63話。イリーナに圧勝。最終決戦へ
「では、お相手してくださいな」
イリーナの言葉と同時に、僕を取り囲む無数の魔法陣が中空に出現した。眩い光の矢が、魔法陣から何十本と撃ち出される。
基礎魔法【魔法の矢】(マジックアロー)だが、その量と質が桁違いだった。
「ぉおおおおお──ッ!」
僕は飛来する【魔法の矢】を、剣で猛然と弾き返す。
鍛冶の女神ヴェルンドの鍛えた鉄の剣には、魔法を弾く効果が付与されていた。
さらに剣神の娘アルフィンから、僕は攻撃を弾く防御技ソードパリィを教わっていた。
アルフィンいわく『魔法使いなど極めた剣技の前では無力!』らしい。
「……驚いたわ。どうやら、この程度のおもてなしでは、ご満足いただけないようね。では、これでいかが?」
イリーナがうそぶくと、僕を包囲する魔法陣の数が倍になった。
「うぉっ!?」
そこから発射されるのは、一発でも命中すれば致命的な【魔法の矢】だ。雨のように降り注ぐ攻撃に地面が抉れ、穴だらけになる。
スキル【剣神見習いLv385】で、剣速が強化されていなかったら、とても凌ぎきれなかっただろう。
イリーナはやはり魔法の詠唱などしていない。様子見をしていたが、確信した。
イリーナが魔王から継承したのは、魔法の発動を補助するタイプのスキルだ。なら、これで打ち破れるハズだ。
「巨神兵よ、来い!」
「ガガガガガガッ! 神々の最終兵器、巨神兵。ノンリーサルモードで起動しました!【魔法無効化フィールド】を展開します!」
見上げるような巨神兵の巨体が、出現する。
光の矢は巨神兵が張った結界に触れると、すべて幻のように消滅した。
「な、なに……っ!?」
イリーナは目を見張った。
巨神兵にはAランク以下の魔法は通用しない。魔法使いにとっては、極めつけの天敵だ。
「ガガガガガッ! 鎮圧執行します!」
僕はイリーナが衝撃から立ち直る前に決着をつけるべく突進した。
そのために攻撃を確実に当てられる距離まで、にじり寄っていた。防戦一方だったのはイリーナの能力を見極め、油断を誘うためだ。
「「【スタンボルト】!」」
敵を麻痺、気絶状態にさせる電撃を巨神兵と共に放つ。
イリーナだけでなく、脱獄したダークエルフたちすべてを【スタンボルト】が襲った。
「ぐぅううううっ……! これが神獣の力!? ま、まだよ、アルト・オースティン。もっともっと見せてみなさい。神の力を……っ!」
イリーナは美貌を歪ませたが、とっさに魔法で身を守ったのか、気絶したりはしなかった。
「悪いが、もう眠ってくれ!」
僕はイリーナの肩に手を乗せると、【スタンボルト】を再度、ゼロ距離から浴びせた。
イリーナは今度こそ、力を失って倒れた。彼女を抱き止めるが、命に別状は無さそうだ。
「ふぅっ〜。これでティオとの約束は守れそうだな」
緊張から解放されて、息を吐く。
「アルト様! ご無事ですか!?」
「すげぇ! さすがは大将だ。楽勝じゃねぇですか!」
リーンが息を切らしてやってきた。彼女の治療を受けたガインも、その後に続いて来る。
決して楽勝などではなかったのだが、傍目にはそう見えたようだ。正直、無効化できないSランクの魔法で攻められたら、ヤバかった。
巨神兵の能力を、イリーナが知らなかったから勝てたと言えるだろう。
「大丈夫だ。ダークエルフたちを拘束して、もう一度、地下牢に入れてくれ。
イリーナは……捕まえておくには巨神兵をずっと実体化させておく必要があるな」
【魔法無効化フィールド】と【スタンボルト】がなければ、イリーナ程の魔法使いを拘束しておくことは不可能だろう。
「ガガガガガッ! 本機には囚人監視モードも備わっています。お任せください」
「それは良いんだけど……」
巨神兵を使い続けるには大量のMPを消費する。その回復のために、下手をすると僕はずっと温泉に入っていなくてはならなくなるな。
仕方がない。MP回復薬は高価だが、イヌイヌ族から大量に買うとするか。
