扱いを受けるのは、自分ではないと言い聞かせて来た。

 お母様の話によると、私はエルフ王の娘。本当は王女様なのだ。


 そんな私に発現したのが、もうひとりの自分を生み出す【ドッペルゲンガー】だった。


―――――――

ステータス


名 前:イリーナ・レーン


○ユニークスキル

【ドッペルゲンガー】

 自分とまったく同じ能力、外見、思考を持った、もうひとりの自分『ドッペルゲンガー』を生み出して使役できる。

 クールタイム3時間。


【完全自動迎撃(オートマチックファイヤ)】

 魔王ベルフェゴールからの継承スキル。


―――――――


 【ドッペルゲンガー】のスキルを得た私は、押し付けられた雑用などの苦役は、もうひとりの自分に任せて、その間に魔法の腕を磨いた。

 そのおかげでダークエルフの中でも、抜きんでた魔法の使い手になれた。


 【ドッペルゲンガー】は、一定以上のダメージを受けると消滅し、その反動で全身が、ひどくだるくなる。

 でも、弱音を吐いてはいられないわ。


 私を巫女に選らんでくださった魔王ベルフェゴール様をこの世に復活させる。それが私の悲願なのだから。

 魔王の巫女になれたおかげで、ダークエルフの中で私の扱いは一変した。


 なにより、私を蔑まずに対話してくれたのは魔王様だけだったのよ。

 

「イ、イリーナ様よ……早いって、ちょっと待ってくれよ」


 私の後をついてくるナマケルが、しんどそうに息を切らせている。

 ナマケルには、ティオを担がせて運ばせていた。ティオは拘束魔法で、両手両足の自由を奪っている。騒がれては困るので、口に猿ぐつわも噛ませていた。


「小娘一人運ぶのに、ヒイヒイ言って情けないわね」


 部下であるダークエルフやモンスターたちは、すべてアルトの足止めに向かわせてしまった。

 今、使えるのはナマケルだけだった。

 こんな男でも、肉体強化のバフ魔法をかければ使い物になると思ったのだけど。精神の脆弱さまでは、魔法でカバーできないわ。


「だってようオレっちは、肉体労働は苦手なんだよ……」


「じゃあ、何なら得意なのよ? アルトに勝てる力を与えてやるのだから、ツベコベ言わずにがんばりなさい」


「魔竜を超える力ってのは、魅力的なんだけどよ。そろそろ、詳細を教えてくれよ。どんなモンスターをオレっちにくれるんだ?」


 ナマケルには魔王を復活させるとは言わずに、宿敵であるエルフを倒すのに協力して欲しいとだけ伝えてある。

 この男は自分の行為が何をもたらすのか。自分は何をされるのか、全く知らない。


「秘密よ。そのモンスターを召喚するには、生け贄を捧げるなどの儀式や複雑な手順が必要なの」


「でも、こんなカワイイ娘を殺しちまうのは、ちょっともったいないな……」


「その娘に変なことをしたら、あなたには、この世のものとは思えない苦痛を与えてやるわ。

 生け贄は処女でないと価値が落ちるって、知っているわよね?」


「わ、わかったよ……」


 魔王の復活には万全を期す必要があるため、この好色バカ男には釘を刺しておいた。

 ベルフェゴール様を復活させるだけなら、ティオをすぐさま殺してその血を捧げれば良い。


 だけど2000年にも及ぶ封印でベルフェゴール様は衰弱している。魔力が充実した状態での完全なる復活をしていただけなれば、いかに魔王様と言えどアルトと神々には対抗できないわ。


 ベルフェゴール様から継承した【完全自動迎撃(オートマチックファイヤ)】のスキルを持った、もうひとりの私が簡単に撃退されてしまった訳だし……


 そのためには、ティオに絶望を与えた上で、ベルフェゴール様の御前で処刑するという生け贄の儀式が必要だった。

 エルフの王女であるティオは、極上の贄よ。ベルフェゴール様はティオの命を吸って完全なる復活を遂げられるの。


「す、すげぇ場所だな。ダンジョンの奥にこんな場所があるなんてよ」

 

 ナマケルが驚嘆の声をあげる。

 魔王のダンジョンの最深部。嘘のような広大な空間に、太古の神殿と思われる遺跡があった。

 私たちは、そこに足を踏み入れた。


 その中央。朽ちかけた石柱が立ち並ぶ中、かつて女神ルディアが魔王ベルフェゴールを封じたとされる石棺があった。


「さあ、ティオ。ようやくよ。あなたがエルフの女王となる未来を奪って。私はダーエルフの女王となるの」


 私はティオを、その石棺の上に投げださせた。

 

「お父様に蝶よ花よと可愛がられたあなたは、ずっと幸せな毎日が続くと思っていたのでしょうね?