「それよりもリーン、ティオは無事かな? 落ち着いたら、お姉さんと話してもらおう」
ティオを魔竜から救ったが、それ以後は姿を見ていなかった。
魔竜とイリーナの迎撃に夢中になってしまっていた。いまさらながらに、ティオの安否が気になった。
「ええっ? ティオ様ですか。アルト様に手を引かれて避難されたハズでは?」
「えっ……? いや、知らないぞ」
面食らったリーンの顔を見て、僕はあ然とする。
「リーン、誰かと僕を見間違えていないか?」
まさか……
「……あなたの方が強かった。でも勝負は、私の勝ちね」
腕の中のイリーナが一瞬、笑ったかと思うと、その姿が光の粒子となって溶け崩れた。
空になった腕を、僕は呆然と見下ろす。
「こ、このイリーナは偽物?」
これ程の魔法を使いこなし、感触も人間と同じだったのに、幻だったとでも言うのか。
「アルト様! 魔竜はすべて片付けました。敵の首領は……?」
エルンストがやって来て、首をひねる。
「クソっ! してやられた! エルンスト、冒険者とエルフを総動員してティオを探してくれ!」
僕はすぐさまエルンストに命じた。
思えばダークエルフの狙いは、最初からティオだった。
イリーナを捕らえることより、ティオの守りを優先すべきだったと歯噛みする。
「シロ! 匂いをたどってティオの追跡を……!」
さらにホワイトウルフのシロや、モンスターたちを呼んで、捜索を頼もうとした時。
「アルト様、ご安心ください。ティオ王女の足取りは掴んでおります」
まるで闇から染み出るように黒ローブの男が現れた。元『闇鴉』のメンバーだ。
「本当かっ!?」
「はっ! ダークエルフの狙いはティオ王女でありました故に。我らの何名かは常にティオ王女を監視しておりました」
黒ローブの男は、うやうやしく告げる。
「ティオ王女はアルト様に瓜二つの男、ナマケル伯爵に連れられて村の外に出ました。我らは王女を救出せんとしましたが、イリーナに阻止されました。今、我らの仲間のひとりが追跡中です」
ナマケルと僕は双子の兄弟で、顔立ちから体格まで、よく似ている。暗がりの中で、ナマケルに声をかけられたら、僕と誤解してしまっても無理はないだろう。
イリーナはこのために、ナマケルを味方に引き込んだのか。
「イリーナが、ナマケルと一緒に行動している? だったら僕が戦ったのは、やっぱり偽物か……! それでイリーナはどこに向かっているんだ?」
「はっ! 念話使いの仲間からの報告ですと、どうやらダークエルフの本拠地ではなく、魔王のダンジョンに向かっているようです」
「そうかっ! ティオを生け贄に捧げて、魔王ベルフェゴールを復活させるつもりだな」
だったらもう一刻の猶予もない。
そこで、はたと気づく。
魔王の復活にはエルフ王家の血と、魔王の肉体の器となる者が必要だ。
もしや、ナマケルが魔王の器なのか?
いずれにしてもナマケルにこれ以上、罪を重ねさせる訳にはいかない。王都の破壊に王女の誘拐、いずれも重罪だ。
その上、まさかティオを手にかけたりしたら、エルフから永遠に敵視されるぞ……
兄として、僕が止めなくては。
「ありがとう。助かった! 引き続き、ティオの追跡を続けてくれ」
「もったいないなきお言葉。すべては、我らが主、アルト様のおんため為!」
黒ローブの男は、平服すると再び闇に溶けるように消えた。
「エルンスト、準備してくれ! シレジア最強メンバーで、魔王のダンジョンに向かう!」
「はっ! 魔王のダンジョンについては、ベルフェゴールの眠る石棺の間まで、すべての調査、マッピングは完了しています。
アルト様を迷うことなく、最深部までご安心いたします!」
「あれがナマケル伯爵だったなんて……申し訳ございません! 私もティオ様を救うために全力を尽くします!」
リーンもソフトクリームを一緒に作ったティオが心配のようだ。力強く宣言した。
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