 でも残念。何もかも私が奪ってやるわ」


 最後にティオの命乞いを聞いてやろうと、その猿ぐつわを外した。


「イリーナお姉様、待ってください。私の懐にお父様が、お姉様に宛てた手紙があります!」


「なんですって……?」


「お姉様にお会いしたら、読んでいただこうと、肌身は離さず持っていました。どうかご覧になってください。

 お父様はずっと、お姉様のことを想っていたんです!」

 

 ティオの言葉に、私は心が急激に冷えていくのを感じた。

 

 実父であるエルフ王に、私は昔、会いに行ったことがある。


 私はお母様以外の家族からひどく疎まれた。

 私の唯一無二の心の支えだったお母様は、私が子供の頃に病気で亡くなってしまった。


 私はお父様に、この地獄から助けてもらいたかった。

 私を娘として迎え入れて欲しかった。 


『お父様、イリーナです! お会いしに来ました!』


『赤い瞳のエルフ……? お前はまさか!? し、知らん! こんな娘は知らん! 皆の者、出会え! ダークエルフが同胞のフリをして入り込んでいるぞ! 殺せ! 今すぐ、この娘を殺せ!』


 なのにエルフの王城に忍び込んだ私を、お父様は抹殺しようとした。

 そこには私の異母妹ティオもいた。キレイなドレスを着て、母に抱かれた妹は私とは別世界の住人に思えた。


『お父様! なぜですか……!?』


 【ドッペルゲンガー】のスキルを駆使して、命からがら逃げた私は、その日からお父様とティオへの復讐を誓った。


 エルフの国を滅ぼし、エルフどもはこの世から一匹残らず、消してやるわ。

 私をあざ笑ったダークエルフどもは支配して、奴隷のようにこき使ってやるの。


 その憎悪を糧に、ここまでのし上がってきたのよ。


「……こんな物っ!」


 私はティオから奪った手紙を、ビリビリと破り捨てた。

 中身など、読むまでもないわ。


「イリーナお姉様!? な、なぜですか? その手紙には、お父様がお姉様のことをいかに愛していたか。家族として、本当は迎え入れたかったか。書いてあったのですよ……!」


「おめでたい娘ね。本気で言っているの? 私はお父様に殺されかけたのよ。そんなことはあり得ないわ。

 大方、私の情に訴えて、あなたを救うための方便でしょう? あなたはひとり娘として、お父様に大事にされていたものね」


 ティオは大きく目を見開いた。

 お父様が私を愛していたと、本気で思い込んでいたようだ。

 人を疑うことを知らない。人の本質は善であると無邪気に信じ込んでいる世間知らずのお姫様だわ。


「あなたと私は何もかもが正反対。私はこれまで、ずっと不幸だった。私が幸せになるためには、みんなから愛されるためには、あなたを生け贄に捧げる必要があるの。

 私と和解したいというのなら。私の幸せを願ってくれるなら、ここで黙って死んでちょうだい」


 私はティオにナイフを放り投げて、自刃するように促した。かけていた拘束魔法も解いてやる。


「その石棺にエルフ王家の血を捧げれば、魔王ベルフェゴール様が復活するわ。魔王様の復活はダークエルフの悲願。

 これを成せば、私はダークエルフたちから女王と認められるの。『白混じり』の出来損ないだった私が、みんなにかしずかれる女王になれるのよ。考えただけで、ゾクゾクするわ」


 私は怯えるティオの反応を楽しみながら続ける。


「もしここで自殺してくれたら。あなたを妹だって認めてあげるわ。エルフたちとも和睦しましょう。

 ダークエルフの女王の名にかけて誓うわ」


 最後の余興として、私はティオをもてあそぶことにした。


 逃げようとしたり、反撃しようとしたら、その瞬間、魔法で撃ち抜いてやるの。


 無論、ティオは自殺したりなど絶対にしないわ。女神ルディアは魔王を復活させてはならないと、エルフたちに厳命している。


 エルフの王女であるティオが、それを破るなどあり得ない。

 なにより自分の命が惜しくて、この娘は王家の掟に従わずに、逃げ出したのだから。


 さあティオ。せいぜい苦しんで、偽善者として化けの皮を剥がしなさい。

 自分の手で、私と家族になりたいとか、ダークエルフと和解したいなんて嘘だったと証明するのよ。

 そしたら、心置きなく殺してあげるわ。

 

「もし私が自刃したらお姉様は本当に、エルフと争うのを止めてくれますか? 私と姉妹となってくれますか?」


 ティオは私の目を真っ直ぐに見て、そんなことを言ってきた。


「ええっ。できるモノならね」


 私は鼻で笑った。

 油断させて逃げるすきを作るつもりかしら? 悪あがきね。


 ティオはナイフを掴むと、それで自分の腹を一息で突いた。


「うう……うううっ……!」


 溢れ出した鮮血が、石棺を赤く染めていく。

 私は絶句した。


「お、おい。イリーナ様よ。こいつ、マジで自殺しちまったぞ。こいつをここで殺すのに協力したら、オレっちにさらなる力を与えてくれるって約束だよな……?

 約束を果たしたと考えて良いんだよな?」


 ナマケルが口を挟んできたが、私はそれどころではなかった。


「オレっちはよ。オレっちは、兄貴の鼻を明かしてやりてぇんだよ。オレっちはいくら努力しても、兄貴には追いつけねえ。

 でも、そんなオレっちでも、最強モンスターをテイムできれば、最強テイマーだって胸を張って言えるだろう?

 そろそろ教えてくれよ。魔竜をはるかに超える怪物ってのは、なんだよ?」


「うるさい! 少し黙っていなさい!」


 私は異母妹に駆け寄って、抱き起こす。


「イリーナお姉様……これで私たちは家族に……」

 

 ティオは目を瞑って、ぐったりしていた。


「バカね。ティオ、私が約束を守るとでも思ったの?」


「私の覚悟を知ってもらわなければ。お姉様は話を聞いてくれないと思いましたので……」


 ティオが差し伸べた手を、私は反射的に掴んだ。


「お、お父様がお姉様のことをどう想っていたのか。真実はわかりません。

 ……でも私は本気でイリーナお姉様と、和解したいと思っています。姉妹で殺し合いをずっと続けるなんて、嫌ですよね?」


「オオォォォおおっ……!?」


 ナマケルが白眼を剥いて、痙攣しだした。

 石棺より立ち昇った靄のようなモノが、ナマケルの口に吸い込まれていく。


 ティオの命を啜って魔王ベルフェゴール様が復活しようとしているのだ。


「ティオ……」


 ティオは嘘偽りなく、私と家族になりたいと思っているようだった。

 私と争いたくないと、本気で考えているようだった。


 頭の悪い、バカな娘だ。

 だけど、私はもっとティオと話してみたいと思った。


 でも、もはやティオの身体からは、回復不能なまでの血が流れ出していた。

 私は回復魔法を苦手としている。私の腕前と手持ちの回復薬では、ティオの命を救うことは無理だった。


「ごめんなさい……魔王ベルフェゴール様はエルフとの和解など、決してお許しにならないわ。あなたとの約束は、守れそうにない……

 私の妹。せめて苦しまないように、最後は私の手で」


 慈悲として、ティオが一息で死ねるように、私は手を下そうとした。


「だ、大丈夫です。魔王はきっと、アルト様が……っ」


 ティオは最後の力で、私の手を握り返した。その手はもう冷たくなっていた。


「ティオぉおおお──ッ!」


 その時、アルトの絶叫が地下遺跡に響いた。


「アルト! まだティオは死んでいないわ。ギリギリ、魔王の復活は阻止できるわよ!」


 女神ルディアの甲高い声が響く。


「アルト・オースティン!? くっ! 消えなさい!」


 私は攻撃魔法を何十と同時起動して、アルトを迎撃した。


 ティオのために頭が混乱状態になっていたが、魔王様の復活を邪魔される訳にはいかない。


「うぉおおおおお──ッ!」


 アルトは剣で魔法を弾きながら、一直線に突っ込んで来た。


 私を攻撃するつもり? 慌てて距離を取るべく後ろに下がる。

 アルトは私を無視してティオの元に駆け寄った。

 なに? いまさら何を……


「【世界樹の雫】!」


 アルトは瀕死のティオの腹に手を触れた。

 その瞬間、ティオが瞳を開いた。血色が失われた顔に、みずみずしい生命の輝きが戻る。


「アルト様……っ!」


 ティオはアルトに抱きついた。

 少し考えればわかったことだが、動揺していた私は、アルトの意図を見抜くのが遅れた。


 女神ルディアは森と生命を司る。そのスキル【世界樹の雫】は、究極の回復系スキルだ。


 アルトは【世界樹の雫】で、ティオの命を救ったのだ。


 石棺から立ち昇っていた靄が途切れた。ティオが死を免れたために、魔王様の復活が止まったのだ。

 ナマケルが気絶して、その場にドサリと倒れる。


 それは私の夢の終わりを意味していた。

 

「ティオ、もう大丈夫だ。後は僕がなんとかしてみせる」


 アルトの宣言が響いた。

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